決着
「よくぞ持ちこたえたものよ、お嬢ちゃん。さすがは勇者と言うことか」
そんな言葉が激痛の中聞こえる。
不意にあたしを拘束するものが消え去り、激痛から解放されてあたしは地面に落ちた。
「大丈夫か、エリシア」
あたしはそのまま地面に倒れこむことなく、誰かがあたしを支えてくれたらしい。
「ぐっ! あ、アルフレッド……?」
「ああ、どうやらエリシアのピンチには間に合ったらしいな」
アルフレッドに支え起こされて、割と朦朧とした意識を保ちながら正面を見ると、ヴィリディアが二体の魔物を相手に戦っていた。
その強さはさすがとしか言いようがなく、あたしが苦戦した巨人を軽々と切り伏せ、カエルの魔物の舌を限界まで引っ張り出して切り刻んでしまっていた。
「さ、さすがは伝説の英雄ね……」
あたしはアルフレッドに支えてもらいながらなんとか立ち上がった。
「もちろん、師匠だからな。ここまで来るのも俺たちに対して強力な魔物を差し向けられてきたから遅れたんだ。赤い光が出現してからは師匠が率先して倒してくれたんだけどな」
「そう、なんだ」
「ああ、「これは修行している場合じゃないな」とおっしゃった後、師匠が率先して魔物を倒し始めたんだ」
それだったらもっと早く来てくれれば、アクレンティア姫様はケリィに犯されずに済んだのにと思った。
あたしたちの側にはそこまで強力な魔物は出現しなかったので、もしかしたらケリィの指示でヴィリディア側には強力な魔物が配置されたのかもしれない。
そう考えると、アルフレッド達が遅れるのは必然だと言えた。
「で、エリシア。大丈夫か?」
「あまり大丈夫じゃないわ」
「だろうな。ほら、経口の回復薬だ。未使用の奴だから安心していいぞ」
あたしは回復薬を、アルフレッドに飲ませてもらう。
さすがに、動けるほど気力が回復していなかったのもあるし、今意識を失っていないのは踏ん張っているためである。
「しかしなんだ、あの人型の魔物は。どこかで見たことがある気がするんだが」
アルフレッドはベネットさんと戦っているケリィを指差す。
カイニスさんも戦線に加わったおかげか、体勢を立て直しているように見えるが、ベネットさんの盾はかなりボロボロになっているように見えた。
「あれは……ケリィよ。どうやら魔王の眷属になったらしいわ」
「なんだって?!」
アルフレッドは驚きの声を上げる。
「話はメリルから聞いている。エリシアを穢したあいつは俺は許せないんだ! 俺が代わりに仇を討ってやる!」
「アルフレッド! 何事も優先順位なのよ! 先にあの魔王ユードラシルを倒さなきゃいけないわ!」
「だが、俺は許せん! 俺は奴らを皆殺しにするために、エリシアを穢した奴らを皆殺しにするために、これまで修行に耐えてきたんだ!」
アルフレッドの憤怒はものすごかった。
アルフレッドの顔は怒りで真っ赤に染まっており、目が血走っていた。
あたしだって、ケリィは絶対に最も残酷な殺し方で生きていることを公開させながら止めを刺すつもりだし、三宅達は全員この手で殺すつもりだ。
だけれども、先に魔王を倒さなければ、エルフたちはすべて死んでしまうのだ。
今この時も、生贄に捧げられたエルフの数はどんどん増えていっているのだ。
「アルフレッド、それはうれしいけれども今この時も、エルフの人たちが生贄に捧げられて死んでいっているの! 先にあの魔王をぶち殺さないと!」
あたしが強くそう言うと、アルフレッドが優しい目をしてあたしの頭を撫でた。
「わかった。エリシアがそうしたいならばそうするよ」
あたしはアルフレッドに瓦礫のそばに座らせられる。
立ってようとしたけれども、あたし単独ではまだうまく立ち上がれなかった。
アルフレッドはあたしを休ませると、あたしの聖剣を拾った。
「これは……? すごい力を感じる!」
アルフレッドはあたしの方を向いた。
「エリシア、これはあの時のエリシアの剣じゃないかい?」
あの時と言われても困る。
まあ、あたしの聖剣ではあるけれどもね。
「そうよ」
「借りるぞ、エリシア」
「へ?」
アルフレッドはそう言うと、聖剣を手にヴィリディアの戦闘に加勢した。
「お嬢さんの介抱は大丈夫なのかな?」
「ええ、エリシアに力を貸してもらってます!」
勝手に借りたのに何を言っているんだ。
そう思いつつも、あたしにはアルフレッドが勇者様のように見えていた。
ステータスを見ると、あたしの能力値はすでに1万とか行っているんだけれども、HPやMPはかなり消耗しているのがわかる。
急激にHPを失ったせいか、バットステータスがついている。
そして、【聖剣の鞘】のスキルの所に展開可能な【+】マークが表示されていることに気づいた。
