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6.正義の時空人X

「なんでそんな恰好なんです?」

 月乃が不機嫌そうに謎の少女に訊く。

 謙斗は、臆せずに質問するところは凄いなと感心するが、この状況で最初の質問がそれなのかと思う。

「だって、こういうが好きなんでしょ」

 少女は立派に成長している胸を張る。

「好きなんですか?」

 月乃に振られたので、謙斗は小さな声で正直に答える。

「……好きです」

 不機嫌そうな顔をされるが、否定したところで状況は好転しなかっただろうからこれで良かったのだ。

「好きだそうです。それで、エックスさんと言われましたか」

「正義の時空人Xだぞ」

「……長いので、エックスさんで良いですか?」

「エックスさんは他にぎょうさん居はるからイヤやわぁ」

「でしたら、セックスさんはいかがですか」

「セックス。了解した」

「いやいやダメでしょ」謙斗は慌てて割って入る。

「セックスさん駄目ですか?」

「セックスはダメなのかしら?」

「駄目です!ええっと、時空人エックスだから、ジックスでどうです?」

「私としては、正義、が入っていることが大事なんです!」

「だ、だったら、正義は英語はジャスティスです。だから、ジャックスでどうです?」

「だったらジックスでお願いするわ」

「……ではジックスさんにします。月乃さんも良いですね。ところで、なんで口調をコロコロ変えるんです?話しづらいんですけど」

「むう。そうなんですかぁ。私としてはぁずっとおんなじ感じでしゃべってるんですけどぉ、言語変換機がぁ、バグって、バグバグってしてるのかもって思うので勘弁してちょ」

 このタイミングでそんな口調で話されると、絶対にわざとだろう!と突っ込みたくなったが、話を進めるのが先だと思ったので、イラッとしながらも訊ねた。

「助けてもらってありがとうございました。それで、ジックスさんはなにをされに来たんですか?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。それは……」

 ジックスは唐突に話を切り、周囲を見回して不満そうな顔をする。

「ここわぁ世界の危機を語るには緊張感がないのう」

 そう言ってビキニのボトムスに手を入れて取り出すと、先ほどのドアが現れた。

「さぁ、行くわよ」

 ジックスに促されてドアをくぐると、昼間の公園から一転、夜のビルの屋上に出た。しかし暗くはない。眼下には一面、燦々と輝くビル群があった。見知っているビルもたくさんある。

「ここは……」

「New York」

 いかにもなニューヨーカーっぽい口調にいらっとする。

「なんでニューヨークなんです?」

「やっぱ世界の危機を語るにはニューヨークっしょ」

「ええっと、世界の危機なんですか?アメリカに?」

「アメリカも日本も関係ありません。この世界の危機です。時空人が攻めてきます」

「あなたも時空人ではなかったかしら」

 月乃がつんけんした口調で入ってくる。

「エグザクトリー!私は良い時空人デース。攻めてくるのは悪い時空人デース」

「時空人っていうのはなんなんですか?」

 一々突っ込んでいては埒が明かないのでとりあえず話を進めさせる。

「並行世界ってあるでしょ。この世界とは違う選択をして分岐し、そして続いていく世界。そんな並行世界が無数にあるんだけど、そこに住んでいる人たちはお互いの並行世界を行き来することはできないよね。それどころか、そんな世界があることを意識もせずに暮らしている。ううん、普通に暮らすなら、そんなの意識しないでも全然大丈夫なんだけどね。そんな並行世界を全部、俯瞰的に見ることができる人たちがいるの。それが私たち時空人ってこと。分かった?」

「ああ、分かった」

 設定としては理解できた。本当にそんなことがあるのかどうかは疑わしいが、最近経験したことを考えれば、否定することもできない。

「それで、攻めて来るって言うのはどういう意味なの?それに世界の危機だって」

「うん、あのね。私たちは君たちの世界を見ることはできるけど、それに触れたり、干渉したり、影響を及ぼしたりはできないの。基本的にはね。基本的にはってことはできることもあるってこと。それで、日々、干渉しようと試みている人たちがいるの」

「なんのために?」

「単純に干渉してみたいだけじゃねーかな」

「干渉したらどうなるの?」

「それは干渉した人によるアルネ。ただ干渉したいだけなら何もしないかもしれないけど、世界をぶっ壊したいって思う人もいるかもアル。実際にそうなった世界もあるアルヨ。干渉するのは難しいけど、一度干渉してしまえば割とやりたい放題なの」

