蛇花
信也と別れた蟒蛇は、結界の外へ逃げようと、気絶した要を肩に抱え走っていた。
「あれ。私、気絶していた?」
「おっ!気いついたか」
意識が戻った要は、蟒蛇の強烈な糸目の顔を間近に見て驚く。
「ギャー!化け物~」
蟒蛇は肩の上でジタバタと暴れる要を落とさないよう抱えながら、決して足は止めなかった。
「誰が化け物や。ワシは蟒蛇いうもんや」
「…あなたは確か生司馬くんといた…。あれ、そう言えば生司馬くんは?」
「ああ、あいつなら九尾のとこへ行ったで」
「きゅうび?」
「そうか、嬢ちゃんは一般人やったな。そういえば他にも一般人が結界に取り込まれとるんやろ?」
「よく分からないけど、旅館に私のパパとママがいる。いきなり木に囲まれたの」
「わかった。そっちはワシが何とかする。とりあえず嬢ちゃんを一旦テントまで避難させるから」
蟒蛇は人を抱えているとは思えない速度で走り続けている。
要は蟒蛇の左肩から先が欠損し出血していることに気付いた。
「蟒蛇さん、肩から血が…」
「このくらい心配いらんで。嬢ちゃんはボーイフレンドと家族の心配だけしとき」
「ボーイフレンドってそんな。私と生司馬くんは、まだそこまでいってないよ」
声に変化は無いが蟒蛇の顔色は優れず、どんどん青白くなる。
「蟒蛇さん、せめて左肩の止血してからでも…」
要がそう言おうとした時、蟒蛇の左肩に草が巻き付く。
「うぉ!なんやこれ」
蟒蛇は驚き、立ち止まって左肩を確認する。
「こいつは弟切草か。まさか嬢ちゃんの干渉力か?」
巻き付いた弟切草により、蟒蛇の左肩の出血は治まり、傷口も塞がった。
「私にもわかんないよ。でも血が止まったみたいだね」
「この弟切草は干渉力で止血効果の底上げがされとる。まさか全て具現化させたんか」
蟒蛇は一人で納得した表情を見せ、気を取り直し走り出した。
「取り敢えず助かった。今、ワシの蛇たちに周囲を探らせとる。テントか旅館が見付かるのも時間の問題や、ただ…この結界のせいで出口がようわからんわ」
要は旅館の朝顔を生やしたのは自分かもしれないと薄々気付き始めていた。
「嬢ちゃん。ワシの蛇たちが旅館を先に見つけたみたいやで。すぐ近くやから助けに行くで」
「うん、わかりました。お願いします」
「うぉ!凄い数やな」
朝顔と蔦で覆われている旅館の周囲に黒い人影が群がっていた。
「さあ、みんな、行くで!」
蟒蛇が合図をすると、何処からともなく蛇の大群が現れ、黒い人影は瞬く間に蛇に呑まれていった。
「すごい…」
「みたか。ワシの力!」
「うん、すごい!気持ち悪い」
「気持ち悪いとは何や。嬢ちゃんには蛇の素晴らしさがわからんのか。今度、たっぷり教えたる」
「謹んでお断りさせていただきます。って、こんなことしてる場合じゃない。蟒蛇さん、旅館を覆っている木はどうにかなりませんか?」
「どうにかって言われてもなぁ。ワシもそろそろ力の限界や。むしろ嬢ちゃんのほうが適任かもしれん」
「どういうことですか?」
「嬢ちゃん。あの蔦に触れてみ、そんで、蔦が還るのをイメージしてみいや」
「還るって、意味がわからないんですけど…」
「そうか。なら枯れるとかでもええ。とにかく蔦が無くなるイメージをしてみ」
要は半信半疑になりながらも、蔦が枯れるイメージをしながら、旅館を覆う蔦に触れる。
すると、蔦は枯れ、朽ちて跡形も無くなった。
「嘘…」
要はそれ以上言葉が続かなかった。
「よし!とりあえず中に入るで」
要は言われるがまま、蟒蛇と旅館の中へ入った。
旅館のエントランスには要の父親と母親、数名の旅館のスタッフが集まっていた。
「要、無事だったの?」
要の母親が、走ってきて要を抱きしめる。
「要。この方は?」
父親が蟒蛇に気付き。訝しげに睨んでいる。
「この人は蟒蛇さん。私を助けてくれたの。怪しい人じゃないよ。いや、見た目は怪しいけど、不審者じゃないよ」
「嬢ちゃん。そんな誤解を招くような紹介はやめてえや。ワシは蟒蛇いいます。嬢ちゃんに頼まれて助けに来ました」
蟒蛇がそう言うと、旅館の女将もこちらに駆け寄ってきた。
「いきなりで申し込ございませんが、外には出られるですか?突然、蔦に覆われて、閉じ込められてたんです」
「いいや、今は出らん方がええで。旅館の中にいるのが安全や」
「いったい何が起こってるんですか!」
「説明すると長くなるからな。妖怪が出たっていうので納得してぇな」
蟒蛇はそう言うと、自分のズボンのベルトを外しだした。
「蟒蛇さん何を?」
蟒蛇さんはベルトを床に落とし、ポケットから釘を出し、素手で外したベルトを地面に打ち付けた。
“家守神・青大将”
不思議な事にベルトが煙のように消えた。
「しばらくは青大将が旅館を護ってくれる。この人数を無事に結界から出すのは無理や。ワシらは救助を待つしかない。後は頼んだで相模のオッサン」
そのまま、蟒蛇は地面に倒れ込んだ。
慌てて要が駆け寄り様子をみる。
気を失っているだけだと気付き安堵の溜め息が漏れる。
異常事態のせいか、誰も蟒蛇の状態に気付いていなかった。
「この方、ひどい怪我ですね。誰か空き部屋で手当てをお願いします」
女将の掛け声で何人かの男性スタッフが蟒蛇を担いでいった。
「電話も繋がらないので、私が助けを呼んできます」
青年スタッフが旅館の外へと出ようとする。
扉を開けたとこで、目の前には巨大な蛇が仁王立ちしていた。
「ぎゃあああ」
驚いた青年スタッフは慌ててドアを閉める。
「皆さん旅館からは出ないようにお願いします」
この蛇は、蟒蛇が出してくれたものだと気付いた要は、そう告げると蟒蛇さんの様子を見に奥の客間へと向かった。
要の父親と母親は状況が飲み込めず、しばらくその場に立ち尽くしていた。




