高台にて
象頭トロールを倒したあたしたちは、移動して高台の確保をしていた。銀級下位の冒険者が雑魚を散らして、あたしたちはキャンプを立てる手伝いをしていた。
象頭トロールの持っていた剣は腹の部分が削り取れるおろし金のようになっており、ミンチにされた冒険者や腕を切り落とされた冒険者の切断面はそれはもうひどいことになっていた。回復魔法でも、高位の治療薬でも元には戻らないと言うのが、回復術師の結論であった。よくもまああの剣戟をベネットは受け流せたものである。実際、ベネットのタワーシールドもかなり傷ついているのがわかる。
物理的な破壊が、ガネーシャの特徴なのだろう。
それにしてもこの高台は、確かにガネーシャの進路がよく見えた。ガネーシャが進んできた道がはっきりとわかる。そう、前世的にいうならば、雪国で雪の降り積もった道を除雪車が通った後のような様相である。魔物が周囲を警備しており、象頭の魔物……ガネーシャがちっこい人と戦っている様子が見える。それほど、ガネーシャは巨大であった。
ガネーシャは青い肌をしており、左側の象牙が折れている。手に持っているのは剣……いや、ニホンで使われるカタナという剣を持っており、その刀身は闇よりも深い黒で染まっている。鍔は悪魔や破壊を連想する形をしている。身にまとっている服は、繁栄と衰退を象徴するような衣装である。首に近づくほどに豪華になり、足に近づくほどに貧相ではあるがガッチリとしている雰囲気の服装だ。
サイズは、11ヤード程で巨大ロボット程の体格差がある。あんなものをどうやって倒せと言うのだろうか?
カタナの一振りで壊滅的な打撃を受けかねない。現に、ライノスさんのパーティは回避に専念しており、たまに魔法が当たるぐらいで決定打に欠けていた。
「……ジリ貧ね」
金級ですら回避以外の選択肢を取れない。確かにライノスさん達のお陰で進軍は止まっているが、完全ではなかった。あのガネーシャの周辺は暴力的な破壊が渦巻いていた。
あの中で果たして銀級冒険者が生き残れるのか怪しいものである。
「遠目で見てわかるが、あれは金級が3パーティ以上じゃないと難しいのではないかと思うぜ」
ジェイルがあたしの言葉に同意する。確かにライノスさんは果敢に攻撃を仕掛けているし、人間離れした回避をしている。だが、ライノスさんのパーティのみにタゲが集中しているので、上手く攻勢に転じることができないでいた。
「しかし、ライノスもエグい動きをしてるな。全力で動くエリシアちゃんもだいぶ人間離れした動きしてるが、それ以上だぞ」
あたしはあんなに異常なレベルの動きはしていない。空中で起動を変えたり、空中を走ったりは流石に出来ない。ライノスはそれをやっているので、人外なのだと言うことがよくわかるだろう。それでも、ガネーシャに刃は届いていないのだが……。
「眷属ですらこれなら、魔王はどんだけだよ……。やっぱ、逃げてきて正解だったな」
ジェイルは確信するようにそう言った。確かに、ジェイルの動きでは近づく事すら出来ないだろう。ベネットも、あの攻撃を盾で受ける事は難しいように思える。眷属なら冒険者で対処できるかとあたしは考えていたが、とてもでは無いが難しいように思える。
「おーい!」
と、冒険者の男性がこっちまで走ってくる。あたしは若干固まるが、一呼吸置いて反応する。
「どうしたのかしら?」
あたしは記憶のない期間に男性に対してどんなトラウマを持っているのだろうか? ジェイルやベネットは知った仲なのでそうでもなくなってきたけれど、未だに知らない男性に声をかけられるとビクッと体が反応し、体が固まるのだ。
「魔法が使える冒険者は集合してほしいとの事だ。エリシアさんは確か魔法が使えたはずだよな?」
「ええ、そうだけれど……」
「じゃあ、来てくれ」
「……わかったわ」
あたしはうなづく。そして、冒険者について行くと、シアやサシャも呼ばれたらしく集合していた。
「エリシアちゃんも呼ばれたんだ」
「ええ、魔法が使えるからね」
「エリシアが攻撃魔法使ってるところ滅多に見たことない」
「使う必要がないしね。サシャの攻撃魔法には敵わないし」
シアの支援魔法や回復魔法にもあたしは敵わない。シアの魔法の効力を10とするならば、あたしの魔法の効力は8と言ったところである。あたしはもっぱら、《天使の息》か《光鎧》以外は使う機会がないのが現状である。後は細かい生活魔法ぐらいだ。
魔法大全で色々と魔法は使えるようにはなったけれども、使う機会はほぼないのが現状であった。
「で、なんであたし達は集められたのかしら?」
あたしが聞くと、シアが推測を答えてくれた。
「おそらく、遠距離で眷属に魔法攻撃を仕掛ける」
「なるほど」
大量の魔法攻撃を仕掛けることにより、ガネーシャを吹き飛ばす作戦らしい。
ガネーシャの眷属の魔物を見ればわかるが、物理攻撃特化と言えるだろう。魔法の耐性はないように見える。それでもガネーシャ自体がかなり巨大であり、軽い魔法では傷つけられないだけだろう。
と、あたしが納得していると、ギルド職員のヴェル……短髪でメガネをしている背が高い男性職員で、主に中間管理職みたいな業務をしている人なんだけど、厳しい人が入室してきた。
