絶望との戦い
この話も結構グロテスクなので、閲覧注意です。
ユードラシルのエルフ絶滅魔法が発動し、ドゥリエッタでは地獄が始まった。
「な、なんだこの赤い光は?!」
「嫌な感じの魔力だぞ……!」
ドゥリエッタは騒然となった。
まず、最初の犠牲になったのは、生命力の弱い老人だった。
「あ、あぁぁぁ……」
街中を歩いている一人のエルフの老人が膝をついた。
「おい、大丈夫か?」
「あぁぁぁぁぁ」
助け起こそうと、若いエルフが抱き上げるが、ドロリとまるでスライムを触るような感覚がした。
「ひっ?!」
若いエルフが思わず手を放すと、ベチャリと音を立てて老人は倒れ、みるみる溶けていった。
骨すら一緒に溶けてしまう。
「ひっひええええええええ!!!」
若いエルフは悲鳴を上げながら、しりもちをついて後ずさった。
それが始まりであった。
次々と老人エルフが溶け出したのだ。
次に溶けだしたのは、幼い子供だった。
10年の時を生きたエルフの子供までが徐々に溶け出していった。
「ママー!!!」
「こわいよー!!」
エルフは長寿と言っても、幼い時代は人間とそれほど変わらない。
人間でいう20歳はエルフでいう20歳と同じなのだ。
エルフは長寿なので、子供を産む必要があまりない。とはいえ、生物であるので子供を産むこともある。
その子供たちが、次々に溶けていった。
「いやああああああ!!! 私の赤ちゃんがあああああああああ!!」
生まれたばかりの子供はすぐにスライムと区別のつかない肉塊へと変貌した。
子供たちはベチャリと音を立てて溶けていった。
その溶けたスライムを、赤い光を放つ地面瞬く間に吸収していく。
地獄はまだまだ始まったばかりであった。
あたしは、なかなか魔王をとらえることができないでいた。
捉えたと思っても、まるで蜃気楼でも切っているかのように実感がない。
「くっ!」
ケリィに犯されているアクレンティア姫様を救うにしても、まず術者である魔王を殺さないといけないのに、それができないでいた。
「エリシアちゃん!」
ベネットさんがあたしの前に出て、魔王からの攻撃を盾で受け止める。
ガンッガンッっと激しくはじく音とともに、魔王の放った光弾が逸れていく。
「おいおい、エリシアちゃんの攻撃を受けてるはずなのに、傷一つ負っていないぜ。どうなっているんだ?」
攻撃は実態があるにもかかわらず、魔王本体には実態がない。そんな不可思議なことが起こっていた。
「ヒョッヒョッヒョ。まあ、所詮はこんなもの。私の特殊スキル【虚偽死葬】は神が私に与えたスキルなのです!」
「スキル名に悪魔の名前? ……最低ね」
ドゥルジ・ナスはシーナの記憶からするとゾロアスター教と言う宗教の不義と偽りの悪魔である。
まさにこの魔王ユードラシルの所業にふさわしいスキルの名称だろう。
その特殊スキル……シヴァもおそらく同様の破壊するスキルがあったと思うけれども、それを攻略しなければあたしたちに勝ち目はないだろう。
特に今は、エルフを滅ぼす魔法が発動して、生贄を収集している最中だ。短期決戦が望ましい。
それ以外であれば、こいつの望みが果たされてしまうだろう。
「ガハハ。魔王よ、手伝おうか?」
ケリィがそんな提案をする。
ちらりと目線をそちらにやると、アクレンティア姫様はまだ生きているようであった。
ただ、絶望の表情でケリィの出した白濁の粘液と血にまみれている。
ピクリとも動かないけれども、まだ生きてはいるようであった。
「満足されたのかな?」
「まさか。だがもうあのエルフのお姫様は反応しなくなっちまったからな。エリシアで遊んでやろうと思ってな」
「ほうほう、良いでしょう」
ニヤニヤと笑う魔王とケリィ。
あたしにはこいつらの思想はもはや理解できなかった。
ケリィは背中に装備した大剣を構える。その姿は、以前あたしをレイプしようとする前、あの森の奥まで行くときに戦っていたケリィの姿と重なった。
「どうやらここからが本番のようだね」
ベネットさんは剣を構える。
「ああ、俺の直感が「逃げろ」と訴えているほどやばい状況だぜ」
そう言いつつも、ジェイルさんは逃げずに武器を構える。
「エリ、アイツ許せない!」
「ええ、同じ女性として、あんな魔物を放置しておくわけにはいかないわ!」
シアとサシャも杖を構える。
いや、もはやここから逃げることなどできなかった。
「ガハハ、美味そうな女だ。エリシアのついでに遊んでやるよ」
ケリィが素早く動く。
いや、あたしの動体視力のおかげでそう見えるだけで、シアやサシャには消えたように見えただろう。
ベネットが動いていなければ、二人とも殺されはしないだろうけれども意識を一瞬で刈り取られて戦闘不能となっていただろう。
──ガキンと激しい音を立てて、ケリィの剣をベネットさんの盾が受け止めていた。
「エリシア! こいつは俺が! エリシアは魔王を!」
