エリシアと騎士
翌日、早朝からあたしたちは王都へ向かう馬車に乗り込むことになっていた。エレンは自分の家で寝たようだが、ティアナとあたしは教会から出してもらえなかった。まあ、ティアナは違うにしても、あたしは確実に逃げ出すしね。自覚があるあたり、あたしもあたしでどうだかと言う話ではあるけれども。
それにしても、聖剣の鞘なんて言うスキルはいらないのだけどね。と言うか、スキルと言うよりはあたしの状態を指しているし。祝福も《魔法使い》だったら文句はなかったのだけれど、結果が出てしまった今となってはどうしようもない。
コンコンと扉がノックされる。
「エリシア様、起きてらっしゃいますか?」
この声はあのメイドさん──ウィータさんのものだろう。昨日は珍しく転生前の夢を見なかったので、普通に寝ていたわけだけど、いつもの習慣で早起きしてある程度身だしなみは整えていたので普通に返事をする。
「はい、起きてますよ」
ガチャリと扉が開く。バッチリとシックなメイド服が着込まれており、瀟洒さを感じる。家事全般をこなしてきたあたしだからこそ、このメイドさんの完璧さを実感できる。飾りシワ以外のシワが無いメイド服、髪の毛もまとめてあり、不潔な雰囲気が一切ない。立ち振る舞いも気品がある感じで、完璧な感じを受ける。
「朝ごはんの支度が整いましたので、およびに上がりました。エリシア様は……問題なさそうですね」
問題があっては困るけれど、この言い回しから、ティアナは惨事だったんだろうなと言うことが想像できてしまった。ティアナは過保護に育てられたからなぁ。主に父親からだけどね。
「ティアナ様はもう少し準備に時間がかかりますので、エリシア様は先にご飯を済ませてください。場所はわかりますか?」
「ええ、問題ないわ」
「では、私はティアナ様の手伝いに行って参ります」
そういうと、ウィータさんは綺麗なお辞儀をして、ティアナのところに向かう。
あたしは、教会の生活スペースで、一番広いテーブルのある部屋に向かう。本当はあたしがご飯を作るつもりだったのだけれど、ウィータさんの様子を見るにウィータさんが既に作ってしまっているようだったので、あたしは優雅にご飯を食べるだけである。
広間に行く途中にティアナの悲鳴が聞こえた気がしたけど、気のせいだと流しておくことにした。
広間ではすでに朝食のパンと目玉焼き、野菜のサラダが並べられていた。ベーコンはないのが残念だった。この村ではラム肉のベーコンとか用意できるはずなのになと思う。
あたしが席に着くと、隣に男性が座る。
「隣、大丈夫かな?」
鍛えられた筋肉から、おそらく騎士さんの1人であることは容易に想像ができた。
「えーっと……」
「ああ、僕はカーネリック卿からエリシア様の護衛を任された、エルウィン・ディーへロイと言う。よろしく、エリシア様」
カッコいいが爽やかな笑みで挨拶をしてくる。ただの村娘にここまでしてくるのはあんまり意味がわからないけど、カッコいい人に爽やかに挨拶されて嬉しくない女の子がいないわけがない。もちろん、あたしも嬉しい。普通顔のアルフレッドに比べれば、俄然嬉しい。この爽やかな笑みはやはり、カッコいい人に限るだろう。
「あたしはただのエリシアよ。様は、つけて欲しくないわ。よろしくね、エルウィンさん」
「なるほど、では僕の方もエルとよんで欲しい」
あたしのカンだけれども、このエルウィンさんはおそらく騎士さんたちの中でも偉いんじゃないかと思う。だから気安くそういうのははばかられた。それに、このカッコよさは“乙女ゲーム”と言う奴に出てくる、“攻略対象キャラ”とか言うやつな気がしてくる。
だから、あたしが言うセリフはこれがいいだろう。
「いいえ、エルウィンさんの事はエルウィンさんと呼ぶわ。初対面のあたしよりも年上の人を敬称なしで呼ぶのは、慣れてないの」
「ふむ、ではそれで。僕も様付けは慣れてないから、さん付けの方がまだ親しみがあるからね」
あたしの世界では、様とさんは明確に別れている。当然ながら言葉として違うのだ。
細かいことは置いておいて、あたしは遠慮なくご飯を食べ始める。簡単な朝食なので、特に可もなく不可もなくと行った感じだ。
しかし、護衛を任されたねぇ。
「ティアナの方にも護衛は付いているのかしら?」
「ええ、アーヴァインがその担当です。実力は僕と同じくらいなので、お気になさらずに」
何を気にするのだろうか? どちらにしても、王都へは同じ馬車に揺られて向かうだろうに。それに、それなりの大所帯である。少しの魔物の群れですら、これだけの数がいれば圧倒できるだろうに。
疑問も尽きないけど、あたしが気にすることでもないなと思い、話題を転換する。
「そうなの。あたしみたいなただの村人の護衛なんて大変ね」
「いえ、僕としては、エリシアみたいな美しい人の護衛をすることができて光栄ですよ」
それなら、ティアナの護衛の方がしがいがありそうである。なんたって、おっぱい大きいし。あたしの胸はそれなりなのだ。揉んでて柔らかいしね。村でも、男の子の人気はティアナに集まってたし。
でも、素敵な騎士様に言われると照れるものは照れる。
「い、いや、それほどでも……」
自分は美人ではないと言おうと思ったが、不意に水面に映ったあたしの容姿が過ぎり口ごもってしまった。エルウィンさんはそれを照れだと思ったのか、微笑ましいものをみるかのような顔をする。
