魔王への憎悪
エリシア怒りの無双
それは、突然だった。
直感と言うかそう言うものだろうか、それとも、【魔王と勇者】はそう言うものだろうか。あたしは明確に、魔王が近づいてくる気配を感じで、夜中だと言うのにギルドの寝床で飛び起きた。
「……エリシアちゃん?」
「来る! 急いで連絡をして!」
「え?」
あたしは大急ぎでギルドの制服に着替えて、鎧を身にまとう。腰にロングソードを納めて、あたしは宿舎を飛び出した。
宿舎の周辺は嫌に静かだった。だが、あたしは魔王がかなり近づいている事を感じていた。
到達予想時刻は午前5:00ぐらいとされていたが、あたしの感覚では、すでにそこまで来ているレベルだった。
【──ほう、キサマが我が眷属、ガネーシャを殺した勇者か】
まるで頭の中に響くような声がする。あたしは周囲を見渡すと、菩薩のような顔をした悪魔の姿がそこにあった。
【ああ、よい、許す。ガネーシャを殺すほどの勇者だ。我が眼前に立つことぐらいは許そう】
あたしの中で湧き上がった感情は、恐怖ではなく怒りだった。憎悪と言っても良い。あたしの中が黒い憎悪で満たされる。
あぁ……!
憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
あたしの全てを奪った奴らが憎い!
魔王を騙る奴等が憎い!
一匹残らず殲滅しなければ気が済まない程に憎い!
あたしは頭に血が上り、気がつけばそこにいた魔王を聖剣でぶった切っていた。
【む、血気盛んな奴め。そこにいる我は幻影に過ぎぬ】
「あああああああああ!」
ビュンビュンと魔王に対して剣を振るうが、全て空を切る。
ふざけるな!
今すぐにあたしが殺す!
【ほう、それほどまでに我を殺したいと欲するか。良いだろう。ならば来るが良い!】
ヒュンっと幻影が移動する。あたしは獣のようにその幻影を追いかけ、叩き斬る。
あたしの握る聖剣は既に黒い光を放っていた。
【ははは、底なしの憎悪! これは期待できそうだな! 勇者!】
魔王は高笑いをしながら幻影を移動させる。あたしは聖剣を手に、魔王を追いかける。
邪魔してくる牛頭の魔物を聖剣で片っ端から叩き切りながら、あたしは憎悪のままに、追いかけ続けた。
【勇者よ、貴様が我の期待に応えられるか、我が破壊に応えられるか見せてもらおう!】
ふざけた事を抜かしやがって!
あたしの前に6つの顔と12本の腕を持つ、2メートル程の男が現れた。
「シヴァ様、お呼びですか」
【その勇者を破壊して見せよ】
「はっ」
あたしの冷静な部分では、その男の名前はわかっていた。軍神スカンダである。
「邪魔だあああああああああああ!!」
あたしは聖剣でそいつを殺そうとする。しかし、突如現れた魔物に剣を受け止められる。
「我が魔王様に与えられし破壊は概念の破壊! 我にその黒い剣が通じると思うな!」
「《煩い、死ね》!」
あたしは魔物を蹴り飛ばし、魔法を唱える。概念の破壊などというクソみたいなスキルなど、あたしが破壊する!
地面を蹴り、蹴り飛ばした魔物を切り捨てる。
「なっ!」
「邪魔を……」
憎悪を優先しているが、別に考えがないわけではない。この、魔王を殺したい衝動はどうしようもないが、ならばあたしは冷静な部分で戦況を分析して邪魔な魔物を殺すだけだ。
「するなあああああああああああああ!!」
あたしは剣を何度も振るう。12の腕のうち9本を切り飛ばし、頭を4つ破壊する。
逃げられた!
