エリシアが魔法を使える理由
あたしはシエラや両親と会うために、少し時間を貰った。秘伝のレシピをちゃんとシエラに伝えないといけないのだ。ダルヴレク語で書いているが、あたしはそこまで言葉を知っているわけではないので所々を近くの騎士さんに手伝ってもらいながらレシピを書いていく。
ただ、シエラはあたしのようにダルヴレク語を読めるわけではないので、司祭様かお父さんに読んでもらうように託けておく必要があるが。
とりあえず、書いておくのは味の決め手の出汁のとり方である。やるかやらないかでスープとかの味の深みが変わるのだ。村の近くでどの動物・植物が向いているのかをしっかりと記載しておく。椎茸なんかは乾燥させる必要があったりするので、そこにもちゃんと言及しておく。
あとは、あたしのカガクノートをどうやって回収するかである。ちゃんとノートにして見返したりしていたおかげで大体は頭の中に入っているけど、あれが他人の目に触れるのは非常にまずい。何がまずいかと言うと、知識度でどころがわからないところがまずいのだ。最初は秘密のお勉強みたいで楽しかったけど、今思い返すと知識のでどころがわからないのは色々な意味でやばいことになりそうだとあたしは思い至った。それに、お母さんも知らないのだ。
そんなこんなで面会時間になる。お父さんとお母さん、他の兄弟にシエラと面談することになった。
「おねーちゃーん!」
「シエラー!」
あたしとシエラは抱き合う。シスコンと言われても構うものか。あたしはシエラが大切なのだ。
「いやー、色々大変だったよ、エリシア。エリシアはどうだった?」
「あたしはあのおっさんに文句を言ったわ。せっかくの司祭様の配慮を無下にしたんだしね」
「おっさんて……」
おっさんはおっさんである。空気読めないおっさんである。異論は認めない。
「まあ、私からエリシアに言うのは、受けた祝福に名前負けしないように日々研鑽をすることね。《英雄》と言う祝福は、本来第2祝福として現れるものだからね」
「第2祝福……ね」
これは聞いたことがある。祝福は基本的に15歳に女神様から教会で与えられるものであるが、第2の祝福はその後の活躍によって得られるという祝福である。例えば、《剣士》の祝福を得た人が、頑張って努力した結果魔法を使えるようになった場合、《魔法剣士》の祝福を得る場合がある、というものである。他にも祝福自体が成長する場合があり、《剣士》から《剣豪》、《剣聖》となる場合もごく少数としてあるらしい。これはお父さんに聞いた話ではあるが。
「そう、普通は《英雄》なんてのは例えば王国の近衛騎士であるヴィリディア・アスタンビア様とかが第2祝福が《英雄》として目覚めているわね。《英雄》の祝福に目覚めた人はそれこそ化け物のように強くなると言われているわ。エリシアが、そこまで強くなるとは思えないけど……」
お母さんはふと、何かを思いついたようだ。
「そういえば、エリシアはルーン魔術が使えるわね」
「え、そうなの!」
素っ頓狂な声を上げるお父さん。お母さんは約束を守ってくれていたらしい。
「そうよ、あなた。確か《灯火》と《光雷》っていう魔法が使えたと思うんだけど、違ったかしら?」
「いいえ、他にも一応生活魔法と攻撃魔法の《火炎球》が使えるわ」
「えええ?! 《魔法使い》の祝福もないのにかい?! それって、エリシアは魔法の天才じゃ……」
「まあ、お父さんの書斎にあった魔法の本に書いてあるルーン文字で発動させているだけなんだけどね」
だから、あたしは天才じゃないよと、ルーン文字を覚えて書くぐらいなら誰にでもできるよとそう言いたかったのだが、お父さんの反応はちょっと違うものだった。
「いやいやいや、ルーン魔法って詠唱魔法よりも難しいはずだよ! お父さんの友達のフィリーナだって、《魔法使い》の祝福を受けてるけど詠唱魔法しか使っているのは見たことないしね。それに、お父さんも何度か練習したけど、一度も発動できなかったし……」
あたしの感想としては、ルーン魔法も詠唱魔法も一長一短である。ルーン魔法はそもそも詠唱をする必要がないため、一瞬で発動できる。詠唱魔法は威力が高いものほど詠唱に時間がかかる。その代わり、詠唱魔法は言い回しの変更で細かい指示ができると言う特性がある。
例えば、あたしは《火炎球》だと、ルーンで骨子を作り上げて詠唱で細かい挙動を決めると言う使い方をしているけど、詠唱破棄ができるのは基本的にルーン魔法の効果なのだ。ルーン魔法はある程度イメージが重要になっているのだ。
「と言うか、その年でルーン魔法が使えるとなると、そりゃ天才だな」
マーティ兄さんが同意する。
「伝承によるとだけど、詠唱魔法は人間が作った魔法とされているんだ。だから、人間が使うのは容易いとされている。エリシアもこの本を読んだならわかるだろう?」
マーティ兄さんが持っていたのは、あたしが昔読んでいた詠唱魔法の本である。確かに、はじめにのところにそう言う記述があったはずである。
「確かにそう書いてあったけど……」
あたしが同意すると、マーティ兄さんは言葉を続けた。
「で、ルーン魔法って言うのは、神様が作った魔法だ。神話では、大神オーディンが作ったとされている。と言うのはエリシアなら知ってるね?」
マーティ兄さんがカバンから取り出したのは、ルーン魔法の本だった。
「えっ、何で兄さんがその本を持っているの?」
「エリシアのベットの上に置いてあったのを見つけてね」
「あ……」
そう、マーティ兄さんが持っている本は、数日前に無くしたと思っていたルーン魔法の本である。家事の暇つぶしに読んでいたのだ。まさかマーティ兄さんが持ってたなんて!
