エリシアの選択
気がついたら、あたしは治療院に運ばれていたらしい。
シヴァとの戦いから2日は経っていた。
目がさめると、ギルドマスターたちをはじめとしたギルドの職員や、ベネット達がお見舞いに来てくれたのだ。
まあ、あたしが魔王を単独で撃破したのだから、当然といえば当然ではあったのだけれど、アクセルの街に平和が戻ったのであった。
ギルドマスターから聞いた話だけれども、あたしがシヴァを倒して意識を失い倒れている時に、どうやらシヴァの眷属であるパールヴァティがやって来たらしい。
狙いはあたしを殺すためだったそうだけれど、ライノスさんのパーティが討伐したそうだった。
シヴァの持っていた槍であるトリシューラは、ヴィアンさんが報酬として受け取ったらしい。
あれー、あたしが倒したんだけどなぁ、とは思ったが、あたしは槍を使えないし、そもそもあたしはギルド職員である。あたしの主力武器は片手持ちのロングソードだからね。もしかしたら聖剣も魔力なので、変化させられるかもしれないけれど、試したことはなかった。
さて、あたしはギルドマスターにひとしきり怒られた後に、こう告げられた。
「……きみが、エリシア・レアネ・フェルギリティナだと言うことはわかっていた」
「……!」
あたしは驚きで声が出なかった。
「どのタイミングで、と言いたい顔だな。まあ、疑っていたのは最初からだ。シーナが君を連れてきた時から、私は君がそうだろうと考えていたんだ」
ここにきたばかり、ということは、あたしがまだ正式に指名手配になる前ということなのだろう。
「なぜ、君がシーナに連れられてこの街に来たのかは分からなかった。だが、フェルギンによって君が指名手配になり、そして魔王が出現したとの情報が入って、私は君の役目を知ることになったんだ」
つまりは、あたしがその魔王を倒すために、この国に導かれたというように解釈しているらしい。
「……そうなんだ」
確かに、あたしはギルドに守られていた。一応、ギルドとしてもあたしの手配書を貼らざるを得なかったみたいだけれど、他人の空似で押し通したのも、ギルドのおかげであると推測ができる。
と言うことは、あたしは用済みなのだろうか?
あたしが不安な目を向けると、何を考えているのかが伝わったのか、ギルドマスターは否定した。
「ああ、もちろん追い出したりはしないよ。この街にいる限りはギルドが君を守るし、フェルギンに引き渡したりはしないさ」
あたしはそれを聞いてホッとする。
「そう言えば、冒険者達は?」
「リフィル王国には魔王はもういないから、元の平和な国になるさ。ライノス達は不満に思っているが、魔王を倒したのはライノス達と言うことになる」
それは困る。魔王を倒せばあたしは魔王の敵である事を証明する事になるんだからね。
「ああ、もちろんエリシアちゃんが勇者エリシアとして名乗りを挙げるならこの限りでは無いさ。そう言う道もあるだろう」
つまりは、ギルドマスターはあたしに選べと言っているのだ。このまま、アクセルでギルドの受付嬢兼冒険者として過ごすか、勇者として最後まで魔王と戦うのかを!
確かに、今のあたしならば選べるだろう。
そして、ここが分岐点な気がする。
「……あたしは絶対に殺したい奴がいます」
微かに残っている記憶から、三宅が魔王になった事は分かっている。あたしの宿命はあいつを殺す事なのだ。
そこは絶対に妥協するわけにはいかない。三宅、特に広瀬とケリィについては、考えるだけで心がドス黒くなる。あの三人はあたしの手で、確実に、残酷に、生まれてきた事を後悔させながら、無残に、虫ケラのように殺さねばならない。
「それさえ果たせれば、あたしは……!」
激情が湧き上がる。思い出しただけでも、あたしは憎悪が湧き出してくる。
あたしはあたしの復讐を果たさなければならない。魔王を殺しても所詮は八つ当たりでしか無いのだ。
「え、エリシア……ちゃん……?」
ギルドマスターに声をかけられ、あたしはハッとする。どうやら顔に憎悪が出てしまっていたらしい。
あたしは憎悪を頭の中から払い、とりあえず、にへらっと笑みを貼り付ける。
「おほんっ。ま、まあ、エリシアちゃんが抱えている問題は分からないが、村を襲った魔王を討伐したいと言うのはよく分かった」
ギルドマスターは空気を買えるように咳払いをしてそう言った。あながち間違いでは無いけれど、ね。あたしの憎悪はそれだけでは言い表せないだろう。
「とりあえずは、事情があって、しばらくはアクセルを離れるつもりはないです。なので、ギルドマスターの采配に任せます」
つまりは、ライノスさん達に名誉を譲って、これからもしばらくはアクセルの冒険者ギルドの受付嬢として働く事を、あたしは選択したのだ。
ギルドが守ってくれるならば、あたしの名誉を回復する必要も無いし、むしろそちらの方が活動しやすいだろうと判断したのもある。
「わかった。それなら、ライノスに話しておこう。今はゆっくり休んでなさい、エリシアちゃん」
「ありがとう、ギルドマスター」