あたしは、ケリィ達レイプ魔をこの世から殺すために生きている。
けれども、今この時はそんな私怨よりも優先すべきことがあった。
目の前の魔王は、この状況を作り出した諸悪の根源だ。
あたしは、あたしの中の燃え上がる憎悪を魔王に向ける。
「チッ……! ケリィ……覚悟しておきなさいよ!」
あたしはそう吐き捨てて、意識を魔王に向ける。
400年前の勇者ですら封印が精いっぱいだった魔王を、邪神によってさらに強化された魔王を、あたしが討伐しなければならなかった。
「いくぞ!」
あたしは自分を鼓舞するために声を上げて聖剣を顕現させる。
剣にまとう形ではなく、完全な顕現だ。
聖剣は聖なる光を放っており、あたしの漆黒の憎悪を纏ってはいなかった。
「ほう、聖剣なんて見るのは初めてだな。ヒョッヒョッヒョ。解析して改造して魔剣を作っても面白いな!」
魔王はそういうと、地面に魔法陣を3つ発生させる。
そこから、巨大な魔物が3体顔を出した。
6本足の巨大なカエル、目が3つある巨大なナメクジのような何か、そして、あまたの腕と剣をもつ巨人のような何かであった。
どの魔物も見るも悍ましい姿かたちをしており、普通の精神をしていたら、見ただけで精神崩壊してもおかしくないような魔物であった。
「また、【クトゥルフ神話】の神性?! 勘弁してほしいわね……」
アルフレッドが叩き切った魔物もそういうデザインをしていたことを思い出すと、この魔王はそういう容姿の魔物を意図して作成しているのだろう。
もし、原点通りの性能を持っているならば、1体でも魔王に匹敵する脅威になる。
「さあ、死なない程度に死になさい。どうやら同盟者の【おもちゃ】のようですからねぇ……。ここまで私に協力してもらった褒美にあなたを進呈しましょう、勇者よ!」
魔王の言葉と同時に3体の魔物があたしに攻撃を仕掛けてくる。
伸びてくるカエルの舌をあたしは切り払う。そして、ナメクジの触手をステップで回避する。
そこに巨人があまたの腕であたしを切り刻もうとしてくるので、聖剣で切り払いながら空中を蹴りながら三角飛びで回避する。
【神聖なる光鎧!】
あたしは魔力で鎧を作り出して身にまとう。
あのナメクジの出す触手の直撃を受けるとゾンビになってしまうかもしれないのだ。
直接受けるわけにはいかないので、あたしは魔力で鎧を作成した。
その間にもあたしは魔物からの攻撃をよけながら、剣で切り払いながら移動している。
全員が質量攻撃をしてくるのだ。
正直手数が足りない。
ベネットさんたちの方を見ると、ケリィとの戦いで精いっぱいのように見える。
魔王はにやにやしながら玉座に鎮座している。
あたしは、最初に接近攻撃を仕掛けてくる巨人をつぶすことにした。
例えるならば、スコールのような勢いの剣でも、あたしにはそれなりに動きが見える。
なので、あたしはその剣を蹴りながら懐に入り込む。
だけれども、それを察したナメクジが触手でそれを妨害してくる。
「ああもう!」
あたしは距離を取らされる。
こうなったら出し惜しみをしていても埒が明かなかった。
聖剣にあたしの魔力を込める。
バチバチと雷を刀身が纏う。カエルやナメクジのような水属性の魔物を相手取るのだ。一番効果的な雷で攻撃するのが一番だろう。
「はあああああああ! サンダーボルト・スラッシュ!」
即席で適当な名前を付けながら、あたしは斬撃に雷を乗せて飛ばす。
3回空中を切りつけてナメクジに向かって飛ばすと、ナメクジの触手が蠢いて防御するように盾を作り出した。
その盾に当たるたびに盾を切り刻み、触手を焼け焦がす。
もちろん、あたしは防がれることは想定済みだった。あたしが放った斬撃を追いかけてあたしは接近していた。
あたしは指でルーンを描く。
召喚術式で、ナメクジの苦手なあるものを召喚するつもりだった。
目の前まで接近すると、あたしはそれを召喚する。
「食らいなさい! 塩漬け攻撃!」
どちゃっと召喚された塩に、ナメクジが埋もれる。
同時に、触手が徐々に水分を奪われて干からびていく。
塩が若干湿っていくのと同時に、触手は動かなくなってしまった。
これならば、後は吹き飛ばすだけだった。
【冥府の火!】
あたしは地獄の火炎を発生させて、ナメクジを塩とともに消し炭にする。
完成したのは、塩蒸しされたナメクジの死体と固まった塩の塊だけだった。
あたしはすぐに、別の敵に意識を移す。
魔力の鎧によって対してダメージを受けていないけれども、あたしはカエルの舌を回避しつつナメクジを塩蒸しにしていたのだ。
さて、一番厄介なナメクジを討伐してしまえば、物理攻撃のカエルや巨人を相手をするのはそこまで難しい話ではないと思いたかった。
と言っても、このカエルも接近すると触手で攻撃してきたため、うまく接近できないようであった。
こんなの、人類が戦って勝てるイメージがないじゃない!
