決戦準備1日目
ジェイルが戻ってきたのは昼過ぎの事であった。
「いやー、悪いな。思ったよりも情報が錯綜しててな」
と言いながら、コーヒーを飲んでいる。今はあたし達はギルドに来ていた。
「で、どうだったんだ?」
「どうやらシヴァが自分の城を出たことは事実だそうだ。で、どこに向かっているのかと言うと、アクセル……この街に向かっていると推測されるそうだ。実際、方面としては西側……こっち側に移動を開始しているから、推測は間違っていないだろう」
「えぇ……」
サシャが嫌そうな声を上げる。実際、あたしも嫌である。なんであんな戦って辛い化け物と連戦せねばならないのか。
「他の眷属は?」
シヴァは各地に眷属を放っている。西にスカンダと呼ばれる怪物を、あとはナンディンと呼ばれる牛の頭の魔物を解き放ち、この国を破壊しているのだ。
シヴァの武器はおそらくトリシューラと呼ばれる槍だろうなとは思う。第三の目で焼かれれば、人間なら蒸発すると思われる。前世の世界ではなぜかその辺りの神話体系に詳しかった記憶がある。
「……と言う感じだ。実際、アクセルの近辺でもナンディンと思わしき牛頭の魔物が昨日……ガネーシャを討伐した直後から出現し始めたからな」
それはあたしには知る由が無い情報であった。ナンディンはシヴァの乗り物の牛である。それがガネーシャの配下と同様に魔物に力を与えているのだろう。だから、牛頭の魔物と言うことになるのだろうか?
どちらにしても迷惑な話ではある。
「その牛頭の魔物の強さは?」
「銅級でも上位の冒険者パーティでようやくと言ったところらしいぜ。俺たちならまあ、そこまでは苦戦はしないだろうさ」
それなら、危険ではあるけれども安心である。まだ冒険者で対処できるレベルなのだからね。
で、重要なのはシヴァの動向である。おそらくアクセル……いや、ガネーシャを討伐したあたしを狙っていると推測して間違いがないだろう。
全員があたしを見ている気がする。
「……まあ、たぶんガネーシャにとどめを刺したあたしを狙っていると思うわね」
「だろうな。それ以外でこっちに来る理由がない」
「国の討伐軍の様子は?」
「だいたいガン無視だな。パールヴァティって眷属が主だってシヴァの進路を妨害しようとする討伐軍を攻撃しているそうだ」
つまり、パールヴァティは討伐軍の足止めをしているらしい。パールヴァティの攻撃を受けると魅了されたように敵に寝返るらしい。
「シヴァはあと何日程でアクセル近郊まで到着するんだ?」
「およそ5日といったところだそうだ」
「……かなり速いペースだな。セルーアまで馬車で9日だから、相当なペースだぞ」
つまりは、あと5日で魔王と戦う準備をしなければならないと言う事だった。一般市民は逃亡する必要があるだろう。
だが、牛頭の魔物は象頭の魔物と同様に強いことが予想される。アクセルはかなり大きい街なのだ。どこにどうやって逃げると言うのか。
「一般市民が逃げる暇もないわね……」
あたしの呟きに、ベネットが同意する。
「ああ、行政が緊急で動いても3日はかかるだろう。街に常駐している軍や冒険者も当然ながら駆り出されるし、そうするとアクセルを守れる者は誰もいなくなる」
「うへぇ……。逃げるわけには……いかないんだろうな」
ジェイルはげんなりした様子で肩を落とす。
「おそらく、シヴァと戦うのはライノス達のパーティと、ガネーシャを討ち取ったエリシアちゃんと言うことになるだろう」
「でしょうねー」
「……どんまいエリシアちゃん!」
サシャが親指を立てる。どんまいじゃないって。まあ、あたしがシヴァと戦うことに異論はないのだけれど、やっぱりいざとなると緊張するものである。
だが、あたしの運命を狂わせた元凶なのだ。報いを受けさせなければならない。
「……で、私達は何をすればいい?」
「俺の予想でいいか?」
「ん、ベネットの意見はだいたい正しいから聞きたい」
「良いだろう。予測されるのはガネーシャと同様に集団魔法を使う可能性が高い。むしろ、シヴァに効くかどうかすら怪しいものだが、しないわけにはいかないだろう」
確かにと思う。前衛職は金級以外役に立たなかったのが現実である。威力の高い集団魔法を使うのは通りだろう。
