樹海混戦
真依を追って樹海に飛び込んだ信也であったが、既にその姿を見失っていた。
樹海の中は鬱蒼としていて、静まり返っていた。
昼間だと言うのに森は暗く、虫や鳥の鳴き声すら聞こえてこない。
つい最近まで、信也にら芽生えていなかった恐怖。自分の近しい人間が死ぬ恐怖。
S高校での一件で嫌って程、味わっている。
「真依はどこにいるんだ」
信也手当たり次第に、樹木を掻き分け、闇雲に探す。
…それから、どれくらい時間が、経っただろうか。見渡す限りの木々、生い茂る草。剥き出しの樹木の根。信也は、このまま真依が見つからなかったらという恐怖に駆られる。
信也も真剣には考えてなかった。やはり水姫と一緒になって、真依がここに来るのを止めるべきだったと今更ながら後悔する。
「反省は後だ。とりあえず真依を見付ける事に集中するんだ!ジジイとの修行を思い出せ」
何とか気持ちを切り替え、自分を奮い立たせる。
~回想~
信也と水姫の父、海斗は組み手に励んでいた。
「なるほど、お主の干渉力がわかったぞ」
何かに気づいたのか、突然、海斗の動きが止まる。
「本当か?」
「お主の体は楔により4次元クラスの干渉力を纏っている。ただし、半自動で力が働いておる。それはお主に元来備わっている干渉力が影響とるの」
「お主に宿る、元来の干渉力は、簡単に言えば願いを現実に変えることじゃ」
「マジかよ!それはさすがにチート能力だろ。天候を変えたり、何でも出来るのか?」
「いいや、そんなに万能な干渉力ではないわい。正確に言うと、できる限り願望に近付ける、という形で干渉力により再現される」
「分かりやすく言い換えるなら、一般人であるお主が、プロ野球選手になりたいと願う。それを自身の干渉力で補える範囲で実現する。筋肉を補強したり、野球道具を手になじませたりの」
「それって、めちゃくちゃ凄いんじゃないか?黒魔術や、あらゆ超能力が使える可能性があるってこおだろ」
「そんな便利なものではないと思うぞ。せいぜい気配や気功などの生命エネルギーの延長上にある力程度じゃ。4次元の衣がお主の気配を隠し、その身を護るとともに、自身の干渉力を使用するのに妨げになっとる。楔を取り除ければ、あるいは、もう少し願いの幅が広がるかもしれんがのう…」
「力の流れを見る限り、両手からしか干渉力を体外に出せんようじゃな」
「取りあえず、何が出来るかを試していくしかないか」
「そうじゃの。少なくとも実戦で、新しい技を試すのは止めたほうがええじゃろ。身に余る願いを請えば、干渉力だけ使い果たされ、望むような効果は得られんじゃろうから」
「それと、4次元の衣は万能ではないぞ。次元の瞬間火力の高い技や、相性によって簡単に崩されるかもしれん。特に、悪霊の得意とする精神に働きかける干渉力は次元の境界が曖昧になりやすい」
「まずは、実用的な願いを形にして、いつでも使えるように授業を始める!」
「はい!師匠。宜しくお願いします 」
“回想終了”
「あの時、教わった事を思い出せ。感じるんだ干渉力を!」
真依の輪郭イメージする信也。目を閉じ自然体で、呼吸を整える。
…すると手に何かが絡み付く感覚がする。
目を開けると白い糸が手に巻き付いている。その糸は暗闇に向かって伸びていた。
「これを追って行けば真依の元へ行けるのか?」
信也は糸を辿って駆け出した。
しばらく走ると木の枝の下に人影が見えた。
「真依っ!」
声を掛けるが、それが真依では無いことに、すぐに気付いた。
その人影は木の枝から吊るされたロープが首に巻き付いており、脱力した状態でぶら下がっていた。
自殺者の首吊り死体。驚きのあまり、声がでない。
死体を見るのは信也にとって初めての経験だ。あまりの衝撃に首吊り死体から、どうしても目を離すことが出来なかった。
すると首吊り死体の顔が徐々に動き、信也の方を向き、恨めしそうに睨む。
男性であろう、その顔は目が充血しており、何かを訴え掛けている。目の前の“それ”が人間の縊死体ではなく、悪霊だと気付いたときには手遅れだった。
『どうして…。どうして…』
悲痛な叫びが信也の頭の中に響く。
気が付くと、信也の首にロープが掛かっており、体が枝に吊るされる。
「大丈夫だ、オレには4次元の衣がある。 苦しいはずがない。大丈夫だ。大丈夫だ」
必死に自分に言い聞かせる信也。
そんな願いとは裏腹に、首は締め付けられ、息が苦しくなる。
「ぐっ…」
信也の体から徐々に抵抗する力が無くなり、意識が遠退いていく。体は震えており、生まれて初めて実感する。
これが死の恐怖、痛み、苦しみなのだと…。
信也の体は脱力し、項垂れる。
嫌だ。死にたくない。死にたく…。
心の中で何度も叫ぶ。
死の淵で、信也は希望に代わる願いを見付ける。
自分が死ねば真依はどうなる?