展開すると、能力の詳細と貸与可能者と言う欄が表示され、アルフレッドの名前がそこに書かれていた。
「えっと、何々? 《聖剣を持ち主が認めたものに貸与することによって、一時的に借用者の能力を持ち主の能力に近づけることができます。また、借用者は《勇者》のジョブを一時的に与えられる》ですって……? なにそれ……」
あたしは呆れつつ、ヴィリディアとアルフレッドの戦いを眺めていた。
ヴィリディアは巨人やカエルの攻撃を丁寧にさばきながらカウンターを叩き込んでいる。
今は片手剣と巨大な剣を手に戦っているが、攻撃の種類や敵の部位によって適宜素早く切り替えて切り刻んでいく。
一方アルフレッドは聖剣を手に、怒涛の勢いで切り伏せていく。
アルフレッドはその場から一歩も動くことなく、魔王の放つ魔法すら切り伏せていった。
「行くぞ! アル!」
「はい! 師匠!」
ヴィリディアの合図で、アルフレッドは必殺技を放った。ヴィリディアは巨人を微塵に切り刻み、アルフレッドはカエルを一閃のもとに切断する。
聖剣から漏れ出る光の粒子が爆発を起こして、カエルは二度と復活することはなかった。
一方、ケリィはと言うと、アクレンティア姫様のいる結界に逃げ込んでいるのが見えた。
カイニスに敗北したように見える。
絶対安全シェルターと化した結界に立てこもるケリィに、カイニスとベネットさんたちが逃げないようににらみを利かせていた。
「ハハッ、なんだこいつら……」
こう、シーナ的に言えば、もう全部あいつらだけでいいんじゃないかな状態である。
ぶっちゃけ、あたしたちが到着したせいで余計に被害が広がったんじゃね的な説もある。
動かない体、落ちそうな意識を何とか踏ん張りながら、あたしは気の抜けたようなため息をついた。
「さあ、残りはお前だけだ、魔王!」
アルフレッドは魔王ユードラシルに聖剣を向けていた。
アルフレッドの位置から玉座までは距離があり、周辺には塩の山と2匹の自信作であった魔物の死骸が散らかっている。
「ヒョッヒョッヒョ……。ああ、私をイラつかせるのは400年前の勇者ぶりですよ、ええ!」
魔王ユードラシルはそう言うと立ち上がった。
自分の自信作、神をも殺す自慢の魔物を3体破壊されてしまったのだ。
彼が怒るには十分な理由だった。
それに、ヴィリディアに差し向けた魔物たちもユードラシルの成功作のうちの何体かだった。
「せっかく、至高の魔物を作ったというのに、壊されてしまってはまた最初から作り直さざるを得ませんね、ええ」
「何が至高の魔物だ。この世界には儂ら《英雄》がいるんだぞ? お前さんの野望は最初から詰んでいるんだよ」
ヴィリディアがそう言うと、魔王ユードラシルは何かを思いついたのか、悪魔的な笑みを浮かべる。
「ヒョッヒョッヒョ。なるほど。では、その《英雄》を素体に魔物を作ったら、さぞや強い魔物が完成しそうですねぇ」
ユードラシルのこの一言で、アルフレッドは眉をひそめた。
「《英雄》を……素体に……魔物を……? まさか攫った人たちは?!」
「ええ、冒険者はみなすでに魔物に改造してますよ。人間を魔物に改造した方が、強さの度合いが違いますからねぇ。先ほどあなたたちが倒した魔物も、何人かの生きた人間を素体に魔物に改造しました。ええっと、なんでしたっけねぇ? 金級冒険者を名乗っていた人間の集団でしたっけね?」
「……なるほどな。魔王ってのは外道しかいないと。アル! さっさとこの魔王を討伐して、この茶番を終わらせるぞ」
「はい、師匠……!」
「ヒョッヒョッヒョ! 勇者でないあなた方に一体何ができるんでしょうねぇ……?」
ヴィリディア及びアルフレッドと、【絶望魔王】ユードラシルの直接対決が始まったのだった。
魔王は勇者でしか倒せない。
この法則はどうやら、絶対であるらしかった。
その証拠に、あの最強の《英雄》であるヴィリディアや、アルフレッドが一つのかすり傷すらつけられずに追い詰められていた。
「くそっ! 魔王を名乗るってのは伊達じゃないってことか!」
ヴィリディアが悪態をつく。
ただまあ、あたしは遠目でその戦いを見ることができたのは、行幸と言えた。
魔王ユードラシルの能力である【 虚偽死葬】の解析が終わったからであった。
不義と偽りの神である悪魔【ドゥルジ・ナス】、その名を冠しているだけあって、醜悪な能力だと言えた。
ドゥルジ・ナスは死体に宿り疫病を蔓延させる悪魔である。
ユードラシルが傷つかないという理屈は、自分の死体に宿って復活しているためと言うのが正しいだろう。
つまり、一瞬で再生していただけと言うのが理屈のように感じた。
あと、奴の近くで戦っていると絶望感がわいてくるけれども、それもアイツの能力のようであった。
絶望させて冷静な判断力を失わせるように感じさせる。
