殺意の波動
リックさんに先導されて到着したのは、エルフの国にある冒険者ギルドの支店であった。
支部と言うほど大きくもなく、支店という規模の建物だった。
業務としてはエルフで冒険者になりたい人の斡旋や連絡と言った業務がメインかつ、エルフ以外の人種を入国禁止にしているというのがこの規模に収まっている理由だ。
実際、討伐報酬の計算やクエストの斡旋は行っていないので、この規模でも問題無い。
あたしたちは支店の応接間に案内される。
あたしたちが各々席に座ると、アクレンティア姫様、王様、ギルド長のエルフ、エルフの騎士の姿をした人が入室してきた。
「こちらが、ライデリアンド王、ギルド支店長のドリラフェリアさん、大樹林護衛軍のグラマリエンラ大将になります」
三人が私たちをじっと観察するように見ると、自己紹介をする。
「ふむ、此奴らが人類から協力するために派遣された兵か……。ワシがライデリアンド・ラ・ドゥリエッタ。ドゥリエッタの王だ」
「女が多いな……大丈夫か?」
「エリシアちゃんは我がギルドの最高戦力ですよ。ベネットも個人単体だと銀級中位レベルのタンクですしね」
軍の大将が懸念を示し、ギルド支店長が解説する。
基本的にベネットのチームはベネットが顔なのだ。だからこそ有名である。
ベネットが銀級中位に認定されたのも、この間の魔王決戦の功績を称えてと言う感じだ。
あたしは……まあ、金級扱いらしいけれども。
でも、実際はあたしは祝福……ジョブによる補正が大きい。
ジェイルは据え置きだけれど、サシャもシアも銅級上位に認定されているのが現状である。
そんなわけで総じてベネットのチームは銀級扱いになっている。
「ふむ、ならば頼りになりそうだな」
あたしは最近はもっぱらギルドの制服に鎧を着る格好で活動することがほとんどなので、現在は冒険者ギルドの職員の格好である。
「金級とはもはや伝説級の冒険をした冒険者に与えられる称号と聞く……彼女個人で金級クラスとギルドが認定しているという点が興味深いな」
「ここは、試してみるというのも手かもしれませんな」
お偉いさん二人があたしを見ながら普通の声量で相談する。
軍の大将さんの提案に王様はうなづくと、あたしたちに最初の依頼を出してきた。
「では、我々からも一つ依頼をしよう。君たちの実力が確かならば、簡単なはずだ」
言い渡された依頼と言うのは、あたしが過去受けたことがあるような依頼であった。
ゴブリンに攫われた女性の探索及び救助。
それが、あたしたちを試すための依頼だった。
「もちろん、女性たちの生死は問わない。場所もある程度は絞り込めている。だが、オークもいる上に高位の魔物であるハイオークやホブゴブリンまでうろついているため迂闊に近寄れないんだ」
「ん? それだったらエルフの軍で突入すれば勝算はあるのでは?」
ベネットさんが尋ねると、大将さんは難しい顔をする。
「もちろん、我々だって手をこまねいていたわけではない。だが、助けに軍を出したら、その隙をついてまた女性が攫われるという事態に陥ってしまったのだ」
「なるほど。ですが、助けに入るならば我々のような人間の冒険者に頼らず、精鋭部隊を送ってもいいのでは?」
「数度送って救助に成功してはいるさ。だからこそ、君たちもできることを確認したい、と言うわけだよ」
「試金石と言うことですか」
「そう考えてもらって結構だ。当然ながら、正否に問わず報酬は約束しよう。姫様を無事に我が国に戻してくれたことで、ある程度の実力があることはわかってはいるがね」
「ほかの重鎮の方を納得させる材料がほしいと、そういうわけですね」
「理解が早くて助かる」
ベネットさんは腕を組んで考えた後、ちらりとジェイルを見る。
ジェイルはおどけたような、首をかしげるような仕草をする。
あれは、情報が足りてないが、聞いた範囲では問題がない・自分らでも支援があれば達成できそうだというサインだった。
それを確認したベネットさんは肯首する。