「それ、失くしたと思っていたルーンの魔導書じゃないか!」
そう、お父さんの書斎にあった本である。前世の記憶を夢で見るようになってから、魔法に興味の出てきたあたしは、ついお父さんの書斎に入って魔法の本を無断で借りるようになったのだ。と言うか、お父さんは《剣士》の祝福だったはずだけど。
「そういえば思ったのだけど、何であなたが魔道書を持っているのかしら?」
「いや、だって魔法なんて誰だって一度は使ってみたいじゃないか。ルーン魔法って文字だけで発動できるから簡単そうだと思って、つい」
「それより、私と結婚する前は持ってなかったわよね? いつ買ったの?」
「い、いつだっていいじゃないか! 無くなったと思ってたらエリシアが持ってたのか」
どうやら、お父さんの無駄遣いの結果、あたしはルーン魔法が使えるようになったようだった。
「あとで話を聞かせてね、あなた?」
「うう……」
あたしを恨みがましく睨むお父さん。コッソリ買うのが悪いとしか言いようがない。それにしても、ルーン魔法のほうが簡単ってお父さんはちょっとバカなんじゃないだろうか。実際、詠唱魔法のほうが簡単である。あたしの場合は詠唱魔法で覚えた魔法をルーン魔法で試してみるといった感じで習得して行っている。それに、詠唱魔法も習得するのは難しいのだ。簡単にできるならば苦労はしない。
「まあ、あたしは今のところルーン魔法で使えるのは《火炎球》しかないわ。一度に3発が最大よ」
連続使用も一応できるけど、一度に出現されるのでは魔力の使い方が若干違うのだ。
詠唱魔法の本には一度に7発発車が人類最大らしいと言うのは載っていた。一度に3発が平均的な魔法使いの放てる《火炎球》の数だと言うことも書いてある。
「まあ、エリシアは女神様から期待されているのよ。それこそ英雄のような活躍をすることをね」
と、マーティ兄さんは結論付ける。あたしとしてはそうあってほしくないものである。
そんな女神様から期待されても、あたしはしょせんただの村娘なのだ。ちょっと魔法が使える村娘なんて、転生前の世界にあったゲームという物語の中にはそれこそ何人かはいた。だから、あたしの世界にも探せば居そうなものだ。
どちらにしても、あたしは一度王都に行って王様に謁見する必要がある、ということを伝えないとなと思いだした。
「そうそう、お父さん、お母さん。あたし、明日から王都に行くことになるわ」
「そうだよなぁ。【白金級祝福】を最初から持っているなんて、レアもレアだからな。さすがエリシア」
「父さん、そうじゃないよ」
マーティ兄さんがすかさず、話題がそれそうなお父さんに注意をする。あたしを褒めてどうするんだと。
「なるべくは戻ってくるつもりだけど、たぶん一月は戻ってこれないと思うからさ。あたしはティアナみたいに神官系祝福でもないからね」
神官系祝福だと、教会の偉い人に囲まれて、そういう教育を受けると言うことを司祭様から聞いたことがある。司祭様も《司祭》という祝福を持っていたはずである。つまり、《大司教》という祝福受けたティアナは将来の大司教ということである。その点、あたしは《英雄》だ。ただの英雄なら、そこまで拘束はきつくないだろう。それに、女神様からは「世界を見て回れ」とのお達しがある。ならば、あたしは王都に拘束されたまま、ということになる可能性は薄いだろう。
という打算であたしはそう考えていた。
「そうか……。いや、エリシアがそういうつもりなら何も言うまい」
なにかあるのだろうか? 何もないと言ってほしい。
そもそも、祝福されたからと言っても、技量も何もかも、すべて村娘の域を出ないのだ。魔法も攻撃魔法は《火炎球》しか使えないし、ほとんど生活魔法しか使えないのだ。
「勿体ぶらないでよ、お父さん」
「いや、気にするな」
気になるわ!
まあ、あたしのお父さんがたまにこういった勿体ぶった言い方をするのは良くあることなので、気にしないでおこうと思う。心配になりだけ損なのだ。
「まあいいわ。じゃあ、あたしはしばらく家を出るわけだし、シエラがご飯当番になるわね」
「うん、シエラ、おねーさまの代わりに頑張る」
あー、可愛い。最高の妹だわ。
「じゃあ、あたしの秘伝のレシピをあげるから、よろしく頼むわね」
「ありがとう、おねーさま!」
と言うわけで、あたしは本来の目的であるシエラにレシピメモを渡すのであった。カガクメモは、次にこの村を訪れた時でいいだろう。実際、カガク実験なんて、必要な機材が無いと出来ないのだ。
そうそう、無銘の聖剣についてはお父さん達を見送る途中にあたしの中に戻しておいたわ。不本意ではあるけど、どうやらあれはあたしの一部なのだ。あたし以外にベタベタ触られるのも嫌なので、こっそり触れてあたしの中に還元させたのだ。
それで、おっさんから追及されたけれどシラを切ってやり過ごした。あれを王様の献上する予定だったらしい。
いつもご拝読ありがとうございます!
ダルヴレク語は人間世界で言うスペイン語に当たります。種族交易共通語は、例えばエルフやドワーフと言った亜人と会話するために用いられている言葉です。
エリシアは会話は基本ダルヴレク語で行い、読書を種族交易共通語でやっていると言う認識です。
この世界の書物は基本的に種族交易共通語で記載されます。
言語に関してはそこまで細かくは設定してないので、そんなものか程度で大丈夫です。