これだけならば、勇者でなくとも何とかできそうだけれども、あと一つの能力が勇者のチート能力が無ければ対処不能なものであった。
「さて、と」
あたしは、自分の剣を手に立ち上がる。
HPもMPも、サシャやシアのおかげでだいぶ回復していた。
うん、ステータスが見えるというのはこういう時に便利だろう。
「エリ、無理しないで」
「そうよ。彼らに任せておけばいいんじゃないの?」
「魔王は勇者じゃなきゃ倒せない。これは絶対のルールみたいだからね。回復してくれてありがとう」
あたしは剣を構えてアルフレッド達の加勢に向かう。
あたしの解析が正しければ、この魔法を使いさえすれば奴を殺すことができた。
ルーンを描き、詠唱を唱える。
【我は不浄を正常に戻すもの、腐敗をそぎ落とすもの】
そう、初めからおかしかったのだ。
だからこそ、戦線離脱したあたしはこの空間を正しく認しくすることができた。
そして、ただの人間では、絶対に対処不能だということが理解できたのだ。
【我は永久の不浄を正すもの、我は過ちを指摘するもの】
そう、この空間そのものが絶望を作り出すための装置であり、【絶望魔王】ユードラシル本体だったのだ。
【我は今、精霊の力を借りて、聖なる領域を形成し、その過ちを正す!】
ユードラシルの目があたしをとらえた。
「おい、キサマ、何をしようとしている!」
「エリシア?!」
「お嬢ちゃん?」
あたしは、剣を地面に突き刺すと、白い文字で書かれた魔法陣があたしを中心に広がっていく。
雄大君ならどう解決するだろうか?
きっと、似たような武器を手にして胸に突き刺すのだろう。
【──聖なる領域】
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
光が領域を包み込んでいく。
この魔王は、絶望に巣食う魔王だ。文字通りにね。
つまり、絶望する自分の心を攻撃すれば、奴の本体を捉えることができるのだ。
絶望なんて感情を殺すなんて普通の人間にできるわけがない。
どんなに希望を持ったとしても、どこかで必ず抱えているのだ。
【聖なる領域】は一時的に領域内全員の心の絶望する部分を破壊する。
……あたしにとっては根源である憎悪が一時的になくなってしまうわけだけれどね。
「アルフレッド! 今よ!」
「お、おう!」
アルフレッドは聖剣を振るう。
その聖剣はどことなく、綺麗に輝いて見えた。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「はああああああああああああああああああああああああああ! グラム・ユースティア!!!」
聖剣が纏ったアルフレッドの魔力が光を形成する。
まさにそれは、聖なる剣であった。
魔力の奔流が魔王を襲う!
「ぎゃあああああああああああああああああああ!! 滅ぶうううううううううううううううううう! 私が! 滅んでしまうううううううううううううううううううううう!!」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
アルフレッドの全身全霊の一撃が、魔王ユードラシルの体を崩壊させていく。
同時にこの異質な空間もヒビが入っていく。
奴の特性は、絶望を抱えた人間の攻撃は受け付けないというものだった。
つまり、絶望しない人間ならば有効な攻撃を当てることができるのだ。
あたしは、絶望を知っている人間だ。むしろ、今のあたしの生きる原動力は絶望から湧き出る憎しみの心だろう。
だから、それを破壊する必要があった。しなければ、あの魔王を殺せないのだ。
空間が割れて、本来の空間に戻ってくる。
そこは、この城の屋上であった。
魔王ユードラシルが消滅したことで、赤い光は消え去った。
あたしは【聖なる領域】を解除する。
あたしの中の何かがごっぞりと抜けてしまった感じがした。
「あ、逃げやがった! 追うぞ!」
ふと見ると、ケリィがそのでかい図体で逃亡を図るところだった。
あたしは、ケリィを見るだけでその抜け落ちた部分に何かが満たされるのを感じる。
あたしは奴を処刑するために、嬉々としてケリィを追いかける。
ケリィは城から飛び降りたので、あたしも飛び降りる。魔法で着地して、転移魔法でケリィの逃走先に先行する。
絶対に逃がさない!絶対に逃がさない!絶対に逃がさない!!
ケリィの処刑シーンはグロテスク過ぎるので描写はしません。
描写をする場合確実にミッドナイト行きなので…
とりあえず、ケリィは命乞いをしつつ自分が解体される様を、最初に切除されたブツを口に押し込められながら見ていましたとさ、という事です。
エリシア的には満足していませんけれど、ゴキブリを駆除した後のようにスッキリはしています。