 謙斗は先ほどのありえない現象を思い出す。

「さっきみたいに?でも、元に戻ったみたいだけど」

「私が元に戻したんでしょ!」

「そうか。ありがとう」

「正義だからね」

 ジックスはえっへんと胸を張る。

「でも、さっきの人たちが悪者で、あなたが良い者だって、本当にそう言えるのかしら?もしかしたらあなたが世界を壊しに来ていて、彼らはそれを防ぎに来ているんじゃない」

「なんでそう面倒くさいことを考えるんじゃ。そんなんじゃねーちゃんもてへんぞ」

「なっ!」月乃の額に青筋が浮く。

「証明なんてできない。正義を名乗れるのはいつも自分だけだから。悪行為す者在れば、また正義為す者在り。闇あれば光あり」

 格好をつけているジックスに謙斗は訊く。

「それで、なぜ君は僕を助けに来てくれたの。世界の危機が迫っているならもっと権力がある人のところに行った方が良いと思うんだけど。例えばホワイトハウスとかここから近いよ。世界最強の軍隊がある」

「この世界の軍隊なんて時空人の相手になるわけないじゃん。瀬野謙斗、時空人が狙っているのはあんただよ。並行世界を渡ったあんたの力を利用したいんだ」

「そんな!どうやって渡ったのか、なんで渡ったのかも自分では分からないのに。……もしかしたら君たちには分かっているのか?」

「理由も理論も明らかになっていないわ。それが分かっていれば、彼らは並行世界に侵入しまくっているでしょうね。ただたまに、あなたのような不思議な力を持った人が現れるの。あなた自身に力はなくて、ただ現象に巻き込まれただけなのかもしれない。でもそういう人が、世界に干渉する鍵になることは分かっていて、彼らは常にそういう人を探している」

 ジックスの話が本当かどうかは分からない。しかし、彼女と別れたらさっきの連中がまた襲ってくるだろう。いきなり襲ってくる連中よりは、きちんと説明してくれた人の方を信じようと思った。

「分かった。君を信じる」

「ほんとか?ばり嬉しか」

 ジックスは屈託のない、満面の笑みを見せる。

 隣で月乃が忌々しそうな顔をしているのに気が付かないまま、謙斗は訊ねる。

「それで、僕はなにをすれば良い」

「あなたが開けた穴を塞ぐのよ。そうすれば奴らは入って来られなくなる」

「もう入ってきている人たちはどうなるんだい」

「慌てて出ていくわ。あいつらはこの世界に遊びに来ているだけだから、取り残されたいなんて思ってない」

「分かった」

「待って……」

 月乃が不安そうな口を挟む。

「それって……」

 しばらく考え込んだ後、訊いた。

「穴を塞いだら出ていけないってことですよね。だったら、謙斗さんはどうなるの?」

「分かりません」

「分からないって!」

「そもそもこの人がどうやって世界を渡ったか分からないんだから、穴を塞いでどうなるかなんて分かりません。まぁ、単純に考えれば、この人も出ていくことはできなくなりますよね」

「つまり、元の世界に戻れなくなる。良いんですか?」

「良いも何も……」

 決められないだろう、と謙斗は思う。元の世界に戻れる見込みもないのだ。今生きているこの世界を守るしかない。それが例え、元の世界に戻る可能性を消し去ることになったとしても……

 そう思ってもなかなか「僕がこの世界を守る」とは啖呵を切れなかった。胸がざわざわとする。

「そうですよね。やっぱり、自分の世界を捨てるなんてできませんよね」

 月乃が背を向ける。白いワンピースがはためき、そのまま夜の街に吸い込まれていくように見えた。

「月乃さん」

 その時、地面が揺れた。

「地震?」

 謙斗はマンハッタン島では地震が起きない、という何の役にも立たない豆知識を思い出す。

「違う、奴らだ!」

 ジックスがビル街の一角に厳しい目を向ける。

 その区画が、爆発した。

 大音響と共にビルが崩れ、炎が噴き出す。煌々と瞬いていた明かりが消える。生じた闇の中に、炎に照らされた巨大な影が現れた。どっしりとした下半身で二足歩行し、長いしっぽがビルを薙ぎ払う。ごつごつとした黒い体皮を上っていくと、小さな頭があり、二つの目が赤く光っている。

「怪獣……」

 その圧倒的な存在感に気圧されて、身動きするのを忘れた。

 赤い目がぎろりと、謙斗たちを捉えた。

「逃げろ!」

 しかし逃げる暇も、月乃に駆け寄る暇も、ジックスがどこでも行けるドアを出す暇もなかった。

 怪獣が口を開くと、そこから放たれた熱線は一瞬のうちに謙斗たちに到達した。

 意識が白くなり、消えた。


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