「わかりました。もともと、そちらのアクレンティア姫様からの依頼ですからね」
「うむ、助かる」
とはいっても、あたしが参加するということがわかっている時点でジェイルはある程度情報が集まりさえすればゴーサインを出す傾向にあるからなぁ……。
その場合、間違いなくあたしの負担が増える。
いやまあ、今のあたしならば魔物程度ならばどんな魔物でも倒してしまえるんだけれどね。
それに、もう二度とあんな……リナーシス村の悲劇を起こすわけにはいけない。
思い出したといってもかなり多くの記憶が欠如しているけれども、あたしのせいで起きた悲劇だ。
それに、このゴブリンの大群は三宅に似た感覚を受ける。
アイツが使役をしている可能性があるならば、あたしはあたしの復讐のために逃げるわけにはいかなかった。
「では、さっそくで悪いが明日、該当区画に案内しよう。ドゥリエッタまで長旅で疲れただろう? 宿に案内するのでゆっくり休んでほしい」
「わかりました。それでは利用させていただきますね」
こうして、あたしたちはエルフの国の厄介ごとに巻き込まれることになった。
あたしは《勇者》だから仕方ないとしても、ベネットさんたちを巻き込むのはやはり申し訳ない気がする。
けれども、あたしだけが突撃したところで何も解決しないのもわかっている。
あたしがシーナ……本来の勇者の生まれ変わりだとしても、あたしの生きている世界の出来事なのだ。
そんなことを考えながら過ごすうちに、いつの間にか朝を迎えていた。
いやまあ、もちろんぐっすりと眠ったんだけれどね。
翌日は割とすぐにあたしたちはその怪しい領域まで案内されていた。
「ほんっと、ゴブリン多いわね!」
「ゴブリン害そのもの。おそらく統制するゴブリンがいる」
ゴブリンなんて、多く出てきたところで脅威ではない。
だけれども、それでも数が多くなるとそういう話ではなくなるのは、イナゴと似ているだろう。
それでも、この数ならばある程度集団になればせん滅するのはそうむつかしくなかった。
「──ッ!」
あたしは、あたしの中の嫌悪感が増大するのを感じていた。
ゴブリンは元から好きではなかったが、今では目に入るだけで嫌だった。
ベネットさんたちから離れすぎないように意識はしているが、あたしは目につくゴブリンはすべからく惨殺して回っていた。
「え、エリシアちゃん、鬼神のごとくつぶして回ってるな……」
「エリの故郷はゴブリン害で滅ぼされた。怒って当然」
「あ、ああ、なるほどね」
あたしは剣を振って血を飛ばして布で拭う。
「ふん、ゴブリンはこの世の害悪よ。あたしの前に出てきたら消し飛ばしてやるわ」
事実、あたしはゴブリンの亡骸を塵になるまで消し飛ばしている。
案内人のエルフの人もドン引きしている気がしたけれども、これは譲れなかった。
もちろん、作戦には従うけれども、そうでないならばあたしはゴブリンと言うゴブリンは狩りつくすつもりだ。
「エリシアちゃんは心配ないだろうけれども、体力配分は気を付けてな」
「わかってるわ」
今はまだ目につく範囲で抑えている。
そうしているうちに、あたしたちはその該当の領域まで到着したのだった。
「ここから先が例の領域になります。高位の魔物も確認されているので、お気を付けください」
「了解した。案内ありがとう。君たちはここに残ってくれるのかな?」
ベネットさんが兵士たちに聞くと、兵士たちは同意した。
「ええ、女性を保護した場合我々の助力が必要でしょうしね」
「助かる」
ベネットさんはそう言うと、鞘から剣を抜いた。
それに合わせて、パーティの全員が武器を構える。
「さあ、ここからは息をつく暇もなさそうだぞ。みんな、行くぞ!」
あたしたちはゴブリンの領域に突入した。
その領域に足を踏み入れた途端、奴らが反応する。
あたしは無言で《天使の息》をメンバーに展開する。
そして、あたし自身に《俊足迅雷》をかける。
バチバチと電気があたしを纏い、あたしの速度が強制的に強化される。
