中ボス戦
あたしがベネット達と話していると、ギルドマスターがやってきた。ギルドマスターは申し訳なさそうな顔をしている。それで何を言いたいのか、あたしはある程度察する事が出来た。
「すまない、エリシアちゃん。君の希望は叶えられそうにない」
ちょうど先ほど話していた内容だったので、あたしは微笑んでギルドマスターに答える。
「大丈夫よ。あたしはベネット達と一緒に露払いに努めるわ」
「そ、そうか! うんうん、それが良い!」
ギルドマスターは喜んだ声音でそういった。あたしはギルドマスターの娘と同い年らしいので、心配してくれていたのだろう。
「それじゃあ、ベネット達にはあっちの方をカバーしてもらうとしよう」
ギルドマスターが指をさしたのは、先ほどの方向とは反対方向の場所であった。
「あそこを抑える事ができれば、魔王の眷属の様子も容易に確認できるようになる。だから、人員を割く必要があるんだ」
「なるほど、あの先にある高台を抑えるのね」
サシャが合点言ったようにギルドマスターの意図を読み取る。地図を見ると確かに、ギルドマスターの指示した場所には高台があり、ガネーシャの侵攻ルートを一望できる地点であった。
「そうだ。銀級下位のチーム数名がすでに先行している。それに増援として加わってほしいんだ」
「任せろ。ジェイル、問題ないか?」
「ああ、そう言うお仕事なら問題ないさ」
「よし、それじゃあ早速補給して向かうとしよう」
あたし達はベネットの言葉にうなづく。補給物資から回復薬とマナポーションをいくらか拝借する。あたしはまあ、マナポーションを少し飲ませてもらったけれども。
飲むと即効性があるのか、体内の魔力が回復した感じがする。
「さて、行くか」
あたし達はベネットに従い、高台を目指すことになった。
高台の道中はそこまで厳しい戦いはなかった。それはもちろん、周囲が銀級下位だからと言うのもある。銀級下位のチームはやはり強い。連携もしっかり取れているし、隙がないのだ。そんなチームが集団で向かえば、そりゃ知能の低い魔物では敵うはずもない。
だが、だからと言って強敵がいないわけではなかった。
「ニンゲン如きがよくもまあやってくれるな。この先へは行かせない」
ついに人語を解する魔物……魔族が出現したのだった。頭部は象であるが身体はトロールの魔族だ。トロールならば“人肉喰らい”を倒した事のあるあたし達なら余裕ではある。トロール自体は銅級上位のパーティに任される依頼だし、銀級下位なら普通に倒せるレベルだろう。
だが、この象顔トロールはトロールとは一線を画する強さを誇っていた。まあ、象頭の魔物は元になった魔物よりも強いのは散々戦ってきたからわかるけれど、象頭トロールは2段階ぐらい強さの格が違う。
「ぐわああああああああ!!」
別パーティのタンクが吹き飛ばされていた。幸いにして生きているようなので、あたしはすぐに駆け寄り回復薬を飲ませる。
「ははははは!! 弱い! 弱すぎるぞ!」
象頭トロールの武器は、大型の剣である。人間では持つ事が出来ないサイズの剣で、魔物の骨で作られているようである。
あのサイズでは鍔迫り合いにもならないだろう。ベネットのタワーシールドなら辛うじて防げそうではあるが、それでも、何度もというわけには行かなさそうである。
「ベネット、どうするの?」
「……俺たちには荷が重いが、やるしか無いだろう」
「そうね」
サシャにそう答えると、ベネットはタワーシールドを構える。剣は抜かないらしい。
あたしは魔法を詠唱する。対象の防御力を上げる《光鎧》である。
【原初の力よ、光の精霊よ、我に力を貸したまえ。我らに抗えぬ力に対抗する術を授けたまえ。其は鉄壁の鎧、耐え難きを耐える守り、戦うための力なり。──《光鎧》!】
ベネットは《光鎧》に包まれる。堅牢な鎧に被せて光の鎧を纏っている。
「《光鎧》って上位魔法じゃ無い! エリシアちゃん!」
サシャは驚いている。《天使の息》を使った時も同じように驚いてたっけ。
「サシャ、いいから集中!」
シアに指摘されてもなお、サシャは驚いた顔をしているが、すぐに攻撃魔法の詠唱を始めた。
「うをおおおおおおお! こっちだあああああっ!」
ベネットは吠えながら象頭トロールに走る。盾を両手でしっかりと持っている。ベネットの盾に大剣が当たり、鈍い音を立てる。真正面から受けているが、勢いを逸らすように角度を調整している。
「ぐぅっ!」
ベネットは苦しい顔をするが、上手く受け流して象頭トロールに隙ができる。そこに銀級の冒険者たちが接近戦を仕掛ける。
「やるな、銅級!」
「オラオラ喰らえ!」