その顔はやめてほしい。前世では男だったかもしれないけど、あたしは乙女なのだ。心臓に悪いし顔が火照る。なので、あたしは話題を変えることにした。
「そう言えば、皆さんはこの村に世界を救う存在が現れると言うお告げを聞いてと言うことでしたけど、この世界で何かが起こるんですか?」
あたしは女神様からちょっとだけ話を聞いているが、知らないふりをして情報を聞き出そうと試みた。
「確かに貴女にはそれを聞く権利があるね。でも、それは僕の口から説明することはできないかな」
「詳しくは知らないと言うことかしら?」
「ええ、僕たちが言われているのは『この世界に滅びが訪れるから、それを止めるための人材を集めよ』とのお達しだけだからね。何が起きるのかについては詳細を明かされていないんだ」
それで、勇者召喚をするのか。クラスメイトたちやまだ召喚されていないあたしの前世にとってはいい迷惑ね。本来はあたし達の世界の事はあたし達で解決すべきなのにね。
あたしがそんな事を考えると、エルウィンさんが
「どうしました?」
と聞いてくる。だからあたしは聞くことにした。
「いえ、あたしなんかがそんな人材になれるとは到底思えなくて。ティアナの方が向いてそうだなと」
それに対して、エルウィンは否定も肯定もしなかった。
「それは、エリシアが決めることです。ただ、人間1人ができることなんて大したことないですから」
その言葉に、あたしは思わず聞き返してしまった。
「あたしが……?」
「ええ、ただ、多くの力なきものはその選択肢自体がないのです。選べる貴女は幸運だと、私は思うのですよ、エリシア」
そう考えた事はなかった。確かに、選べると言うのは幸運だ。だって、あたしは祝福される前までは決められた人生しか歩めていないのだ。それが当たり前だったし、それが続くことを信じていたのだ。昨日今日で信じていたものが音を立てて崩れ去っていってしまったのだけれどね。
エルウィンさんの言葉に、あたしはある意味納得をしていた。
「エルウィンさんは選べているのかしら?」
あたしの問いに、エルウィンさんは微笑みながらうなづく。
「もちろんです。《騎士》の祝福を受けて、冒険者になるという選択肢もあったが、国王の剣となると決めたのは私自身ですよ」
と答えた。なんというか、あたしには考え付かなかった考え方である。さすがイケメンである。言うこともイケメンだ。あたしとしてはそういうことを言われても、困惑するばかりである。
「そうなのね……。あたしはそういうこと、考えもつかなかったわ」
「せっかくです。王都に着くまでに色々と考えてみたらどうですか?」
「……」
あたしは、この人が何が言いたいのか、何をさせたいのかを考えてしまった。どうやら、あたしに村娘以外の道を探してみたらいいのではないかと言う提案をしてくれているようである。その理由がわからない。だって、「魔王を倒して欲しい」とか「世界を救って欲しい」とか、そう言う事を言いそうである。
しかし、選べると言っても、あたしはそう言う気はしなかった。主導権はどうやらあたしにはなさそうである。それこそ、時代が待ってはくれないだろう。
言うなれば、女神様に敷かれたレールを走るだけなのである。そのレールの上での選択肢はあるかもしれないけれど、基本的にそれ以外はないように思えて仕方がない。
どちらにしても、村娘は親や婚約者に縛られるし、勇者の道は女神様に縛られるのだ。選べないのなら、早く使命を終わらせてしまうのが良いだろう。
「……考えるにしても、あたしはそもそも選択肢なんて持ち合わせていないわよ」
「本当に?」
「ええ、そもそも、村にいてもあたしは大きい事は選んでいないのよ。せいぜい、文字が読めたり、数字が読めたりするだけ。だから、こんな事、あたしには選べないわ」
そもそもがこの世界は女神様の祝福で道が決まる世界だ。だから、それに委ねるしかない。前世とはそれこそ世界が違うのだ。
「なるほど、こう言う大きな、自分の人生を変えてしまう決断をエリシアはしてこなかったんだね」
「そうよ。どうしたら良いかなんて、あたしにはわからないわ」
アルフレッドとの婚約もそれこそ、親が決めた事だし、婚約破棄も親が決めたことだ。あたしの人生はそれこそ、振り回されてばかりなのだから、あたしは選び方なんてどうしたら良いかわからなかった。
「……いや、エリシアはどうしたら良いかは決めれる人だと思いますよ。ただ、背中を押して欲しいだけでしょう?」
「……そうなの?」
「ええ、私にはそう見えます。どう言う事を決めかねているかはわかりませんがね」
「……」
そう言われれば、そうかもしれない。
まるで心の中まで見透かされたように感じて、あたしは何だか恥ずかしくなってしまう。
「ですが、今すぐに決める必要もないでしょう。時間はあるので、ゆっくり決めてください。私はエリシアの選択を尊重しますよ」
「……ありがとう」
エルウィンさんに真顔で言われて、あたしは思わず頰が火照ってしまう。うーん、さすがはイケメンと言うことか。
そんな感じで、あたしはエルウィンさんと雑談をしながら馬車に揺られてリナーシス村を旅立ったのだった。
エルウィンは、《聖騎士》の祝福を受けている王直属の騎士です。今回の任務で世界を救う存在を確実に王都まで導く事を任務としています。
そのため、騎士の中で剣に並ぶものはいないとされるエルウィンが派遣されました。
アーヴァインの獲物は槍になるので、若干違います。