ギルドマスターはあたしの個室から出て行った。よくよく観察すると、治療院の個室だったらしい。そこまで重症では無いけれども、体力ゲージは2/3程度までしか回復していない。おそらく筋肉痛のためなのだろう。試しに、回復魔法……適性がないので効果はあまりないものを使ってみたけれど回復しなかった。最大体力が一時的に減少しているみたいだった。
疲労度も72まで下がっているので、そう言う事なのだろう。
実際、身体を動かそうとすると電気が走ったように痛む。
なので、することもないのであたしはステータスを確認する。
ジョブ:
《勇者》Lv21
《英雄》Lv24
《剣士》Lv10★
《魔法使い》Lv10★
《魔術師》Lv11
スキル:
【魔女術】Lv3
聖剣の鞘 Lv6
詠唱魔法 Lv13
ルーン魔法 Lv11
ルーン文字短縮Lv3
ルーン魔法威力向上Lv2
ルーン魔法作成Lv2
魔王を倒したお陰か、色々とレベルが上昇していた。スキルも熟練度が上がっており、【魔女術】も上昇している。
それにしてもステータスが観れるのは便利である。計測器具を使わなくても自分の状態を確認できるからと言うのもあるけれどね。筋力だとかそう言うのは例えば、ベンチプレスで重りを持ち上げて測ったりするのが一般的だから、確認できるだけでもすごい。
それにしても、《剣士》も成長限界らしく、ジョブチェンジ……祝福の更新する必要がありそうであった。
「まあ、祝福の更新は別の日にしましょ。さすがに今は歩けそうにないしね」
腕を動かすだけでも地味に痛い。
こんな状態では、流石に教会まで向かうのは難しかった。
しばらくすると眠くなってきたので、あたしはまた、睡眠をとることにしたのだった。
それから2日後、あたしは退院することができた。疲労度も12まで下がっており、筋肉痛も問題ない。むしろステータス上では筋力が上昇している。
あたしは一人でアフェリス教会に向かい、いつものようにしばらくぶりの礼拝をしていた。
『エリシア』
出たな女神様。あたしが顔を上げると、女神様が立っていた。
『よくぞ魔王を倒してくれました! さすがは私が見込んだ勇者ですね。まあ、戦い方には色々と言いたいことがありますが、結果良ければ全て良し、と言うことにしておきましょう』
側から聞いてわかる程度には、女神様は明らかに喜んでいた。
「今日はご機嫌ね」
『当然ですよ! ようやくですが、1体目ですからね♪』
本当に嬉しそうである。
あたしとしては、あんなのと戦うのは非常に疲れるししんどいだけだなと感じた。会えば憎悪に染まるけれど、あまり戦いたい相手じゃない。
「で、今日は《剣士》のジョブチェンジに来たんだけれど」
『おっと、そうでしたね』
女神様があたしの頭に手をかざすと、《剣士》の次のランクである《軽戦士》が選択肢に出てくる。と言うか、それだけである。
『他の祝福は条件を満たしてないため選択できないようですね』
確かに、あたしは片手ロングソードで軽々とした身のこなしで回避して攻撃する戦闘スタイルになっている。だから、この選択肢なのだろう。
なので、あたしは《軽戦士》を選択する。
『わかりました。では、新たな《軽戦士》エリシア・レアネ・フェルギリティナの誕生を祝福しましょう!』
あたしのステータス項目が更新される。
ジョブ:軽戦士を習得しました。
ジョブ:軽戦士:Lv0→1
ジョブ:軽戦士の習得に伴い、スキルを習得しました。
スキル:片手剣の要領Lv1を習得しました。
スキル:短刀の要領Lv1を習得しました。
スキル:小盾の要領Lv1を習得しました。
スキル:片手槍の要領Lv1を習得しました。
スキル:移動速度向上Lv1を習得しました。
悪くはない。確かに軽戦士はバックラーとかを持っているだろうしね。
《軽戦士》以外の祝福は《重戦士》《騎士見習い》《侍》である。
『ランク2の祝福はレベル上限が20です。しばらくはジョブチェンジは必要じゃなくなりますね』
「そうなのね。なんで教えてくれなかったのかしら?」
『前回の時点では《魔術師》になりたてでしたからね。それに、どの道《剣士》のジョブチェンジの時に話せば大丈夫かなと思いまして』
「……じゃあ、《勇者》とか《英雄》は?」
『上限はありませんよ』
やっぱりそうらしい。
《勇者》や《英雄」は特別待遇なのだろう。さすがは白金級の祝福である。
『それではエリシア。運命と出会うまであと2週間ちょいです。それまで、気をつけてくださいね』
「問題ないわ」
あたしは、クソムシ三人衆を探すつもりだ。
そしてあたしはどうやって連中を残酷な目に合わせて後悔させながら殺すかも考えておく必要がある。
『……忠告しますが、あまり憎悪の力は使わないようにしてくださいね。あなたのリミットは外せますが、その度に寝込むことになりますよ』
「考えておくわ」
別に意識して使っているわけではない。抑えきれなくなるだけである。
という感じで、あたしは《軽戦士》を習得したのだった。
書き上がるまで時間がかかりました。