ジョブチェンジ
あたしはサシャと一緒にアフェリス教会に来ていた。ヴェナン教会とは異なり、こじんまりとしており質素な感じがする。何度も足を運んでいるけれども、ヴェナン教会と比較するとどうしても質素さが目につく。
フェルギンの大聖堂はかなり豪華な感じがしたんだけどなぁ。
と言っても、フェルギンでも街の教会は基本的に質素である。これは寄附金の関係とかそう言うのがあるが、アフェリス教の教義には「誠実であれ」と言う内容があり、特に金銭に関する教義については厳しく書かれているのもあるらしいからだ。
あたしだってアフェリス教徒ではあるものの、教義についてはそこまで詳しくはない。だいたい司祭様が教えてくれたからだ。
あたしが知っているのは、
【①毎日祈りを捧げる】
【②誠実である】
【③日々の糧に感謝する】
の3つぐらいである。アフェリス教の教義はその3つが基本だと司祭様に教えられたものである。
さて、祝福の格上げ、すなわちジョブチェンジについても教会の仕事だ。新しい祝福を受ける際は日々の祈りの中で女神様から天啓を受けて目覚めるのがほとんどである。冒険者なんかも、日々の冒険の中で女神様から天啓を受けて教会でジョブチェンジを行う。これには関しては宗教も関係なく、この世界における常識と言うものである。
「それじゃあ、私は待ってるから、早めに祈りは済ませちゃってね」
「サシャは?」
「私は無宗教なの」
「そうだったわね」
あたしはサシャを置いて教会に入る。お布施で銀貨を数枚渡して、あたしは聖堂の女神像前で祈りを始める。
『よく来ました、エリシア』
女神様の声が聞こえる。あたしが顔を上げると、案の定女神様が目の前に立っていた。
『よくぞ、魔王の眷属の討伐を果たしました。さすがは私が見込んだ勇者ですね!』
得意げな表情の女神様である。
「ギリギリでしたけれどね。あんな化け物、普通の人間には倒せないじゃないですか……。それに、何でインド神話何ですか? ガネーシャなんてシヴァの息子じゃないですか!」
『おそらく、邪神から与えられた名前でしょうね。邪神と言っても【神】なので……。それに、この世界以外の神を魔王に貶めているにでしょう。現在他の勇者が相手をしている魔王にも貴女の元の世界のギリシア神話の最高神【ゼウス】を名乗る者もいますよ。他にも別の世界の神である【アーマルドシェラ】と言う者もいますが、それを名乗る魔王もいます』
「女神様の名前を騙る魔王も居ると?」
『ええ、居るにはいます。私自身はこの世界では名乗っていないので、名前を使う程度では貶められはしないのですがね。その魔王は現在、力を蓄えてる最中ですけれどね』
おそらく、信仰を貶すとかそう言う目的があるのだろうか?
名乗らない神と言うのは、こう言う時に便利ではあるのだろう。ボソッと『いずれ貴女に倒してもらいますが』と言っていたのが聞こえないわけでは無いので、あたしは女神様を睨む。
「オーバーロードみたいに、神様の名前じゃなさそうな魔王も居るんだけれど?」
『あれは、元々そう言う名前の魔物が魔王に認定された存在ですね。三宅隆幸も同様ですよ』
つまり、今戦っている【破壊魔王】シヴァはインド神話の神であるシヴァ神を貶めるための存在で、邪神が自ら生み出した存在だという事らしい。
信仰自体この世界に存在しないのに、なぜと言う疑問が湧いてくるが、それは邪神本人に聞かないとわからないだろう。
『さて、本題です。《勇者》に覚醒し、ステータス魔法を身につけたエリシアなら分かると思いますけれど、《魔法使い》の祝福を格上げに来ましたよ』
「あたしは《勇者》になるつもりなんてなかったんだけれどなぁ……」
ただ、覚醒しなければあの時点であたしは死んでいただろう。死ねば、ゴミムシ連中を殺すことができないのでそれは願い下げであるが。
『私としては、これでエリシアの事を安心して見守って入られます。ただ、忠告しますがその復讐心はあまり良くないものです。あの状況で復讐をするなとは言いませんが、果たした後の事を考えて行動をしてほしいものです』
若干イラッと来た。が、女神様の忠告である。
「……とにかく、ジョブチェンジをお願いしますよ」
『そうですね。余計な気遣いでした』
女神様は咳払いをすると、あたしの頭に手をかざす。
『勇者の場合は特別な格上げをすることができます』
あたしの目の前にツリーが出現する。表示方法がステータスのそれなので、《勇者》でなければ確認できないのだろう。
『本来は女神である私が望みを読み取り選択しますが、見えるものには自ら決める特権が与えられます』
《魔法使い》から派生する祝福であたしが選択できるものは、
《魔導師》
《魔法剣士》
《魔術師》
の3つである。上昇しやすいステータスも数値で確認できる。
あたしはまるでステータスと言うものはデバッグ画面みたいだなと感じていた。
《魔導師》はそのまま、《魔法使い》の上位の祝福である。銅級の祝福であり、銀級になると《◯◯魔導師》と専門で細分化される。
《魔術師》はルーン魔法に特化した《魔法使い》で、ステータス的には、《魔導師》に比較して魔力は上がりにくく、知力の伸びが高い祝福になっている。《魔術師》の祝福はあたしはあまり聞いた事が無い。
《魔法剣士》は《魔法使い》と《剣士》の両方を取得していると与えられる祝福だ。こっちもレア祝福であるが、《魔術師》と比較すると、断然《魔法剣士》が有名である。ただ、ステータスの伸びは中途半端である。
