剣対槍
アクセルでは【破壊魔王】シヴァ討伐のために、銀級冒険者達と冒険者ギルド、そして、街に配備されている中隊規模の軍が準備を完了させていた。
そんな中、冒険者ギルドのギルドマスターを務めるアルマ・ラーヴァスディが一人の職員を探していた。
それもこれも、その職員がギルドの宿舎を飛び出していったのだ。報告を聞いた時、アルマは冷や汗が噴き出した。
「おい、エリシアちゃんは見つかったのか?」
「いいえ。ですが、シヴァのいる方面に向かう通りに複数の魔物の死体が転がっているので、単独でシヴァ討伐に向かったものかと……」
部下の報告によると、エリシアの表情はまるで鬼のようであったと聞いている。
彼女が、彼女こそが【英雄】エリシア・レアネ・フェルギリティナである事は、すでに判明していた事である。むしろ、人相書きは彼女を長髪にすればそのものであるし、外見的特徴も、その強さも符合する。かの冒険者シーナも、それをわかって敢えてこの街に彼女を預けたのであろう。
どんな方法で祝福を《魔法使い》と偽っていたかは知らないが、アルマは彼女がフェルギンに指名手配されている【勇者を騙る魔王】であるとわかっていて雇用し続けたのだ。
2月も彼女と仕事をしていれば、彼女がそんな悪魔のような所業をする人物であると言うのは彼女の人物像と全く一致しない事がわかる。それに、本当に《英雄》であるならば、彼女こそが【破壊魔王】シヴァを討伐するキーマンであると言う事は、言うまでもなかった。
だからこそ、ライノス達にエリシアを連れていくように頼んでいたわけである。
そのエリシアが行方不明になったのだ。
「おい、ギルドマスター。そろそろ出発時間だぞ」
「あ、ああ……」
ヴィアンが指摘して、アルマはうなづく。
仕方がない。もしかしたら道中で彼女と合流できるかもしれないと判断して、駐在軍のところに向かう。
「お、おい、なんだアレは!」
軍人の一人がシヴァの方面を指差した。
それは、巨大な雷雲であった。
不自然に一部にのみ広がっている雲は、魔法の行使によって作られていると考えるのは簡単であった。
「《豪雷》……!」
アルマはそう呟いた。
一体何が起きているんだ、とアルマは不安に思ったのだった。
あたしは魔王に斬りかかる。これで何度目だろうか。素人同然の槍の構えなのに、魔王にあたしの剣は全て防がれていた。
隙を見せるたびに第三の目が発動してあたしのいた空間を燃やすので、あたしは更に加速させる。
そう、不自然であった。
確かにあたしの剣は我流だし、とてもではないが剣豪と比べてもあまりにも稚拙だろう。だが、あたしの経験によって積み上げられてきた剣を、ここまで的確にいなせるとは思えなかった。
魔王の表情を見る。そこに余裕はなさそうであった。あたしの剣を受け止めるたびに苦痛に表情を歪めている。
この勝負は単純な勝負である。どちらかの体に武器が触れれば負けである。
あたしがシヴァの武器に触れた場合、あたしは破壊されて終了。シヴァが聖剣に触れたならば、問答無用で叩き斬るからである。意識が途切れる一瞬ならば、【グラム・ユースティア】で消し飛ばすことも可能だろう。
「ぜああああああ!」
「あああああああああああああぁあああぁああああ!!!」
ギンギンガンガンと剣と槍がぶつかり合う音が響く。槍は中距離用の武器なためか、あたしはなかなかちか付けないでいる。
「乱れ突き!」
たまに魔王は型の決まった攻撃……勇者で言うところのスキルを使う事がある。わざわざ技名を口にしてなんの意味があるのか分からないが、あたしはその槍を剣で捌き、回避する。
あたしの中でだんだん集中が深くなってきた。と同時に、あたしの憎悪は治まってくる。
だんだん攻撃がゆっくりと見えるようになり、呼吸が落ち着いてくる。
右、左、中央、左下、次々放たれる槍を剣で払う。
「纏う空気が変わった?!」
魔王はあたしの気配に距離を取ろうとするが、あたしは同じスピードで接近する。集中が全ての動きを捉えた。そして、あたしはついに、魔王の隙を捉えた。
「こはぁぁぁ……」
口から、集中時独特の呼吸が出る。
身体を巡る血液の循環、全身の筋肉に酸素が巡るのを感じる。
そして、一瞬の煌めきがあたしの剣を魔王の武器を持つ腕を素通りするように動かした。
ズバッと軽く、槍を持つ腕を切断する。そのまま腹を切り、返す剣が魔王の首に吸い込まれる。
「ぬおおおおぉぉおおぉおおお!!!」
スパンっとあたしは魔王の首を切り落とす。
これではこの魔王が死なないことはわかっている。
飛んでいく首がゆっくりと見える。
あたしは心臓の位置に向けて剣の切っ先を差し出す。ズブズブと聖剣の先が魔王の身体に沈み込んだ。
【絶対の正義を示す聖剣。勇者エリシア・レアネ・フェルギリティナの名の下に、愚かなる者に正義の鉄槌を下す!──グラム・ユースティア】
あたしは静かに聖剣に魔力を込めて、【グラム・ユースティア】を放つ。
まばゆい光の奔流が、魔王の身体を包み込む。当然、その先には弾き飛ばした魔王の首がある。
【第三の目!!】
魔王は【グラム・ユースティア】に【第三の目】から放つ熱戦を当てる。しかしながら、明らかに出力は【グラム・ユースティア】に部があった。
「ぬおおおおおお!! おのれ勇者! おのれ! おのおおおおおぉおぉれええぇぇえぇえええぇえぇ!!」
首だけの魔王は光の奔流に巻き込まれて蒸発してしまった。
どちゃっと、光の奔流に巻き込まれなかった魔王の身体の部位が倒れる。
あたしは魔力がギリギリ残っているのを確認し、残っていたマナポーションを飲む。
魔王の死亡を感じ取り、あたしの激情はようやく治った気がした。胸に燻っていた憎しみが、落ち着いた気がする。だけれども、今回のことであたしは魔王を前にすると単騎がけをしてしまうことがわかってしまった。本来は連携して討伐するのが普通なのだろうけれども、あの激情はどうも抑えきれない。
視界が真っ赤に染まり、腹の中が黒い憎悪で満たされるのだ。思考も、どうやったら殺せるか以外を考える余裕なんて無かった。
「……考えても仕方ないわね。倒しちゃったものは仕方ないし」
改めて周囲を見渡すと、森の中で戦っていたはずなのに周囲は更地と化していた。まあ、あたしもシヴァも大技を放った結果なのだけれどね。特に【カース・グラム・ユースティア】が薙ぎ払った跡は、雑草すら残っていない。
それにしても、疲れ果ててしまった。あたしは聖剣をしまうと、フラフラと移動をする。ステータスを見ると、疲労値の値が98と出ており、ゲージも赤い色になっており、感じている疲労感は確かにそれぐらいな感じがする。このまま倒れて仕舞えば、あたしはそのままぐっすりと眠ってしまうだろう。
眠気で朦朧とする意識に抗うことができず、あたしはその場で膝をつき、うつ伏せに倒れながら意識を失った。
…………
その日、40ある脅威のうちの1つが消えた。
彼の眷属は、一部を除いてその機能を停止させた。
だが、まだ世界は、すでに存在する24の脅威と15のいまだ目覚めぬ脅威に晒されているのだ。
まだ世界は【勇者】を必要としていた。
これで【破壊魔王】シヴァ編完了です!
まだパールヴァティが生き残っていますけれどね!