幕間:祝賀会
魔王を討伐したことにより、アクセルの街では祝賀会が開催されていた。
あたしは全身筋肉痛で動けなかったので、車椅子でシアに押してもらい、祝賀会に参加することができた。車椅子は車輪の部分が木製で出来た座り心地の悪いものである。椅子に車輪が3つついたもので、椅子は皮のクッションが敷いてあるのでお尻は痛くないけれども、結構不恰好である。
祝賀会はかなり盛大に行われており、街中で喜びを分かち合っていた。
「すごいわねー」
「魔王が倒された、それはとても大きいこと」
シアとあたしは年が近いだけあって、結構仲がいい。
休日なんかはよくつるんでいたりする。
「でも、エリ残念。魔王との戦いの前にちから尽きるなんて」
今回、あたしは魔王の討伐の成果をライノスさん達に譲った。実際、パールヴァティは相当強かったらしく、話を聞けばチートスキルが無いだけで強さはほとんど魔王シヴァに近いイメージがした。
パールヴァティはシヴァ神の妻である女神だから、それもそうかと言う感じだけれどね。
どちらにしても魔王級ならば金級冒険者ならば倒せるのだろう。魔王は流石に魔王スキルのせいで勇者しか相手ができない感じか。
おそらく、勇者とそれ以外を分けるのがこのスキルの存在故にであるし、普通の人間では持ち得ない故に勇者召喚なんてするのだろう。巻き込まれた人間はたまったものではないけれどね。
「まあ、それは仕方ないわよ」
実際、あたしは露払いを行ったことになっている。魔王に怒りのあまり単独で突撃して魔物を蹴散らした冒険者兼ギルド職員ということになっている。
そのため、あたし単独では銀級冒険者になっている。
「あんなに怒りに飲まれたのは初めてだったもの。我を忘れて突撃してしまって恥ずかしい限りだわ」
「エリの故郷は魔王に滅ぼされたんだっけ。それは怒って仕方ない」
シアがあたしの頭を撫でてくれる。なんだか心地いい。
広場の中央では、すっかり英雄となったライノスさんが女性に取り囲まれている。ヴィアンさんはトリシューラを手に武勇伝を語っている。
真実を知るのは、ライノスさん達チームと、ギルド職員、街の上層部だけであるらしい。
舞台の上では踊り子が踊り、皆が魔王を倒した喜びを分かち合っていた。
こう言う雰囲気は好きだけれど、体が動かないのが悲しいわね。とは言っても最小限の動きは出来るので、ご飯を食べたりすること自体はできる。
「エリ、見たいところある?」
車椅子を押してもらいながら、シアにそう聞かれるけれども、あたしは特にはない。ただ、ココ何日も慌ただしかったけれども、魔王を倒すとこんなにもみんな喜んでくれるのだなと感慨深くなっていた。
そう考えると、あたし自身憎悪で魔王と戦うのは若干後ろめたくはある。
「それじゃ、なんか適当に回ってましょ」
「ん、了解」
あたしはシアに車椅子を押してもらい、喜びに溢れる街を見て回ることにした。
メイン通りは屋台が出回っており、この国の名産品や色々なものが売ってある。あたしはサシャの言う米粉のパンが売ってある屋台を見つけたので、早速購入した。
「おおー、これがサシャの言ってた米粉のパンね」
「うん、たまにサシャが持ってきてくれる」
米粉のパンは前世でも食べたことがない。小麦粉と混ぜて作るパンであるけれども、食べた感じは普通のパンといった感じだ。ただ、若干甘みが強い。
「米粉のパンは作るのがすっごく難しい、らしい。サシャの故郷でしか作れない、らしい」
伝聞なせいか、「らしい」を強調して言うシア。そうなんだ。確かにあたしは小麦粉で作ったパンしか食べたことがない。
「へぇー、お嬢ちゃん、あのアフェスリ村出身の知り合いがいるのかい?」
シアの解説に、屋台でパンを売っているおじさんが驚く。
「ええ、サシャ」
「いや、俺はアフェリス村と米粉の取引をしているだけで、個人的な知り合いはいないんだがよ」
「そう、残念」