「──ッ!」
あたしは地面を蹴って一気に加速して、ゴブリンを3匹殺す。
雷のような軌道を描きながら、あたしは次々とゴブリンにオーク、ハイオークを惨殺する。
ベネットさんたちは若干唖然としながらも、あたしのうち漏らしを的確に処理していった。
「エリシアちゃん、こっちを頼む!」
あたしはベネットさんの指示に従って、集まってくるゴブリンどもを惨殺していく。
この領域に潜むゴブリンを全滅させるつもりだった。
「《小鬼索敵》」
あたしはゴブリンに限定した索敵魔法を唱える。
ゴブリンのいる位置をあたしを中心にした方向と距離を割り出す魔法だ。
もちろん、この魔法は即興で考え付いた魔法だ。
「そこか!」
あたしは魔法を唱えるために隠れていたゴブリンウィッチまで瞬間に距離を詰めると首を刎ねる。
2,3匹が逃げようとしているのを感じ、あたしは即座にそいつらの位置まで移動して殺す。
「逃がさないわ!」
さすがに、量が多いので亡骸を塵にする暇はないのが残念である。
「いやー、すげぇなエリシアちゃんは」
「いったいどういう魔法を使っているのか気になるわね」
しばらくそんな感じであたしたちがゴブリンの領域を進んでいると、ホブゴブリンが出てきた。
が、あたしは即刻首を刎ねる。
残念ながらボス感を出して出てきたところであたしの敵ではないのだ。
「ふんっ!」
あたしは突っ立ったままの死体を蹴り飛ばす。
「うーん、なんだかエリシアちゃんに全部任せちゃえばいいんじゃないかと思ってきたぜ」
「まあ、確かにな。だが、エリシアちゃんはいつもと違って余裕がなさそうだから、ちゃんとフォローしないとな」
「ん、任せて」
ベネットさんたちがそう言っているが、まあ、確かに今のあたしはあまり余裕がないかもしれなかった。
殆ど怒りに任せての突撃だったわけだしね。
ベネットさんの声は聞こえていたけれども、ベネットさんたちが何と戦っていたのかについては気にしている暇がなかった。
その間にゴブリンを一匹でも殺したかったからね。
「どうやら、ここが中心地みたいだね。小屋も不格好だけれど存在するということは、ここが巣の中心かな」
あたしたちが探索を開始しようとすると、声が聞こえた。
「キサマラ、俺様ノ領域デ何ヲシテイル?」
声と同時に、小屋から大型のゴブリンが出現した。
「おいおい、マジかよ。ゴブリンロードじゃねぇか!」
「ゴブリンロード?!」
あたしは剣を軽く振り回して緑色の血を飛ばすと、すぐさま切り掛かる。
ギャインっとあたしの剣とゴブリンロードの持っている斧がぶつかり合ってすさまじい音を立てる。
「ムスメガ同胞ヲ殺シテ回ッタ犯人カ」
「はんっ! 害虫が言葉を喋るんじゃないわよ!」
あたしは言葉を吐き捨てつつ、直感でこのゴブリンが魔王になりかけていることを感じた。
いや、正しく言うならば、魔王ではないのだけれどもそれだけの力を誰かに与えられていると感じた。
何度か剣を打ち合って、一度も傷をつけれなかったのだ。
「チッ」
あたしは舌打ちをして距離を取る。
「エリシアちゃん」
「あいつ、魔王に近いわ。側近とか四天王みたいな感じかしら? ベネットさん、取り巻きを任せていいかしら?」
「ああ、わかった」
「エリ!」
「うん、支援を頼むわ」
あたしは聖剣を使うことにした。
少なくともそうでなければこのゴブリンロードは倒せそうにない。
「キサマ、ムスメガ主ガ言ッテイタ勇者『コーヘー・シーナ』カ!」
その言葉が出た瞬間、あたしはこいつらが誰の配下か理解した。
「三宅えええええええええええええええ!」
あたしの手に、黒い聖剣が出現する。
完全にベネットさんたちは置いてけぼりだろうけれども、あたしの因縁の相手がいると知ってはあたしはあたしを押さえることはできなかった。
こいつの末路はあたしの中で決まった。
拷問して、情報を吐き出させたうえで下半身からみじん切りだ。
「殺す!」
あたしは殺気を全開にして、ゴブリンロードに突撃したのだった。