が、象頭トロールはすぐに態勢を立て直して、冒険者達に攻撃を仕掛ける。
「させるか!」
攻撃をしようとした冒険者達の前に出て、ベネットは再度タワーシールドで象頭トロールの攻撃を受け止める。
まるで、教会にある鐘のような音を立てて、ベネットの盾は象頭トロールの剣を受け止める。
「はは、やるじゃねぇか! ガネーシャ様に強化された俺様の剣を受け止めるなんてな!」
「うぐぅ!」
ベネットは弾かれたように後退る。ベネットは滝汗を流している。受け止めた拍子に手首の骨が折れたのかもしれない。
「エリシア! 俺はそう何度も受け止められない! エンチャントソードだ!」
「わかったわ」
あたしはベネットの指示に従って、剣に聖剣を纏わせる。あたしは集中する。一息に殺さなければあたしがミンチだろう。
「サシャとシアはエリシアの援護! ジェイルは遠距離武器だ!」
「ええ!」
「わかった!」
「……任せて」
他の冒険者も指示を聞いて援護してくれるが、主に自分のメンバーの演技である。
シアが《速度強化》を唱えて、あたしの速度を上昇させる。
「行くわよ!──《魔弾連射》!」
サシャは魔弾を連射して、象頭トロールを牽制する。
「おりゃあ!」
「喰らえ!」
冒険者二人が剣で攻撃しようとする。その二人はあたしとベネットより前に出ていた。
「危ない!」
が、ベネットは間に合わず、象頭トロールの剣で二人は目の前でミンチになってしまった。
「そんな!」
「いやああぁぁぁ!!」
そんな悲鳴を背景に、あたしは突撃する。
サシャの撹乱攻撃やジェイルの遠距離の撹乱を使い、一気に懐まで走り込む。
「ふざけ……」
「しっ!」
あたしは後ずさる象頭トロールに合わせて深く入り込む。縦斬りの剣を三歩前に進んで避ける。そしてあたしは聖剣で剣の持ち手を斬りとばす。
すっぽ抜けるように剣とともに腕が飛んでいく。
あっけにとられている象頭トロールの鼻を切断する。その鼻で防御しようとしたからだ。そのままあたしは聖剣で反対側の腕を斬りとばす。首を斬りとばすのが邪魔だったからだ。
「ああああああ!」
あたしは地面を蹴ると、高く飛び上がる。攻撃手段は全て奪っている
「うぐおぉぉぉぉ! ま、まてっ! なん……」
「はああああああぁぁぁぁ!!」
あたしは首を跳ねる。首を裂く肉の感覚が両手にはっきりと伝わる。あたしはそれほど集中していた。
ガサッと音がして、あたしは地面に着地した。少し遅れて、どちゃっと首が落ちる音がした。その後、吹き飛ばされた肉塊がバラバラと落下する。
「っ! はぁ、はぁ、はぁ……」
あたしはその場に崩れ落ちた。集中が切れて、身体中から力が抜ける。
「エリシアちゃん!」
「エリシア!」
サシャとシアがあたしのところに駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「え、ええ。ちょっと力が入らないだけよ……」
息を整えながら、剣を杖に立ち上がる。が、足が震えて上手く立てなかった。
「はぁ、はぁ、ベネットは大丈夫?」
「ええ、右腕が折れていたけれど、回復薬を飲んで回復中よ」
やはり折れていたのか。そりゃ、銀級冒険者がミンチになるほどの威力の剣である。むしろよく防げたものである。
「はい、マナポーションよ。エンチャントソードなんて魔力バカぐいしそうだし、飲んでおくといいわ」
「あ、ありがとう……」
あたしはサシャからマナポーションを受け取り、飲む。聖剣を纏わせているだけなので、大して魔力は使っていないけれども、集中力は完全に切れてしまった。
別にそこまで一生懸命修行したわけでもないため、そこまで長時間集中できるはずもなかった。
「エリシアちゃん、大丈夫だったか?」
ジェイルも駆けつけてくれて。
「ええ、大丈夫よ」
「そうか、それなら良かった。まったく、あんな無茶しやがって……。まあいい、これから移動だ。死んだ5人を弔うのは、陣地を高台に確保してかららしい」
「そ、そうなの……。ごめん、もうしばらくだけ休ませて」
「ああ、話をつけてくるさ。ベネットも今は動けないしな」
ジェイルはそういうと、リーダーらしき人のところまで向かっていった。
「なんにしてもお疲れ様、エリシア」
「ありがとう、シア」
「ん」
これでガネーシャを上手く倒せてれば良いのであるが……。ライノスさん達が弱いわけではないのはわかっているし、先ほどの象頭トロールならばそこまで苦戦せずに倒せるのが金級である。だから本来は安心して任せて大丈夫ではあるけれども……。
あたしは一抹の不安を抱えつつ、呼吸を整えるのであった。