決戦準備2、3日目
翌日、あたしはギルドの職員として働いていた。
ギルドにも、シヴァがアクセルに向かっていると言う情報でてんやわんやしていた。
それに、牛頭の魔物討伐依頼をギルドから出したりしており、その受付をしていたりで大変であった。
それに、冒険者でもアクセルから逃げる銅級冒険者も多く、転籍依頼表の処理も大変であった。
「うーん……! はぁ」
あたしは伸びをする。ようやくお昼休憩に入れそうであった。時間は観ると13時であった。もうこんな時間なのか。
「エリシアちゃんおわったー?」
セシルさんが声をかけてくれた。
「うん、取り敢えず、転籍届けの処理が午前中の分は終わったところよ」
「それ全部?!」
「ええ、ライアさんやロマーニャさんにも手伝ってもらってようやくよ。お昼の分もあると思うとゲンナリするわ……」
机には結構な数の書類が積み上がっている。先日のガネーシャを受けて逃げ出したい銅級冒険者の申請書が積み上がっていたのだ。銀級になると責任もあるためこう言う緊急事態の逃亡は認められないが、銅級であれば話は別である。
中には銀級にが紛れていたが、当然それは弾いている。
ちなみに、ギルド職員にも数人欠員が出ている。あたしのように事前に情報を入手した職員が休んでいたりもするので、あたしにも事務作業が回ってきている状態だ。
「そう、エリシアちゃんは魔王だっけ? の前線で戦う事になっているのに、情けないわね」
「自分たちの実力をちゃんと理解しているという事だと思うけれどね」
「それにしても、まずは住民の避難誘導からでしょ」
実際、前回の戦いで銅級にも銀級にも相当な犠牲者が出ている。戦闘不能で治療院送りになった冒険者もいるのだ。あたしもそうなんだけどなぁ。
魔法があるから大抵の怪我は即日治るけれど、部位欠損は高位の回復魔法や治療薬でないと治らない。
実際、象頭の魔物にやられた銅級冒険者の中にも足や腕を無くした人物もいる。そして、そう言う高位の治療薬は底辺冒険者には回ってこないのだ。
「……まあ、あたしはともかく、ライノスさんが勝てばいいだけの話だし」
「そうね。でも、まだ勇者様が魔王を倒したって話は聞かないからね。南の4魔王との戦線も膠着しているみたいだしね」
雄大たちだろう。彼らは現状一進一退で膠着状態らしい。雄大が道を切り開いても、他を眷属が潰すと言った状況が続いていて、なかなか攻勢に出れないようである。
新たな勇者を派遣したと言う話も聞くけれど、実際どうなのだろうか。気にはなる。
特に、リフィル王国に派遣されているのかはかなり気になる。
「そう言えば、勇者様は来ないのかしら?」
あたしが聴くと、セシルさんは眉をひそめる。
「それがそう言う話題が全く入ってこないのよね。フェルギンも勇者様の所在ぐらいは把握しているとは思うんだけれど……」
「一応、勇者様の自由にはさせているけれども、世界中に派遣されているからね。35人しか居ないんだから、間に合わないんじゃないかしら」
そう言って話に入ってきたのは、アリアが話に割って入ってきた。
「一応、首都のギルドにはきているみたいなんだけれど、それ以降の情報は全く入ってこないのよ」
「……全く?」
「ええ、城に呼び出されたっきり、音沙汰がないわ」
何かトラブルでもあったのだろうか? 気になるところである。
「勇者様の名前は?」
「確か、マサミチ・コバヤシよ」
マサミチ・コバヤシ……小林正道、ね。あたしの中でクラスメイトの連中の顔が思い浮かぶ。……えーっと、誰だっけ?