「え、は、な、何が起こった?!」
スカンダは慌てて距離を開ける。
そして、魔物に命令をした。
「わ、我を守れ!」
冷静ではなくなったのだろう。指示がめちゃくちゃだ。
面倒臭くなったので、一掃することにする。
魔力を聖剣に溜める。そう、あたしは勇者のスキル【グラム・ユースティア】で一掃することにしたのだ。
【我が憎悪を示す黒の聖剣。勇者エリシア・レアネ・フェルギリティナの名の下に、我が魔力と憎悪を糧に愚かなる者に死を告げよう! カース・グラム・ユースティア!!!】
あれ、詠唱が変わっている。
あたしが剣を振るうと、黒い魔力の奔流があたしの目の前を吹き飛ばした。
「な! なにが……」
スカンダは見せ場もないまま、黒い光に飲まれて消えてしまう。
黒い光の後には、何も残っていなかった。
そんなことはどうでも良い。あたしは魔王を殺すのだ。雑魚に用はない。
あたしは魔王の元にかけて行く。
もちろん、マナポーションを飲みながら移動する。一匹残らず魔王を殺し、三宅を殺し、ケリィを、広瀬を絶対に絶望させて殺すのだ。必ず報いを受けさせると決めたのだ。
これはあたしの初めの一歩なのだ。
あたしを辱め、貶めた魔王とその親玉である邪神に、そしてクソ野郎どもに復讐をするための一歩なのだ!
シヴァは何も出来ずに消し飛ばされた己の眷属の死に恐怖した。
邪神に魔王として生み出され、汚らわしい命を邪神に捧げてきており、順調だったのだ。
汚らわしい女神が対抗手段として勇者を召喚したと邪神から告げられていたが、所詮若干強いだけの人間だとタカを括っていた。
違うのだ。
この憎悪にまみれた勇者は、確かに【魔王】を殺しうる存在なのだと認識を改めざるを得なかった。
手にする魔力剣は黒く光を放ち、憎悪に彩られた表情は狂気を感じさせる。
あれは魔王を殺すために生み出された自動人形なのだ。
「は、はは、この我が怯えているだと!」
手が震える。
アレに憎悪される謂れは無いはずであるが、確かにアレは【魔王】を憎んでいるのだ。それも、尋常では無い程に。
狂戦士のように敵を屠るが、ひどく冷徹に、的確に魔物を殺すのだ。憎悪の狂気に呑まれていないのだ。
「わ、我は魔王だぞ! 矮小な人間に恐れをなしてどうする!」
シヴァは自分を司る【破壊】の概念と自身の武器であるトリシューラを確認する。
【知恵】
トリシューラを掲げ、トリシューラに込められたスキルである知恵を発動する。
知恵はその名の通りシヴァに知恵を与えるスキルである。シヴァはトリシューラのスキルを使うことは無いと考えていたが、エリシアの猛攻に考えを改めることになったのだ。
「居たな! クソ野郎!」
ようやくあたしは魔王本体の所にたどり着いた。あたしの体は切り捨てた魔物の返り血まみれになっていた。
「よくぞここまでたどり着いた、勇者よ!」
あたしは瞬間その場から飛び退く。
あたしの居た場所が熱で溶解する。
シヴァの第三の目による攻撃だろう。
「ほう、よくぞ我が一撃を避けた」
魔王を見ると、見た目はシヴァ神を悪魔化したような姿をしている。分身体とは若干違っている。額の第三の目は紅く禍々しく、首に巻いている蛇は、邪悪な感じがする。まさに、シヴァ神を貶めるために作られた存在であった。
トリシューラも、3又の槍ではあるが、デザインは醜悪であり、悪魔の杖のようであった。
本物を前にすると、あたしは更なる憎悪と怒りが湧き上がる。
やはり、こんなクズを、生きてる災害をのさばらせておく理由など無かった。
何であたしが不幸にならねばならないのか、何であたしが、リナーシス村のみんなを殺させられたのか。
全てはコイツらが存在しているからである。
細かい理屈など、あたしには不要だ。魔王と言うだけで、三宅同様のクズなのだ。あたしが魔王を殺す理由は、憎む理由はそれだけで十分だ。
「死いいいいいいいいいいいいいいいいいいねぇぇぇぇぇええぇぇえぇええええぇぇ!!!!」
あたしは叫びながら魔王の近くまで走る。
しかし、一向にたどり着かない。
なんだ? もしかして、そう言う何かを破壊されたのか?