他にも《召喚術師》や《錬金術師》もあるが、条件を満たしていないため選択できなさそうであった。
『悩んでいるようならば《魔術師》をお勧めしますよ。《魔法剣士》にするならば《剣士》と重複しますし、【魔女術】との相性を考えると、《魔術師》が最適ですね』
なるほど、確かにルーン魔法の高速化スキルや、威力向上のスキルも付与されるようだ。ただ、《魔法剣士》のスキルであるマジックエンチャントや補助魔法高速詠唱なんかも、今のあたしの役割としてはあったら便利ではある。
うーん、ちょっと悩んだけれども、剣の技量やそう言うのは基本的にあたしは《英雄》の祝福による補正があるため、大丈夫かなとは思う。ちなみに、《勇者》による補正とは重複しないらしい。
《英雄》と《勇者》の違いは、ステータスの閲覧権限およびスキルの違いのようである。
そう言う勇者専用のパッシブスキルを含めても、《勇者》と言う祝福は人外を作成するための祝福なんだと言う事をまざまざと見せつけられた気分である。だからこそ、異世界人専用の祝福であるし、特別なのだと言う事を理解できる。
あくまで《英雄》はこの世界に合わせてデチューンされた《勇者》の祝福だと言う事である。
と言うわけで、あたしは女神様のおススメである《魔術師》を習得することに決めた。
『わかりました。では、新たな《魔術師》エリシア・レアネ・フェルギリティナの誕生を祝福しましょう!』
あたしのステータス項目が更新される。
ジョブ:魔術師を習得しました。
ジョブ:魔術師:Lv0→1
ジョブ:魔術師の習得に伴い、スキルを習得しました。
スキル:ルーン文字短縮Lv1を習得しました。
スキル:ルーン魔法威力向上Lv1を習得しました。
スキル:ルーン魔法作成Lv1を習得しました。
こう言うログを見ると、勇者たちがゲーム感覚なのを改めて知ることができる。あたしたちが知ろうと思ったら本来は教会にある水晶玉に触れる必要がある。15歳の時に女神様からいただく時以外は基本的に教会にお布施が必要なのだけれどね。
『ステータスで確認できたと思いますが、これでエリシアは《魔術師》となりました』
「ステータスって気持ち悪いわね。これ、切ることはできないんですか?」
『そこはわかりかねますね。ステータス自体は他の神が作成した概念なので……』
「そうなんですね」
体力ゲージとアイコン、ログが映っている以外はそこまで邪魔ではないけど、視界でログがチラつくのがすごく気になる。
……慣れるしかないのだろうけれど、一生このままは不便以外の何者でもない。操作できるか後で確認をしておくことにしよう。
『では、私は今回はこれで。エリシア、健闘を祈ります』
「神様に祈られると言うのもなんだかなぁって感じがするわね……」
あたしの呟きは空中に搔き消える。
気づけば祈りの姿勢に戻っていた。
「ふむ、どうやら無事、祝福の格が上がったようですね」
魔法で偽装隠蔽をしているため表示されない項目もあるけれども、水晶玉で判別できる範囲では《魔法使い》が《魔術師》へと切り替わっていた。
この協会の司祭様の顔も満足げである。
しかし、女神様もひょいひょい出てきて忙しくないのだろうか?
「そうね」
「それにしても、《魔術師》……ですか。聞いたことのない祝福ですな。殆どのものは《魔導師》もしくは錬金術の心得のあるものは《錬金術師》になると言うのに」
「あたしがルーン魔法が得意だからじゃないかしら?」
「ルーン魔法……」
司祭様は驚きの表情を見せると、なにかを納得した様子であった。
「なるほど、興味深いですね。あの難解と言われるルーン魔法を使いこなすならば、女神様のお導きでそのような祝福が与えられるのも道理。若くしてエリシアさんは素晴らしい才能をお持ちのようで」
「それはどういたしまして」
正直、司祭様と言えども男性と話すのは好きではない。よくわからない嫌悪感が未だにこびりついているのだ。よく知るベネットやジェイルですらパーソナルスペースに近寄られるとゾワっとするのだ。
あたしが魔王を倒すと言う使命感は、三宅達への憎悪からきているのだけれども、男性嫌悪に関しては記憶になかった。やはり、あの時に何かされたのだろうか? 考えても思い出せないし、聞こうにも目撃者は絶対殺す奴らしかいないので、あたしにはわからない。
あたしはさっさと寄付金で銀貨を支払うと、聖堂から立ち去る。用事は終わったのだ。長居は無用である。
「あら、早かったわね」
「そう? ついでに祝福の格上げをしてきたんだけれどね」
「おお! 上がったんだ! どうなったのかしら?」
「《魔法使い》から《魔術師》になったわね」
サシャは首をかしげる。
「《魔術師》? 《魔導師》じゃなくって?」
「うん、あたしはルーン魔法が使えるからね」
「……ルーン魔法用の祝福なのかしら」
「そそ、あたしも初耳だけど、そんな感じだったわね。スキルとかもそう言うのを取得してたわ」
「へぇー。私は《魔導師》だから、知らないけれど、そう言うものなのね」
リフィル王国ではあまり祝福に関しては話題にならない。それも、ヴェナン教が影響しているのだろう。
だから、サシャがポロリとそう言うまではあたしはサシャが《魔導師》だとは知らなかった。ただ、なんとなくそんな気はしていたけれども。
そう考えるとシアは《支援魔導師》辺りだろうか?
そんな事を考えながら、サシャとあたしはアフェリス教会から移動をしたのだった。