境界保全機関
A樹海前の開けた場所に到着すると、薄緑のテントがいくつも設営されていた。
入り口には、迷彩服の人が車を誘導していた。
車を降りると、迷彩服の人々が忙しなく動いている。普段着や独特な格好をしている者も多く、ざっと見渡しても、数十人ほどの人だかりができていた。
その場の雰囲気から、状況が逼迫しているのが伝わってくる。
「ここにいる全員が干渉者なのか?」
干渉者は珍しい存在と聞いていたが、これだけの人数が集まるとは、よほどの一大事なんだと信也は思う。
そんな信也を見て、朝水が、丁寧に説明してくれる。
「境界保全機関の職員は、干渉者と自衛隊で構成されています。実を言うと機関の立ち上げには、御三家の1つである天草家が携わっています」
「少子高齢化で平和なこのご時世、世襲制で一族の生計を立てるのは難しいのが現状です。御三家も平安時代から室町時代にかけて、百鬼夜行、あやかしや悪霊たちが猛威を奮っていた全盛期の頃と比べるとかなり勢力が落ちていますし、仕事も少ないです」
「国家として確立された日本では、ある程度の生命の安全が保障されています。昔に比べると干渉力による事件や被害は少なく、そこまで御三家の力が必要では無くなったんですよ」
「ただ、日本各地で悪霊や規律違反者による被害は続いているので、国と共同で機関の設立を推し進めたのです。今まで、無法者の集まりであった御三家の規律、体制を整えると共に組織としての機動力も確保できるようになりました。(財源も確保できますし)」
先ほどから、信也しか朝水の説明を聞いておらず、水姫はスマホを操作しながら何やら難しい顔をしており、真依は、くろと何か話ながら辺りを見回していた。
「自衛隊にしては、変わった見た目のやつも、ちらほらいるな…」
改めて周囲を見回すと、防衛省としての制服を着ている人以外にも、巫女の格好をしている女性、どこで売ってるかわからない、くたびれた服を着ている人もいる。
「アプリ登録者の民間企業やフリーの干渉者も招集したんだと思います。今回はすがに人手 がいりますからね。九尾相手でしたら、この人数でも心許ないぐらです」
最初は父親をぶん殴ってやると息巻いていた信也だが、段々、自分がここにいることが場違いではないかと、思い始めていた。
「ねぇねぇ。二人ともいつまで難しい話をしてるの。これからどうする?」
真依が痺れを切らして、駄々《だだ》をこねる子どものように体をひねる。
「とにかく、どっかに座りてえな」
水姫も平常運転で、気だるそうに、肩を回している。
こんな状況で、余裕を見せる水姫と真依に、何故か頼もしく感じてしまう。
真依は危機感が欠如しているだけだが…。
信也たちは、朝水の案内で今回の任務の責任者がいる、最前列のテントへ向かい歩く。その先には、密度の高い樹林が侵入者を拒んでいた。
樹海に目を奪われていると、突然、蛇みたいな顔の青年が水姫に話掛けてきた。
「これはこれは、堕ちた御三家のミズキ坊っちゃんやないですか」
水姫は話し掛けられいるのが、自分だと分かっても、さして興味無さげに返答する。
「あんたは確か高橋…か?」
「誰が高橋やねん。全然違うわい。ワシは蟒蛇 湘矢いいます。以後、お見知りおきを」
蟒蛇の煽りに、ナチュラルに煽り返す水姫。
兄に大人の社交辞令は無理だと判断した朝水が、二人の間に割って入り代わりに挨拶する。
「蟒蛇さん、郡山朝水です。父君には大変お世話になっています。今後とも、ご贔屓に願います」
蟒蛇は朝水に対して、特にリアクションはなく、当たり障りの無い返事で、会話を終わらせた。
「そうやな。お互い命は大事しましょうや」
そう言い残し、蟒蛇は後ろ手に手を振りながら立ち去っていった。
「あの人、何なんですか?感じわるーい」
あまり人の悪口を言わない真依が珍しく嫌悪感を剥き出しにしている。
「すみません。皆さんに不快に思いをさせてしまって…。彼は以前は郡山家の分家の者でしたが、いろいろとありまして…」
いろいろの部分が気になった信也だが、深くは詮索しなかった。真依も空気を読んだかと思いきや、既にこの場にはおらず、補給物資のテントで何やら食べ物を恵んでもらっていた。