と言う事は、このパンはおじさんが作ったものである。
「まあ、確かに米粉のパンは作るのが難しい。小麦を適量混ぜて作る必要があるからな。味は甘みが強く、惣菜パンがうまいんだ」
おじさんはそう言うと、クリームが入ったガラス瓶を取り出した。
「ラーチナを使ったクリームなんかと良く合うんだぜ。サービスするから塗ってみるか?」
「いいの?」
「もちろんだ」
ラーチナの実と言うのは、アボガドみたいな野菜である。クリームにしてパンに塗ったり、刻んでにしてサラダにあえたりすると美味しい。味は、何に近いか言い表すのは難しいけれど、ライスに乗っけて食べると美味しいかもしれない。摩り下ろしてショウユと言うニホンの黒いソースをかけるとちょうどトロロと言う食べ物に似た感じになるだろう。
トーストされた米粉のパンに、クリームにしたラーチナの実を塗って食べると、米粉のパンに合って非常に美味しかった。
「美味しい!」
なんと言うか、懐かしさを覚える味だった。前世で食べたトロロかけゴハンと言った所だろうか。こうなると確かにライスを食べたくなってしまう。
基本パン食かパスタが殆どであるから、ライスなんて滅多に食べる機会は無いんだけれどね。
しかし、米が収穫できるならば、ミソとかの原料である大豆があっても変ではないはずである。まあ、それでも、品種改良があまり進んでないものが殆どだろうけれどね。
「だろ? 他にも魚を解したソースとかも合うんだぜ」
「へぇー。確かに美味しそうね」
あたしは料理に関してはそれなりに得意である。タルタルソースなんかも作ったことがあるしね。
米粉のパンはどちらかと言うと【ゴハンですよ】と言うノリのつくだ煮……まあ、この世界にはつくだ煮はショウユが無いので出来ないのだけれど、が合うなと感じた。
それからあたしとシアは米粉のパン屋のおじさんから、いくつか惣菜パンを購入したのだった。
美味しいんだもの。仕方ないわよね。
他に屋台を巡って食べ歩きをシアとしていると、中央広場の方が盛り上がっているのが聞こえる。
「ライノス様の演説よ!」
「街のヒーローのライノス様だ!」
ライノスさん達はどうやら、魔王から街を救ったので“様”付で呼ばれているらしい。“様”付はメリルさんやシーヴェルクさんを思い出して懐かしい感じがする。ほんの1、2週間程度ではあったけれど、信頼の置ける仲間だった事を思い出していた。
「エリ、聴きに行く?」
「うーん、あたしは良いかな」
「そう、わかった」
魔王の眷属であるパールヴァティとライノスさん達の戦いは壮絶なものだったと聞く。伝聞でしかないけれど、トドメはライノスさんの剣で刺したらしい。
パールヴァティは常にシヴァのそばにいたために、金級冒険者達でも戦うことができなかったと聞くが、やはりシヴァを倒したおかげで加護が無くなったのだろう。凶悪なスキルは使わなかったらしい。
魔王の加護がなければ、凶悪な魔族であるパールヴァティはただの強い魔族である。金級冒険者パーティでも倒すことができたと言う事らしかった。
そんな他の冒険者では倒せなかった魔王やパールヴァティを討伐した英雄ライノスの評判が上がるのは当然といえた。
それに、あたしはライノスさん達に顔を合わせるのは気まずいと思ったのだ。実際憎悪に狂っていたとはいえ、魔王を倒したのはあたしだ。
むしろ、魔王は勇者のスキルに目覚めていない限り、普通に戦うことが無理な存在であると戦ってみて感じたのだ。あたしは【魔女術】のお陰で魔王と同じ土俵で戦えるが、ライノスさん達はそもそも戦う前提が成り立たない。金級冒険者や《英雄》では、魔王を倒せるどころか戦えすらしないのだ。
「さて、ほかの屋台巡りでもしましょうか」
「ん」
あたしとシアは、その日は屋台を巡り美味しいものを食べながら英気を養い、祝賀会を楽しんだのであった。
結局、何が書きたいのかわからなかった話