思わぬ再開
一方、信也は空へと立ち昇る赤い煙を目指し、手近な煙の元へと向かっている最中であった。
「くそっ!一旦、地面に降りると煙の位置がわからなくなる」
位置がわからなくなっては木に登って降り、わからなくなっては登って降りるを繰り返していた。
効率の悪さに苛立ちを覚えながらも、真依を見付ける為、余計なことは考えないようにしていた。
薄暗い樹海の中で、掌が赤く発光していることに気付く。そこには、方位磁針の針のようなものが浮かび上がり、一点を指し示していた。
すぐに発煙筒の干渉力だと察した信也は、矢印の指し示す方向へと駆け出す。
「きゃ~!」
突然、樹海の中にこだまする叫び声。
こんなこと前にもあったなと感慨に浸りながらも、悲鳴の出所へと駆けつける。
そこには、黒い影が何かに群がっていた。
「真依!」
黒い影を手当たり次第、殴り飛ばし蹴散らすと…そこにいたのは真依ではなく、どこか見覚えのある少女であった。
少女は震えながら踞っていた。
「あれ?キミは確か…」
見覚えのある、小柄な少女が顔を上げた。
…しばしの沈黙が流れた。
その少女も信也の顔を見て声を上げる。
「あれ、…もしかして、生司馬くん?」
見覚えのある少女は突然、抱きついてきた。
「ちょっ!落ち着けって…もう大丈夫だから」
女性経験の少ない信也には、こういう時の適切な対応が分からず困惑していた。
こんなこと前にもあったなと思い返しながらも、少女を引き離し、改めてその顔を良く見る。
林檎の輪郭を思わす髪型で、小柄な少女は、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。
「もしかして要さん?」
くろに襲われたあの夜も、はっきりと顔を見た訳ではないが、そもそも信也が真依以外で、知り合いと呼べる女子は、悲しい事に要ぐらいしかいなかった。
要は涙を拭い呼吸を整えてから言葉を切り出す。
「信也くんありがとう。また私を助けてくれたんだね」
「それより要さんは、どうしてこんなところに?」
「夏休みに入って家族で旅行に来ていたの…。A樹海近くの旅館に泊まってたんだけど、散歩していたら、黒い影が…。そしたらいきなり旅館が森に囲まれて…必死で逃げて」
「ヤバいよ!お父さんとお母さんが大変。どうしよう、どうしよう」
要は混乱していて、話の内容も支離滅裂だ。
「落ち着いて要さん。お父さんとお母さんはオレが何とかするから、取り敢えず一旦、樹海を出よう」
真依の事も心配だったが、要を連れたまま、捜すのはあまりにもリスクが高い。
そう判断した信也は、やむなく真依の救助を断念する。
要を安心させるべく、樹海から出ようと言ったはいいが、自分の位置すら分からない現状に、正直お手上げであった。
どうしたものかと考えあぐねていると、突然、周囲の木々が蠢きだす。
如、木々の隙間から無数の黒い人影が這い出てきた。
「きゃあ!また来た」
「まずいな。これだけの数を要さんを守りながら捌けるか?」
「要さん、急いでオレの後ろに」
そう言うと、要は、慌てて信也の後ろに隠れ、背後からシャツを掴む。
信也は要を巻き込まずに、干渉力を顕現しようとイメージを固める。
干渉力を周囲に拡げるように絞り出す。
「うおぉぉぉぉ!」
信也が左右に両手を振り払うと白い霧が迸る。
「どうだ?」
信也が背後を見やると要は身を縮めているだけで、巻き込んではいないようだ。
すぐさま周囲を見渡したが、黒い影は健在で信也たちのすぐ側まで来ていていた。
「ダメだ…要さんを傷付けまいと、干渉力が弱めすぎたか?」
信也は一網打尽を諦め、黒い影を一体一体、確実に拳で仕留めていく。
「きりがない!黒い影の処理が追い付かねぇ。オレは大丈夫だが、このままだと要さんがヤバい」
信也の背後で、要は震えながら蹲っている。
黒い影の手が彼女に触れる寸前だ。
慌てて周囲の黒い影を殴り飛ばすが、間に合わない。
「くそっ!やめろ!」
信也の叫び声も虚しく要さんは黒い影に呑まれていく。
そんな時、巨大な何かが、要ごと黒い影を丸呑みにした。
驚くことに数メートルはあろうかという、巨大な大蛇が信也たちを見下ろしていた。
大蛇は口から丁寧に何かを吐き出し、地面に置いた。
吐き出されたものは、蛇の唾液でベトベトになった要であった。
「うげ~!何これ…臭いしベタベタする」
要は起き上がり体の唾液を振り払う。
どうやら怪我はないみたいだ。
「この大蛇はいったい何なんだ」
信也の疑問はすぐに解消されることとなる。
「すまんすまん。咄嗟やったから勘弁してぇや」
大蛇が煙のように消えると、そこには蛇顔の青年が立っていた。
「あんたは…確か高橋さん!」
「誰が高橋や!ワシの名前は蟒蛇や。よりよって、郡山の坊が間違えた方の名前で覚えよってからに」
ツッコミの勢いはいいが、蟒蛇の足元はふらついていて、立っているのがやっとのようだ。
蟒蛇体には以前会った時には付いていた、左腕が失くなっていた。
「蟒蛇さん、その腕…」
それ以上は言葉が続かなかった。
「敵さんはかなり厄介や。ワシ以外にも仲間がいたけど、皆やられてしもうたわ。命からがら逃げ出したってわけよ」
その時だった。一瞬、辺りが明るくなる。
直後、激しい衝撃音と地響きで、信也は転びそうになる。
「いったいなんだ!」
「とてつもない干渉力が向こうで爆ぜたで。誰がが九尾と戦いよるな。ワシも加勢に行きたいんやけど、心が折れてしもうとる」
「もしかして真依か…」
何故か信也の中に、この干渉力の主が、真依だという可能性が浮上する。
「直ぐにでも駆けつけたいけど…」
信也はそう言いながら要に目を向けると、今の衝撃で気を失っていた。
「蟒蛇さんお願いがあります。この子は一般人の方で巻き込まれたみたいです。九尾の方はオレが加勢に行きますので、この子を逃がして下さい」
音源地へ進もうとする信也を蟒蛇が残った方の手で制止する。
「いやいや。止めといた方がええって。あんさんがどれだけ強いかは知らんけど、金毛九尾は伝説の大妖怪やで」
「ワシも様子見で挑んだだけで、この有り様や。あれは人様が敵う相手やない。無駄死にする必要はない」
「蟒蛇さんって第一印象は感じ悪かったですけど、意外と善い人なんですね。オレのことなら心配無用です」
信也はそう言うと、覚悟を含んだ笑みで蟒蛇に見せた。
「忠告はしたからな。取りあえず、この子は任せとき。責任を持って、結界の外まで連れ出すから」
蟒蛇はそのまま要を担いで走り去った。
「急いで加勢に行かねえと」
信也は先程の音がした方へ駆け出した。