2人で樹海をさ迷うのもいいかもしれないが、出来ることなら、生き延びて真依と明日を迎えたい。
信也の中に人間として、最も優先されるべき欲求、生存本能が芽生える。
そして、自分を巻き込んだ、クソッたれな親父をぶん殴らないと気が済まないと、腹のそこから怒りが込み上げる。
信也の中で恐怖より、怒りの感情が勝ってきた。
干渉力は想いを力にする。親父をぶん殴ってやる。
信也は自然と力が漲ってくるのを感じた。怒りに任せ首に掛かったロープを引きちぎる。
「ゴホッ!ゴホッ!」
咳き込んだが思ったほど苦しくないことに気付く。
4次元の衣はちゃんと機能していたのだ。
改めて、海斗からの言葉が想起される。
「精神に働きかける干渉力は次元の境界が曖昧になりやすい…か」
そのことを身をもって体験した信也であった。
意識をしっかり持ち、首吊りの霊に向かって行く。
動かない首吊りの霊目掛け、渾身の干渉力を素手に纏い叩き込む。
「ぐぉぉぉぉ…」
首吊りの霊は悲痛な叫びを上げ、消えていった。
悪霊との実戦経験は少なからず、信也の身となり肉となる。
「4次元の衣を過信しすぎないよう、念頭におかなければ。そもそも、干渉力自体が高次元へアプローチする力だ」
「次元が低ければ、まったく効かないというわけでもないな。次元差が、そのまま耐性になる…ゲームで言うとこの防御力みたいなものか…」
信也は独り言のように呟きながれ、干渉力への理解を深める
4次元の衣があっても、3次元の物に傷をつけずに干渉できる。
今までの人生で特に意識してなかったが、よく無意識に力を使い分けれてたなと、自分でも感心してしまう。
それともに、この楔自体に、自動で物体を判別する仕組みが確立されているのか…疑問は尽きない。
「…っと、こんなことしてる場合じゃねぇな」
ようやく、優先順位に気付いた信也は、再び真依の位置を探ろうと意識を集中したが、イメージが弱いせいか、何も感じ取るとこが出来なかった。
落胆しつつも、改めて周囲を見回す。
空気が酷く淀んでいる。信也はくろに襲われた時と同じ雰囲気を感じる。
「もしかしてミズキが言っていた。結界ってやつか
それで、何も感じ取れないのかも…」
どうしたものかと、その場で考え込む。信也は、ふと事前に配られた発煙筒の事を思い出す。
「そうだ!取り敢えず木に上るか、何かあれば発煙筒を上げるはず。近場で発煙筒が上がったとこに向かおう。ここからじゃ、木が邪魔で周りが見えない」
信也は肉体と目の前の気に意識を向け、跳ぶように木を駆け昇った。
天辺に到達すると、驚きの光景か目に入る。
延々と広がる黒い樹海。しかし、発煙筒の赤い煙がいくつも立ち昇っていた。
「いったい何が起こってるんだ!」