「それに、教会に掛け合って、集団儀式神聖魔法も使う事も考えられる。5日あるならば、《裁き》を1発ぐらいなら放てるだろう」
「確かに、それならばダメージは与えられるかもしれないわね」
「……首都の連中が使っていないとは思えないがな。そこら辺は考慮したか? 大将」
「もちろんさ。だが、人間に取れる手段なんてこんなものだろう。俺やジェイルはおそらく、女子供の避難誘導をする事になるさ」
ベネットの予測はおおよそその通りになった。
あたしはその日の夕方にギルドに呼び出されて、ライノスさん達とシヴァと直接戦うと言う話になった。ライノスさんの仲間は顔を青くしていたが、どちらにしても5日では逃げ切れないだろうと説得されて渋々いっしょに戦う事になった。
ライノスさんはやる気満々であったが。
「エリシア、と言ったね?」
「え、ええ」
「前回は君に譲ったが、今回は僕が倒してみせるよ。アクセルの街を守るのが僕の使命だからね。邪魔だけはしないでくれたまえ」
「は、はぁ……」
すごい自信であるが、鎧や武器はあたしが持っているものと比べたら格段に良いものだったし、実際あたしよりも強そうな雰囲気を纏っている。
それに対して、あたしは魔鉄鋼の胸当てと、魔鉄鋼のロングソード一本である。それも、ギルドの制服の上に着用している。
ライノスさん達の仲間に比べれば、貧弱な防具に装備だろう。
あたしの真骨頂は魔法なのだけれど、まあいいか。下手に出しゃばって不興を買うよりもマシである。あたしは登記上は銅級冒険者なのだしね。
あたしは再び武器屋に赴いた。今回はベネットが同伴している。
「親父ー、居るかー?」
「んぉお? ベネットじゃねぇか! それに、お嬢ちゃんじゃないか。どうしたんだ?」
「俺の盾が先の戦いで壊れてしまってな。修理を頼めないか?」
ベネットは親しげに話す。おそらく知り合いなのだろう。
ベネットは壊れたタワーシールドを机の上に置く。中身の緩衝材とかが漏れており、これではすでに盾の程をなしていない壊れ方をしていた。
「おいおい……。なんでこんなひでぇ壊れ方をしているんだ?」
「強力な魔物にやられてしまってな」
「うーん……。いや、ちょうどよかったのかもしれねぇな。ベネットの実力ならもう一段階上の装備でも大丈夫そうだ」
「本当か?」
「ああ、その鎧込みで下取りに出してくれるなら、2万3千エリンで実力にあった防具を作成してやるよ」
なかなか高いが、ベネットのようなフルプレートならこんなものな値段である。
「なるほど、なら買うとするか。近々また戦いになるしな」
「……頼りにしてるぜ。俺はお前さんらが勝つ事に掛けたんだ」
「俺が活躍するわけではないんだがな」
ベネットは苦笑いしつつ、鎧を脱ぎに更衣室に向かう。
「そうなのか?」
あたしは親父さんに聞かれて、困惑した表情を浮かべた。
「まあ、戦うのはあたしなんだよね」
あたしがそう言うと、マジマジと親父さんはあたしを観察する。
「……なるほどね。本命はお嬢ちゃんの方なわけか」
親父さんはそう言うと、トントンと机を人差し指で叩く。
「お嬢ちゃんの剣、見せてみな」
あたしはうなづいて、剣を抜いてカウンターの上に置いた。
「ふむ、一昨日見た時はお嬢ちゃんにぴったりだったんだが、今では全くしっくりきてなさそうだな。一部曲がっているし、新しい剣を購入したほうがよさそうだな」
親父さんはそう言うと、剣を持って腹を指でなぞる。
「ふむ、刀身が歪んでるな。おそらく、強敵と戦った際に衝撃を受けきれなかったんだろう。いったいお嬢ちゃんは何と戦ったんだか……。この剣で想定されるレベルの魔物以上の奴と戦ったんだろうな。そう何度も切ってはいないのにここまで歪むのは、つまりそういう事だろ」
あたしには剣が歪んでいるようには見えないが、親父さんはそう断言した。
「魔鉄鋼が難しいなら、魔銀鋼……人工ミスリルって事になるか。それを使ってみよう」
人工ミスリルと言うのは、合金によって伝説の金属であるミスリルを再現しようとした合金である。フェルギンで得た知識だけれどね。主に魔鉄鋼と銀を混ぜて作る合金で、魔銀鋼と呼ばれる。本物のミスリルはドワーフでも熟練した鍛冶屋しか撃てないとされているが、魔銀鋼は合金だけあり人間でも撃てるらしい。
