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2.目覚め

 白い四角いパネルがはめ込まれた天井が見えた。自宅とも会社とも違う、見知らぬ天井だ。

 謙斗はベッドの上に横たわっていた。知らないベッドだが、少し見覚えがある気がする。

 横になったまま周囲を見回す。白い壁が続き、奥にある大きな窓からは白いレースのカーテンに弱められた陽光が指してきている。窓の方に向かって、ベッドが二つ置かれていた。マットレスだけでシーツもかけられていない。天井にはそれぞれのベッドを囲むようにレールが走っている。

 窓とは逆側の壁にはドアがあり、一人の女性が立っていた。同じ年ぐらいだろうか?長い黒髪で肌が白い、穏やかな顔をしている。グレーのワンピースの上に、薄手の白いカーディガンを羽織っていた。

「気が付きましたか?」

 涼し気な声だった。女性はゆっくりと近づいてきて、謙斗の顔を覗き込んだ。

「お加減はいかがですか?」

「ええ、まぁ、大丈夫です」

 よく分からないまま返事をする。

「少し待っていてください。先生を呼んできますから」

 出口で振り返って少し微笑んだ後、女性は部屋から出て行った。

 その時になってようやく、謙斗は自分の左腕に点滴が刺さっていることに気が付いた。点滴台に点滴袋がぶら下がっている。

 先生を呼んでくると言っていた。ではここは病院なのだろう。

 記憶をたどる。

 徹夜続きで進めて来た、サマータイムへの対応がようやく終わり、先輩に言われて買い出しに出た。その途中でめまいがして倒れた、そんな気がする。

 倒れているのに気が付いた誰かが救急車を呼ぶなりして病院に連れて来てくれたのだろう。光の加減から察するに、少なくともあれから半日は経っているはずだ。しかし誰も見舞いに来てくれていないし、見舞いの品もない。

 そういえば他の病人もいないし、この部屋は病室として使われていなかったように見える。廊下を行き交う人の姿もない。病院は静かなところだとは言え、静かすぎる。

 思い返せば先ほどの女性も看護師には見えなかった。綺麗だったけど。

 考えている間に、廊下から固い靴音が響いてきた。すぐに男が姿を見せた。長身で白衣を着ている。顔は少し尖った感じがあるが、整っていてかっこいい。後ろには先ほどの女性が付いてきている。

「当医院の院長をしている砂山です」

 院長にしては若いな、と思ったが、落ち着き払った声にはそれだけの重責を担っている者の威厳を感じた。

「血圧を測らせてください」

 砂山医師は謙斗の了解を得る前に、脇に抱えていた血圧計をベッドの上に広げ、血圧を測り始めた。

「次は体温を測ってください」

 体温計を渡されたが、一方の腕が点滴されているためうまく脇に挟めずに困っていると、女性がベッドの反対側に回り込んできた。

「私が挟みますよ」

 優しく言って体温計を受け取ると手慣れた手つきで病院着の前を開き、慣れた手つきで体温計を差し入れてくれた。

「ありがとうございます」

 少し、熱が上がった気がした。今、血圧を測ったらきっと高いだろう。

「点滴をしている方の腕も、激しい動きをしなければ動かしても大丈夫ですよ」

「あ、ああ、そうですよね」

 点滴をするのは初めてだったので分からなかったが、映画やテレビドラマでは点滴をしていても平気で動き回っていたのを思い出した。

 体温を測り終わると、砂山医師は女性に渡されたタブレットに入力した。

「さて。あなたは瀬野謙斗さんでよろしいですか?」

「はい、そうです」

「失礼ですが、身元の確認が必要でしたので財布の中身を確認させてもらいました。」

「はい」

 財布を差し出されたので上半身を起こして受け取る。

「スマートフォンです。こちらはロックがかかっていたので中は見ていません。この三日間一度も着信はありませんでした」

 スマホを受け取りながら思わず声を出す。

「えっ?三日ですか?」

 倒れてから三日も経っているのか!

 そしてその間、誰からも連絡がない?

「あの、身元を確認したって言ってましたけど、誰かが連れて来てくれたんじゃないんですか?」

 会社の仲間が連れて来てくれたのだと思っていた。

「いえ。うちの前に倒れていたのを月乃が見つけました。うちは救急はやっていないんですけど、月乃に頼まれたので仕方なく担ぎ込んで治療をしました」

「すみません」

 女性、月乃が頭を下げる。それに合わせるように謙斗も頭を下げた。

「すみません」

「けっこう大変だったんですよ」

 この砂山という医師、先ほどから口調は丁寧だがきついところがある。

 それも気にかかるが自分はどこに倒れたのだろうと謙斗は考える。倒れたのは会社を出てから一分も歩いていなかった。そんなところに病院があった覚えはない。

「ここは……、どこなんですか?」

 なんだかひどくマヌケなことを訊いている気がする。

 砂山医師が短く町名を告げる。

「会社と同じじゃないですか?」

「会社はどちらなんですか?」

「戸熊テクノです?」

「戸熊テクノ?」砂山医師は少し考えた後「最近入ったんですか?」と訊いた。

「いえ、もう三年目です」

「それはおかしいな」

「何がです?」

「いや、私の思い違いかもしれないので少し調べてみます」

 砂山医師はそう言って足早に部屋を出て行こうとするので謙斗は慌てて呼び止めた。まだ肝心なことを訊いていない。

「僕は、何の病気なんですか?」

「病気じゃありません、過労です」

 そっけない返事だった。

「気が付いたのならもう大丈夫でしょう。点滴は今のが終わったら止めて、夜は食事を取ってください。月乃、念のために消化が良いものの準備をお願いします」

「はい、陽臣(はるおみ)さん」

 月乃は砂山医師を見送ると、謙斗に向き直った。

「お粥を食べられますか?」

「は、はい。大丈夫です」

 月乃が作ってくれるのかと思うと嬉しくなった。

「では、また少し休んでください。無理は禁物です」

 そう言われると少し眠くなってきた気がする。身体を横たえる。

「おやすみなさい」

 謙斗はすごくいい気分で眠りに引き込まれていった。


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