そんなことはあたしには関係ない事だ。
【《飛べ》】
あたしは一時的に身体を浮かせる。本来そんな魔法は存在しないが、【魔女術】なら可能だ。
「ちっ!」
魔王は舌打ちをする。
再び何かが破壊された。
今度はどんどんあたしと魔王の距離が離れる。
あたしはすぐに聖剣に魔力を送る。
【我が憎悪を示す黒の聖剣。勇者エリシア・レアネ・フェルギリティナの名の下に、我が魔力と憎悪を糧に愚かなる者に死を告げよう! カース・グラム・ユースティア!】
あたしは再び【カース・グラム・ユースティア】を使う。
黒い魔力の奔流が再び、魔王に向けて放たれる。が、今度はそれが明後日の方向に真っ直ぐ飛んでいく。
「はははは! これなら貴様の攻撃は我に当たらない!」
やはり何かを再び破壊したのだろう。何を破壊されたのかはあたしには認識できないが、どう言ったものかは推測できる。
「無残に死ぬがいい!」
魔王は槍をあたしに向けて突く。空中では避けようも無いが、あたしはそれを聖剣で受け止める。
「流石に忌々しいその剣での防御は阻めないか!」
どうやらまた何かを破壊したらしい。
ええい、鬱陶しい!
【《火炎槍》多重展開!】
あたしは四方八方に《火炎槍》を展開する。命中した《火炎槍》に攻撃を仕掛ければいいだけの話だ。
あたしは展開した《火炎槍》を発射する。
「何?!」
ようやく、魔王に攻撃が命中した。なるほど、流石に全方向攻撃ならば、防ぎようが無いのか。
【《豪雷》!】
あたしは魔法を発動させる。《豪雷》はかなりメジャーな雷系統の魔法だ。周囲の一定範囲に落雷を発生させる魔法で、ある程度落ちる場所を設定もできる。
あたしはルーンを描き、周囲一帯を雷で飽和させる事にした。
これだけであたしの魔力が尽きかねないが、構築時に周囲のマナも消費するように組み直して展開している。なので、キーワードを詠唱する必要があった。
【周囲のマナを喰らて周囲を雷で満たせ!】
ゴッソリあたしの魔力が減る。なので、あたしはマナポーションを取り出し再び飲み干す。全回復するわけでは無いけれど、魔法は問題なく行使できるだろう。
周囲にバチバチと音がして、一本目の雷が落ちる。それから連鎖的に雷が落ち、周囲が雷で満たされる。
当然ながら何本も雷が魔王に直撃しダメージを与える。
「そこかあああああああああ!!」
あたしは魔力を操作して、魔王の懐まで飛ぶ。
今度はちゃんと接近する事ができた。どうやら破壊された何かは一定時間経過すると回復するようであった。今回回復したのは『距離感』だろう。
「死ね!」
あたしは聖剣でシヴァを切る。
「ぐはぁ!」
確かにダメージを与えたが、即座に回復されてしまう。また何かが破壊された感じがした。
「我を切ったと言うのに壊れないか! 忌々しい剣だな!」
シヴァは舌打ちをすると、槍を構える。構え方は素人のそれであった。
「やはりこれで決着をつけるしか無いか、勇者!」
「黙って死ね!」
あたしは聖剣を構える。段取りだとかそんなものはすでにあたしの頭の中にない。目の前の魔王を殺すことだけを考えていた。
周囲は確実に焦土と化してますね。
魔王はチートを駆使していますが、悉く打ち破れるのは勇者のチートのお陰です。
これで、魔王と勇者は同じ土俵に立てる事になります。
ライノスが戦った場合は、ライノス達が一方的に蹂躙されるだけになります。