「人工ミスリルなら、今のお嬢ちゃんにしっくりくるだろ。この剣を下取りにするとして、防具込みで3400エリンだな」
「ベネットのは大丈夫なの?」
「ああ、盾の方は明日には作れるさ。剣とお嬢ちゃんの胸当てやガンドレッド、足当て程度なら、かみさんも手伝ってくれるしそんな時間はかからねぇよ」
「んー、ならお願いするわ」
「まいど。お嬢ちゃんは……ギルドの制服の上に来てるから大丈夫か」
あたしは防具を外し、剣と一緒にカウンターの上に置いた。
で、財布から3400エリンを取り出して支払う。
「100、200、300……3400、ちょうどだな。まいどあり。そうだな、明後日あたりにベネットと一緒に来てもらえれば、二人分渡せると思うぜ」
「ああ、助かる」
と、いつのまにか鎧を脱いで私服姿のベネットが近くに立っていた。相変わらず爽やかな顔に似合わないムキムキの筋肉である。
あたしは思わずビクッとしてしまった。
「い、いきなり隣に立たないでほしいわ」
「ん? ああ、気づいてなかったのか。まあ、親父さんと話してたからね」
ベネットはそう言いながら、金貨の入った袋を手渡した。親父さんはそれを受け取る。
「ん、あいよ。それじゃ明後日受け取りに来てくれ」
「よろしく頼む」
「お願いするわ」
こうしてあたし達は、新しい装備を依頼して武器屋を後にしたのだった。
その後、あたしはベネットと軽く手合わせをした後に宿屋に戻る。パーティでご飯を食べた後、あたしは自分の個室に戻ってきた。
ようやく一人の時間である。【魔女術】もレベルが1になったおかげか、使い方はわかってきた。
その感覚を忘れないように、あたしは簡単な訓練をする。と言っても、魔力を使い切って寝るのはいつもの事なので、それを【魔女術】を使ってやるだけの話である。
あたしがわかっているのは、言葉に魔力を込めるだけで魔法になると言う事である。詠唱魔法のように設計図を口にする必要はなく、ルーン魔法のようにルーンに刻む必要もない。頭に思い描いて口にするのだ。
【《水よ出ろ!》】
イメージの通りの事象を起こすのは、魔力の消費が激しい。
あたしが魔力を込めて言葉を紡ぐと、虚空から水が吹き出してコップに水が注がれる。普通に生活魔法を使っただけだが、感覚的には2倍近く魔力を消費してしまった。
【《光鎧》!】
だが、《光鎧》に関してはむしろ、普段よりも魔力を使わずに発現できる。魔力を込めればより強固な鎧になりそうな感じである。
色々試した感じだと、普段からあまり使わない魔法を【魔女術】で唱えると余計な魔力がかかり、慣れていればいるほど逆に消費する魔力は少なくなるし、威力の調整も簡単だと言う事だった。
「……もしかして、ゲームで言うところの熟練度ってやつかしら?」
有名ファンタジーゲームの2作目の事をあたしは思い起こしていた。あれは確か魔法にも熟練度があったはずである。
あたしはベッドに座ってステータスを呼び出す。覚えている魔法の項目を開示すると、複数の魔法一覧を閲覧することができた。
魔法一覧は詠唱魔法、ルーン魔法の他にタブが存在するが、グレー文字で【????】となっている。
一覧の中身は、知らない魔法は【????】とグレー文字で書かれている。見たことあるけど唱えたことはない魔法は例えば【《鎌鼬》】ならば文字がグレーで書かれており、効果についての記載はない。
そして、唱えたことがある魔法は白文字で効果だけでなく詠唱、威力、範囲、消費魔力などが細かく記載されている。
そしてその横に、案の定熟練度の項目が存在した。
《天使の息》が一番高く250、《光鎧》は183である。まあ、一番使っている魔法だからね。他の魔法は……2桁代がほとんどであった。
あたしってほとんど前線で剣を振るってることが多いしなぁ……。
ただ、いざという時に使える手段が多いのは良いことだろう。なので、魔法の熟練度を上げた方が良いのかもしれない。
あたしはステータスを閉じる。
それからしばらく詠唱魔法を簡単に練習を行い、魔力を消費してから寝たのだった。