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第7話 女学生達の恋愛事情

 夕食が始まる前、寄宿生が一堂に会する中、編入してきた珠子もとい、佐藤眞子の紹介が、寄宿生全体に行われた。


「ごきげんよう。佐藤眞子さとう まこと申します。四年生への編入となります。宜しくお願い致します。」


 四年生と聞いて、生徒たちがざわめいた。やはり、最終学年での編入は珍しいのだろう。


 案の定、食事を終えると三、四年生の話好きそうな生徒数名が、「なぜこの時期に編入してきたのか」、質問ぜめをしにきた。


 一、二年生にも気にしている者はいる様子だったが、さすがに四年生には気軽に話しかけては来ない。


 しかし、もっともらしい理由はぬかりなく決めてきてあるので、珠子としては、やっと『設定』が披露できることに、むしろ内心嬉々としていた。


 先刻、薫子に寄宿舎内の案内を受けていた際には、寄宿生活に関わらないプライベートなことは聞かれなかったというのも余計である。



「実は、前の学校に通っている間に縁談が決まっていて…」


 そう話し始めると、珠子を取り囲んでいた女生徒たちは一斉に色めき立った。


「それで、前の学校は途中退学して、こちらの方へ嫁ぎに来たのです。」


 少女達は真剣な眼差しで、珠子の話を静かに聞いていた。いつの間にか、取り囲んでいない生徒たちまで、耳を澄ましていたようで、先ほどまでは賑やだった食堂が静かに感じた。


「結婚を急いだのは、嫁ぎ先のお祖母様のお加減がよろしくなかったためで…亡くなる前に嫁の顔を見たいと言われていたそうで。

 それで、急いでこちらへ越してきたのですけど、お祖母様は二人でご挨拶に伺ったあと、ご安心されたのもあってか、数日後に急逝されて…。

 喪中になってしまったものですから、祝言は来年挙げることになって。

 そうしましたら、主人…になる方が、あと一年で卒業のところ、急いで来てもらったのに申し訳ないので、こちらでも学校に通ってみてはどうかと言ってくれまして…。」

「まぁ!なんて素敵な旦那様なんでしょう!」

「えぇ。もっと勉強したかったなぁって思っていたので、嬉しくて。ついでにもう一つ我儘を言ってしまえと思って、念願の寄宿生になりたいと甘えてしまいました。前の学校の時は、自宅から通っていたので。」

「婚約者の方と離れてしまって、お寂しくないのですか?」

「それは…毎週末には帰るという条件ですので…」


 週末には戻り、珠子の内部調査と、畔蒜くろねの外部調査の状況を照らし合わせることになっているのだ。もちろん、週末に女生徒が外出する際の尾行も行う予定である。

 ホームシックにかかった一年生でもあるまいし、四年生が週末ごとに帰宅することが不自然にならないよう作られた設定でもあるのだった。


「理解のある方で、羨ましいわ。私にもそんな良い縁談、来ないかしら」

「あら、私は、卒業して、師範学校へ進学したいわ」


 女学生達は次々と、恋愛観、結婚観、職業婦人への憧れなど、将来について語り始めた。

 このように、あえて質問せずとも、自分たちのプライベートを語ってくれる人たちは、調査をするうえで、とても都合の良いものである。


 例えばこれが、教師という立場での潜入であれば、一般的でない生き方…ある意味道に外れるようなことへの期待や希望は、聞くことができなかったであろう。


 女学校に通う生徒の家柄というのは、割と恵まれていて、家と家との結びつきを重視されるため、結婚相手を自分で選ぶことが難しい。だからこそ、お見合い以外の恋愛や結婚について、興味も憧れも強いのであった。


 ちょうど世間では、お見合い結婚が主流であったところから、恋愛結婚、更には自由恋愛まで、女性の恋愛・結婚観の移り変わりについて、話題になっていた。



 珠子自身もまた、縁談話を断り続けた末、ついに逃れられないところまできてしまったために、家出をした身であった。恋愛結婚や職業婦人への憧れが、珠子にもあったのである。


「旦那様って、外見はどんな方なの?」

「年齢は?」

「お仕事は?」


 自分たちの話が一旦落ち着くと、話題は再び婚約者に及んだ。

『設定上』、畔蒜くろねが夫役を演じることになっているので、思い浮かべながら説明する。


「年は…、私よりも10以上も上だけれど、実年齢よりも若々しく見えるかしら。でも、時々、少年のようになるの。背が高くて、細身だけれど筋肉はついてる方なんじゃないかしら…。仕事は詳しく分からないけれど、貿易関係と言っていました。」

「まぁ、素敵…」


 何人かが、ため息をついたようだった。

 確かに、こう言葉で説明してみると、畔蒜はとても見目麗しい実業家好青年と違わぬ描写をせざるを得ないのである。


 ただ、珠子が目にする畔蒜は概ね、くしゃくしゃのシャツにくしゃくしゃの髪、適当に伸びた無精髭に、目の下にクマのある、くたびれたおじさん姿であった。そのため、女学生達に褒められていることに違和感しかなかった。


「それで、旦那様とはもちろん…その…もう、大人の関係を結ばれていて…?」

「え!?そ、それは…」


 珠子が想定外の質問に、どう答えるべきか迷っていると…


「みなさん、そろそろお部屋に戻る時間ですよ。」


 薫子が良いタイミングで制止してくれた。


「眞子さん、また明日、お話ししましょうね」

「ごきげんよう」


 そう言って、取り囲んでいた面々は寄宿舎へ帰っていった。


「薫子さん、ありがとうございます。助かりました。」

「いいえ。まったく、あの子達ときたら。本当にすみません。」

「いえ、私は…楽しかったです。皆さんとお話できて。私も、縁談が決まるまでは、友人とよく恋の話をしていましたから。」

「それなら、良かったです。さぁ、私達も戻りましょうか。」

「そうですね。」

「あ、そうだわ。もし、週末一時帰宅されるなら、木曜日までに届けを柏木先生に出してくださいね。」


 何だかんだ、薫子も話を聞いていたのだった。


「わかりました。」

「あと…、最近、この近くが物騒なようで、必ず送り迎えをお願いすることになっています。そのこと、ご自宅に連絡しておいでくださいね。」

「はい。」


 明日あたり、手紙を出そうかなと考えながら、珠子はあてがわれた自室へ戻った。

 ふと、緊張がほぐれ、急に眠くなってきた。畔蒜に、無理せず普通の生徒として振る舞うよう言われていたのを思い出し、手早く寝る支度を済ませ、布団に潜ると、あっという間に夢の世界に旅立ったのだった。

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