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8.それぞれの正義

 謙斗がドアをくぐると病院の中にいた。砂山医院ではない。どこかの大きな総合病院のようだ。ジックスの姿は見えなかった。今出てきたドアは、普通の病院のドアになっていた。

 廊下を大勢の人が行き交っている。医師、看護師、患者、見舞客。どの人も忙しそうで、白い灰まみれの謙斗に怪訝な目を向けるが、声はかけずに通り過ぎて行った。

 歩いていると、人通りの少ない一角に出た。そこで知っている顔を見つけた。

「砂山さん」

「君か」

 見上げる砂山医師は立ち上がろうとはしない。

「月乃さんは?」

「この中だ」

 砂山医師が示したドアには「集中治療室」と書かれていた。

「何があったんです。大丈夫なんですか?」

 砂山医師は謙斗の剣幕を気にすることなく、淡々と答える。

「公園で倒れているのが発見された。君を探して走り回っているうちに具合が悪くなったらしい」

「そんな……」

「月乃は昔から身体が弱かった。現代の医学でも治せない先天的な病気でね。産まれた時には十歳までもつかどうかと言われたらしい。この歳まで生きられたのは奇跡のようなものだ」

「……そんな風には見えませんでした」

「君が来てからは私でも見たことがないぐらい生き生きとしていたからね。月乃は長く生きられたけれども、色んなものを諦めなければならなかった。学校に通うことも、友達を作ることも、ましてや恋をするなんてとんでもなかった。月乃に好意を寄せて来る者はいたが、いつ死ぬか分からない自分を考えれば、月乃はそれを受け入れることはできなかった。ましてや、自分から好意を持つことはできなかった」

 砂山医師は薄く笑った。

「君を見つけたと言ってきた時はびっくりしたよ。月乃は普段あの時間には寝ている。それなのにあの日は起きていて、外で倒れている君を見つけたんだ。そして眠り続けているだけの君を好きになった。最初は保護欲を恋愛と勘違いしているだけなのだろうと思っていたが、もしかしたら違ったのかもしれないと思っていたところだ」

「どういうことですか?」

「月乃はどこかで君が別の世界の人間だと気が付いていた。そして、別の世界の人間なら、好きになっても構わないと思った」

「それは、いつか別の世界に帰るからですか」

「君には感謝していたんだ。先ほども言ったように、この数日の月乃は生き生きしていた。ずっと憧れていた恋をすることができたんだからね。そして君を探して、恋をしたまま死ぬことができる。それは、月乃にとって幸せなことだとは思わないか?」

「それは月乃さんが決めることです」

 砂山医師は立ち上がり、立ちふさがった。

「君はなぜ戻って来た」

 厳しく、真剣な目が向けられる。

「月乃さんと一緒にいたいと思ったからです」

 謙斗は砂山医師の隣を通って、集中治療室の自動ドアのボタンを押し、中に入った。目の前にはもう一つ自動ドアがある。その横はガラス張りになっており、集中治療室の中が見えるようになっている。そこでジックスが待っていた。

 二人で集中治療室の中を見る。様々な医療機器に囲まれて月乃が眠っていた。

「どこからどこまでが悪の時空人の仕業で、どこからが君の仕業なんです?」

「その線引きは難しいですね」

 ジックスはしれっと答える。

「君の力で彼女の病気を治すことはできるんですか?」

「はい」

 ジックスは謙斗の方を見る。

「でもそれは、私がこの世界に干渉するということです」

「それは君の正義じゃない」

「そうですね」

「じゃあ僕はどうすれば良い?」

「彼女を救うと決めてください。この世界の人が彼女を救うんです」

「でも僕はこの世界の人じゃない」

「この世界で生きると決めたんでしょう」

 ジックスは挑戦的な目を向けてくる。

「だったら、この世界の人です」

 その決断が、元の世界に戻れないということを意味するのは謙斗にも分かった。しかしもう、決めていた。

「僕は月乃さんを救う。力を貸してください」

「分かりました」

 ジックスは嬉しそうに笑って、ビキニのボトムスに手を入れる。

 取り出されたのは、パソコンのリターンキーだった。但し、三十センチ四方ぐらいの大きさがある。

「これはなんですか?」

「押してください」

「押すだけ?」

「そうです。必殺技を出したりすると思いましたか?」

「ちょっと期待していた」

「私もそういう方が好きですけど。それには色々と準備が必要なんです。それを準備していたら、間に合わなくなるかもしれません」

 ジックスはちらりと月乃を見た。

「安心してください。キーを押すだけだけど、あなたの力で、あなたの意志で、この世界と彼女を救うんです」

「僕の責任で、ですよね」

 ジックスは笑顔で頷いた。

 謙斗は手を伸ばし、キーを押す直前で指を止めた。

「ありがとうとか、さよならとか言っておいた方が良いのかな」

「こちらこそありがとうございました。もう会うことはないと思うけど、お幸せに」

「ありがとう」

 そして謙斗は、リターンキーを押した。


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