ナメクジの触手が消えた今、邪魔するものがなくなったと言わんばかりに巨人が猛攻を仕掛けてくる。
「せいやぁ!」
あたしは聖剣で剣をいなしながら、腕を何本か切り飛ばす。
切り飛ばすためには力を入れるために動かない必要があるけれども、そうするとカエルの舌が伸びてくる。
無視すると巻き付いてきて魔力の鎧の耐久を下げてくるので、これも回避する必要があった。
「チッ!」
このカエルの舌、切っても切っても再生するのだ。
カエル本体は腕が多数あるにもかかわらず足が存在しないため、這って移動するみたいだけれど、それでも厄介なことに変わりはなかった。
このままでは、じり貧である。
「!」
あたしは不意に魔力を感じて飛び退く。
氷の刃があたしを突き殺そうとしていた。
「ヒョッヒョッヒョ。グラーキを倒したのは褒めて差し上げましょう。さすが勇者。だけれども、人間を皆殺しにするための魔物を殺されて、私は良い気がしませんね」
どうやら、魔王も魔法で援護するようであった。
あたしの反射神経で現状でもようやく対処できているというのに、これ以上攻撃が加われば、あたしでも対処できないかもしれなかった。
魔物を抜けようにも、その隙は無く、ふんぞり返っている魔王に剣は届かない。
そして、増援を期待しようにも、ベネットさんはケリィに遊ばれており、そもそもこの魔物はベネットさんでも対処はできないと推測される。
(あ、これってもしかして詰んでる?)
一瞬、そんな考えがよぎってしまった。
いや、まだだ考えろエリシア!
と言っても、転送魔法を使うのはこの場合難しいだろう。あれはそもそも虚を突くためには有効だけれども、【迅雷俊足】を使えば同様のことができるからだ。
あ、それ使ってなかった!
【迅雷俊足!!】
あたしは無詠唱で唱えると、素早さが強化される。
あたしの魔力はこれでだいぶ使ってしまった。
これ以上使うと、魔王との戦いの前に魔力が尽きてしまいそうな感じである。
直前に魔力水を飲んでいなければ、やばかったかもしれなかった。
「はあああああああああ!」
あたしは暴力的な速度を利用しながら、巨人の腕を刈り取っていく。
【迅雷俊足】を使っている状態ならば、空中を何度か蹴って空を飛ぶように移動できるのだ。
巨人の腕を蹴り、空中を蹴り、攻撃や魔法、カエルの舌を回避しつつ巨人の腕を切りつける。
やはり、空中だと足場がないので力が足りないらしく、切断までは至らない。
「高い位置からなら!」
あたしは巨人と戦う中で高い位置まで蹴り上っていた。
あたしは体制を変えて、あたしの体の斜め上の位置を思い切り蹴る。
格好としてはあたしを巨人に向かって飛ばすように空中を蹴った感じだ。
落下スピードと合わって、あたしはものすごい勢いで巨人に突撃する。
「せいはあああああああああああああああああ!!」
あたしは聖剣を思い切り立て切りする。
ズババババっと巨人を切り刻む。何本か腕や手首を切り落とせたようだ。
そのおかげで勢いが落ちたのか、あたしは何とかうまく着地できた。
もちろん、あたしはすぐに走って移動する。
まだカエルが生きているからだ。
だけれども、散々切り刻んだ巨人はまるで痛みを感じていないかのように動き出すと再び残っている手に持った剣であたしを攻撃してくる。
「うそ!」
あたしは巨人の腕が徐々に再生していることを見てしまった。
ボコボコと肉が盛り上がり、徐々に腕の形になっていく。
あれは、最初に飛ばした腕っただろうか……?
【──悪魔の十字架!】
不意にそんな、魔法名が聞こえたと同時にどこからともなく現れた黒い鎖があたしの両手両足をとらえる。
「拘束魔法?! きゃっ!」
あたしは突如出現した漆黒の十字架にはりつけにされてしまった。
すでに、【神聖なる光鎧】は切れていたようだった。
「ぐぅぅ! あああああああああああ!」
背中が焼けるように熱かった。これは熱で焼けるような感じではない。
あまりの痛さに思考が止まる。
カランカランとあたしの手から聖剣が地面に落ちる音が聞こえた。
あたしの目の前に、死が迫っていた。
「ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョッヒョ!! 良い絶望だぁ! 勇者ぁ!」
魔王の嘲るような声が耳に痛かった。
「私の自慢の魔物を1体滅ぼした報いはぁ……! お前の手足で勘弁してやろうかぁ?! そのまま協力者の自慰用の穴として生きるがいい!!」
あたしの目の前に、まるで処刑人のように冒涜的な巨人とカエルが迫る。
「があああああああああああああああああああ!!」
あたしは痛みから声を上げることしかできなかった。
両手はきつく縛られており、足も同様だった。
まるで十分に熱された鉄板に背中から押し付けられたように、あたしは痛みで今にも気絶しそうであった。
「あああああああああああ! た、たすけ……あああああああああああああ!!」
巨人の剣があたしの腕を切り飛ばすために振り下ろされた。