「ふむ、集まったようだね。結構」
メガネはフェルギンだと、王都にしか売っていないはずである。リフィル王国でも、アクセルでは販売していないので、恐らく首都で購入したのだろう。
「では、眷属を倒すために作戦を話すとしよう」
そう言うと、このあたりの地図をガルイアンが机に広げた。ちなみにガルイアンさんもギルド職員で、ヴェルさんの部下である。
地図にガルイアンさんが駒を置く。赤い駒はガネーシャだろう。赤い駒の前に置いた青い駒はライノスさん達か。
「と言っても、誰でも思いつくことだ。遠距離から魔法で攻撃をしてもらうだけだからな」
「なるほど、確かに奴は近距離攻撃しかしてこないみたいだからな」
「ああ、ただ、唱える魔法はこちらが指示をさせてもらう。もちろん、高威力の集団魔法になるがな」
集団魔法と言うのは、複数人で唱える魔法である。これは基本的に詠唱魔法なのだが、全員で魔法を構成する必要があるため、それなりに難易度が高い。軍用魔法とか言ったりする。その場ですぐに唱えることもできないため、ちゃんと準備が必要である。
さらに魔法陣を使用したものは集団儀式魔法と呼ばれる。準備に相当な時間がかかるため、普通は使えるものではない。もちろん、その分かなりの威力が出る。
「雷属性魔法の《雷光》だ。それを奴に喰らわせる」
雷属性魔法《雷光》は、そのままライコウと読む。何故かニホン語のままの発音だ。イメージとしては天空から雷の極太ビームが降り注ぐイメージである。
ちなみにあたしが前世の知識を元に作った魔法に《破壊雷光》と言うのがある。指先から雷属性のビームを放つ魔法で、元ネタとこの《雷光》を参考に作った魔法でもある。まあ、試し打ちしかしたことないけれどね。
後は、人数が少なければ合成魔法と言うのもある。
「なるほど、確かにそれならダメージを与えられそうだな」
「そうね、《雷光》なら集団魔法の中でも簡単な方だし、やってみる価値はあるわね」
冒険者の魔法使い達はこの案に賛同している。確かにそれならば結構大雑把に撃っても当たるだろう。威力も申し分ない。
「ただ、これだけではアイツに当たるかと言う話もある。そこら辺は考えているのか?」
「それに、ライノスさん達避難しないと……」
「ああ、それに関しては、集団儀式魔法《封印》を使う」
集団儀式魔法《封印》は相手の動きを縛る魔法である。決まった位置に魔法使いを配置して唱える魔法だ。これのデメリットは、魔法の使用中は魔法使いはその場から動けない。そして、使用中は魔力を消費し続ける。そのかわり、少ない人数で発動でき、発動し方によっては何を縛れるかを指定できたりする、汎用性の高い魔法である。
「こっちは、5人こちらで指定させてもらう。魔力量の高さを基準に選ばせてもらった」
ヴェルさんのメガネがキラリと光る。
「アーヴァイン、ルギルのところのラクトゥス、ベネットのところのエリシア、アナキンのところのジュリア、ディディアのところのリリアナの5人に任せる。もちろん、5人にはそれぞれ護衛をつけるがな」
あたしが指名されたようである。わざわざ“ベネットのところの”と言うだけに間違えようがない。それぞれのチームのリーダーの名前なのだろう。アーヴァインは、彼がリーダーだからそのまま呼ばれたようである。
しかし、あたしはいつのまにか魔力量が高くなっていたようである。昔は普通の魔法使いと比較して半分程度しかなかったにも関わらず、である。
普段の生活から魔力を使いまくるように意識してはいたし、毎日魔力を使い切るようにはしていたけれどね。そうすると魔力量が増えるから。ただ、《英雄》の成長補正もあるのだろう。
「ギルドの記録から見てもこの5人は魔力量が高いことがわかっている。場所は駒で示すから、その場所に待機してくれ」
「タイミングはどうやって測ったら良いのかしら?」
ジュリアが質問すると、ヴェルさんはガルイアンさんに目で支持する。ガルイアンさんはうなづくと、6個の赤い宝石を取り出した。
「これはフェルギンで開発された遠距離連絡用の魔石だ。これを握っていてくれ。タイミングになったらこれで連絡する」
あたしは渡された魔石を鑑定する。
へぇー、確かにこの魔石に刻まれている魔法は、遠くに声を飛ばす機能がある。同規格の魔石があれば盗聴できてしまう程度には未熟だけど面白い魔法である。これならルーン文字でも再現できそうである。
「行き渡ったな。では、眷属撃滅のための作戦を開始する。各自持ち場に移動してくれ。5人の護衛はこちらで選抜しておいた」
ヴェルさんの合図であたし達は行動を開始した。失敗した場合の対応策が無かったりとか甘い作戦であるが、少なくとも有効打にはなりそうだなとあたしは考えたのであった。
もちろん、魔法に関しては色々参考にしてます。
作戦に穴が空きまくってるのは、ヴェルさんはそう言うのは得意ではないからです。
魔力量に関しては、5人の中でエリシアが一番魔力量が少ないです。他の5人が普通の魔法使いの2.5〜3倍に対して、現時点のエリシアは2倍ぐらいになります。