「どんな勇者様なの?」
「小太りなメガネをかけた勇者様よ。主に魔法で戦う方……らしいわ」
ふと、秋葉原くんの隣にいつもいるオタク集団の一人の顔が思い浮かんだ。秋葉原くんはまあ、典型的なデブのオタクだが、陽キャラなイメージだが、小林くんは確か根暗なオタクだ。美少女フィギュアを集めているとか聞いたことがあったはずである。
彼は確か、フェルギンに残る選択をしたクラスメイトであった。
「らしいって、どう言うことよ」
「実際にマサミチが戦った姿を見たものはいないらしいわ。ただ、フェルギンの情報では、魔法が得意な勇者だと言うことらしいわ」
「……先が思いやられそうな話題ね」
おそらく小林くんはあたしと同じような魔法系のチート持ちなのだろう。どんなチートなのかは本人に聞かないとわからないけれど。
「おっと、それじゃお昼に行きましょ」
「そうね」
「行きましょ!」
あたし達はそんな感じでお昼休憩に入るのであった。
翌日、処理が終了し、承認が下りた銅級冒険者達に順番に移転届けを渡す作業をしていた。この行列もまた結構な列の長さであり、銅級冒険者はこんなに多かったんだなと改めて実感させられた。
上手く窓口係は交代しつつあたしは申請書を受理しにきた冒険者に移転手続き書を渡していく。
それと同時に牛の魔物の討伐依頼がかなり舞い込んでくる。あたしは始終書類を渡していたのでそっち側の忙しさは図るしかないけれど、かなりの依頼が舞い込んできていたようである。
「終わったあああああぁぁぁ」
あたしは金糸雀亭の食堂で突っ伏していた。時間はすでに21:00を超えていた。
「大変だったわね、エリシアちゃん」
「ありがとう、サシャ」
ベネット達が逃げていないのは、明日の住民の避難誘導に参加するためらしい。
住民にはすでに魔王がこの街に近づいていると言う内容の警報は出されており、今日から避難誘導が始まっていた。逃げる銅級冒険者に対して、住民を守りながら逃げる依頼を出していた。もちろん、受け取りは避難地点で即金ということになっており、役場の人と一緒に誘導することになったギルド職員が達成時に冒険者達に支払うことになっている。
お陰で業務にしわ寄せが来て大変なことになっている。
明日はバックレる職員もいることが予想されるため、もっと大変だろう。そう考えるとゲンナリする。
「ああ、そうだ。エリシアちゃんが忙しそうだったから、コレは代わりに受け取ってきたよ」
「あ、ありがとう」
ベネットはそう言うと、剣と胸当てを取り出した。
あたしは受け取ると、剣を抜いてみる。確かにしっくりくる感じがする。振って見たいけれど、迷惑がかかるのでしないけれどね。あたしは剣を鞘に収める。
「いい仕事をするわね」
「だな。新しい盾もなかなかの出来だ」
ベネットは立てかけている盾を指差す。確かに、遠くから見ても堅牢そうである。
「ベネット達は何していたの?」
「もちろん、周囲の魔物の討伐をしていたさ。明日は避難誘導があるし、先に掃除をしておくのも兼ねてだけどね」
「避難誘導が終わったら、申請をしていない銅級冒険者は街に戻って銀級達と一緒に魔物の討伐をすることになっているわ」
「俺たちの担当は街から離れたがらない住民の護衛だ。俺は本当は逃げたいんだがなぁ……」
ジェイルはそうだろう。だけれども、薄情でもないことはわかっている。当日はそれぞれの動きをするだけである。
「あたしはギルド職員として、明日もギルドで事務作業よ。その後は一応ライノスさんのパーティと打ち合わせらしいけれど、あっちはやる気はないみたいなのよね」
「まあ、気持ちはわからんでもないぜ。横からしゃしゃり出てきた奴が獲物を奪っていった形になったんだ。面白いはずがねぇからな」
なるほど、確かにそうだろう。それも、ギルド職員となると余計に面白くはないだろう。
「はぁ……。課題は山積みみたいね」
あたしはため息をついた。
どちらにしても、明後日が本番である。なるべくならキッチリと討伐してしまいたいものである。