朝から何も食べていなかったので、信也は急な空腹感に襲われる。
「お前が謝る必要はないだろ。全てはクソジジイが悪いんじゃねぇか」
「兄さん。また父上の事をそんな風に呼んで…。それに現当主は私ですから、 郡山家の責任を取るのは当然です」
「まったく、お前はつくづく当主に向いてるよ。俺だったら高橋を一発ぶん殴って済ませるのに。このままいくと、ジジイみたいに禿げるぞ」
「高橋じゃなくて蟒蛇さんだろ。それに、父上には兄さんの方が似ているよ」
こうして、会話しているのを見ると、仲の良い兄弟だなと、信也はつくづく思う。
自分は一人っ子だった為、少し羨ましくもある。
「あんたたち。いい加減になさい。そろそろ始まるみたいよ」
補給品のおにぎりを頬張っている真依の横で、くろが母親みたいにその場を嗜める。
最前列の中央のテント前には、誂えたばかりの壇が設営されており、その上で黒スーツでライオンのような髪型をした中年男性が立っていた。
「あの人、めちゃくちゃガタイいいな」
「シンヤ。うるせえぞ」
「皆様。本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。私は“防衛省・境界保全機関・境将補・相模辰五郎と申します」
「境将補って言えば機関のNo.3ですね。そもそも境界保全機関の職員は人数が少ないので、幹部は各階級に1名ずつ、その下の各階級も1~5人程度しか配属されてないんです」
朝水が小声で補足する。
「なるほど。確かに干渉力を使えるってだけでも、人材確保のハードルがかなり高くなるしな」
「今回お集まりいただいたのは。生司馬 大護の討伐が目的です。万が一、九尾に遭遇した場合は戦わずに逃げて下さい。今から1人1本ずつ、この発煙筒を配ります。どちらか発見し次第、即座にこの発煙筒を使って下さい。今から30分後に手分けして突入します。各自2~5人の小隊を作って下さい。発煙筒さえ上げれば後は私が対処する」
「物凄い自信だな。あのおっさん何者だ?」
「あの方は相模 辰五郎さんです。相模家・次期当主でもあります。現当主はご高齢の為、実質、相模家《 さがみけ》を取り仕切っているのは彼です」
「朝水と竹取さんは留守番だろ?なら俺と信也のと間壁さんで組むか」
やる気満々の水姫は手早くチーム分けを行う。チーム内のある人物が引っ掛かる信也。
「マジで!間壁さんも戦えるの?」
「はい。微力ながらお二人に加勢させて頂きます」
「そうだよな、郡山家の使用人だもんな。一般人なわけないか」
突然、2mはあろうかという巨躯の男が信也に向かって話し掛けてきた。
「君が生司馬さんのご子息か」
大男のプレッシャーに気圧され、信也は動揺しながら挨拶をする。
「こここ、こんにちは。生司馬信也といいます。本日はお日柄も良く…空は青々としており…」
緊張のあまり、言葉に詰まる。
「何だよその挨拶は」
水姫は鼻で笑っている。
「なかなかの素質に恵まれているようだね。昔、大護さんには命を救われた事があるんだよ。今回はこのような事になって非常に残念だ」
「おっさん。親父の事を知っているのか。親父が何者か教えてくれよ」
突然のカミングアウトにより、普段の口調に戻る信也である。
「それが知りたくて父親を追ってきたか。であれば、ここから生きて帰れれば質問に答えよう。だから、決して無茶はするな。命あってこその物種だ」
そう言って、辰五郎は発煙筒を信也の手に直接、握らせる。
「竹取さん!今すぐ離れて!」
突然、朝水の声が響く。
信也が辺りを見渡すと、真依が樹海の直ぐ近くまで、歩み寄っていた。心なしか森が、闇が蠢いてる気がする。
「真依。今すぐ離れなさい」
くろも大声で忠告する。
真依に周囲の声も届いておらず、まるで樹海から呼び寄せられているようだ。
信也は自分の目を疑ってしまう。驚く事に、突然、樹海から伸びてきた闇に真依の体が一瞬にして呑まれたのだ。
「まいっ!」
信也は周囲の制止する声も聞かず、自分でも信じられない程の勢いで闇の中へと突っ込んでいった。




