9.エピローグ
『第三十四回オリンピック競技大会の開会式がもうまもなく始まります』
テレビでは、芸能人や元オリンピック選手が、期待で待ちきれないと言った感じで楽しそうにトークをしている。
「始まるよ」
「はーい」
謙斗が呼びかけると、ジュースのパックと菓子袋を持った月乃がやってきてそれらを机の上に置き、隣に座った。こちらも芸能人に負けないぐらいウキウキしている。月乃はオリンピックの開会式を見るのが好きだ。
しかしすぐにテレビには集中せず、辺りをきょろきょろと見回す。
「風花は?」
「あれ?さっきまでそこにいたのにな。良いよ、探してくる」
謙斗は立ち上がり、「ふーかー」と呼びながら居間を出る。
「ふーかー。かくれんぼなのか?オリンピックが始まるぞー」
いつもなら呼べばすぐに出て来るのに、今日はなかなか姿を見せない。どこにいったのかと頭を捻っていると、先ほど探したはずの寝室の方から物音がした。かくれんぼも上手になったと苦笑しながら寝室に戻る。
寝室のドアを開けると、一人娘が背を向けてベッドに座っていた。
「風花」と呼ぶと振りむき、満面の笑みを見せながらベッドの上をだだだっと走って、謙斗の胸に飛び込んできた。
「ベッドの上を走ったらダメって言ってるだろう。何をしていたの?」
「ふふふー、ひみつ」
風花は嬉しそうに笑いながら、謙斗の首筋に甘い息を吹きかける。
「くすぐったーい」と身をよじりながら、謙斗は風花が何かを持っていることに気が付いた。
ひょいっと取って、目の前に持ってくる。
「だめー、風花の」
そう言って娘が手を伸ばしたものは、「せいぎ」と書かれた青いサンバイザーだった。
了
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
サマータイム制がまだ議論されていた頃、実施したらとんでもないことが起こるよな、その危険さを世に知らせるための小説を書こう、と友人と話していたのですが、その間にサマータイム制を実施しないことが決まってしまいました。
このお話は、そんなやり取りの中からできたお話です。
しかし本当に、サマータイム制が実施されなくて良かったです。




