???1→ある少年の始まり
アルフレッド・デュ・リナーシスは、その日に愕然としていた。
最愛の人である、エリシア・デュ・リナーシスとの婚約が破棄されたからである。
まさか、あのケリィ・デュ・アルカルナがエリシアを襲うなんて、アルフレッドは思っても見なかったのだ。
そして、ケリィは村長の息子でであるヴィレディの婚約者ルビーとともにどこかに姿を眩ませてしまった。
そこで、アルフレッドはルビーが実はすでにケリィとそう言う関係であった事を知る。
「そ、そんな……!」
全ては、ケリィがそう言う人物であると見抜けなかった自分のせいであると、アルフレッドは自分を責めた。知らなかったとは言え、みすみすレイプ魔のところにエリシアを案内してしまったのはアルフレッドの責任である。そう考えたら、婚約破棄は納得であった。
「俺は……俺はエリシアに……何て事を……!」
アルフレッドは1週間エリシアから遠ざけられた。そして、アルフレッドはもう一度、エリシアにふさわしい男となるために、旅に出る事を決めた。
それはちょうどエリシアが祝福を受けた日から数えて1週間後の事であった。
アルフレッドはエリシアが《英雄》の祝福を受けたと聞き、自分は本当にエリシアに相応しいのか自問自答した。
アルフレッドの脳裏に、幼くてか弱い頃のエリシアが思い浮かぶ。エリシアが突然変わったのは12歳の頃だったか。人目がつかないように魔法の練習を突然始めたのだ。
アルフレッドはそれを目撃してから、エリシアは冒険者になりたい願望があるのだろうと思ったのだ。だから、エリシアを守るためにもアルフレッドは同じ冒険者になろうと決めたのだ。
それから剣術の特訓をした。親からは向いていないと言われたが、エリシアを守るためならばどんな努力も厭わない覚悟であった。
そして、アルフレッドが15歳の時に《剣士》の祝福を得る。
「アルフレッド、《剣士》の祝福をもらったのね! よかったじゃ無い!」
エリシアに報告した時の笑顔が眩しかった事を覚えている。
15歳を過ぎてからはアルフレッドは冒険者になるために色々とやった。同じ冒険者を目指す男連中とつるんで特訓をしたりもした。
アルフレッドが16歳の時にヴィレディに紹介されたのが、ケリィである。ケリィは名前の通り、元々は別の村出身であるが、数年前からリナーシス村に住んでいた冒険者である。親からは「ああいうゴロツキとつるんではダメだよ」と言われていたが、冒険者であったケリィは確かに色々と知っており、ケリィから冒険者のノウハウを学んでいたのだ。
そして、事件が起きたのだ。
アルフレッドはエリシアに……《英雄》である彼女にふさわしくなるために旅に出る事を決意した。そして、アルフレッドは家に書き置きを残して、故郷であるリナーシス村を旅立った。
「エリシアに相応しい男になるために、冒険者になります」
そこからは苦難の日々であった。
【鉄級冒険者】になったアルフレッドは日々雑用を行った。
ある時は冒険者パーティのポーターをやった。
ある時は別の冒険者パーティのクエストに参加した。
倒せない敵もいたが、倒せるように特訓して次にあった時には倒せるようになった。
それから、1月後に、アルフレッドはある人物に出会う。
それは、冒険者パーティと組んで依頼を受けていた時のことだ。
「ぐっ! まずい! コイツはネームドだ!」
前衛の男がレッサーオーガの攻撃を避けながら、そう言った。そのレッサーオーガは手配書に記載された特徴を持った魔物であった。
「こんなところにレッサーオーガが出るなんて情報はなかったぞ!」
「俺も前に出る!」
「おい、アル!」
アルフレッドはロングソードを構えて前に出る。
「はああぁぁぁぁっ!」
アルフレッドの攻撃を受け、レッサーオーガの肌が切り裂かれる。
「ガァッ!」
レッサーオーガの反撃をすぐにアルフレッドは剣でいなす。
「せりゃぁっ!」
そのまま、レッサーオーガの左腕を切る。ズバッと音を立てて左腕の肘から先を切り飛ばした。
「ヤルナ、ニンゲン!」
レッサーオーガの右腕での攻撃がアルフレッドの顔面に当たる。爪で顔を切り刻まれるが、アルフレッドは怯むことは無かった。
「せいっ!」
すぐに体制を立て直して、胴を切る。数度の攻防があった後に、アルフレッドは剣を上弦に構えると、レッサーオーガを縦に切り裂く。
レッサーオーガのネームドは、あっけないくらい素早くアルフレッドに討伐されてしまった。
「アル! 大丈夫か?」
「ああ、だが、まだ魔物はいる。残りを討伐しないとな」
「アル、これを」
アルフレッドは冒険者から回復薬を受け取る。顔からものすごい量の血が出ているが、アルフレッドは平気であった。回復薬を飲んで、布で血を拭うと傷はほとんどふさがっていた。若干傷が残りそうではあるが。
「ふむ……。面白い若者がいるな」
そんなアルフレッドの様子を、1人の人物が見つめていた事をアルフレッドは知る由もなかった。
アルフレッドが依頼を終えて、冒険者ギルドに戻る。いつものように報酬を得て、再度臨時のパーティ依頼を出してもらったアルフレッドは、空いている席に座った。
「すまないが、相席しても構わないかね?」
老人のよく通る声が聞こえて、アルフレッドは振り向いた。そこには、ただならない雰囲気を醸し出した老兵が立っていた。顔に傷があり、皮膚は黒い。しかし、顔立ちはフェルギン人の特徴があるので、外国の冒険者には見えなかった。
「え、ええ……どうぞ」
「すまないね」
老兵はそう言うと、アルフレッドの正面に座った。アルフレッドはこの老人がとてつもなく強い事をすぐに理解した。黒い甲冑もそうであるが、漆黒の大剣や腰に刺した様々な剣を見れば、誰だって只者では無いと理解できるだろう。
アルフレッドはなぜ、この人がここにいるのだろうと思った。
「いや、なに。君に興味が湧いてね。話してみたかったのだよ。だからそこまで警戒しなくていい」
警戒と言うよりも緊張である。《剣聖》にして英雄、生きる伝説にして七本の剣である、ヴィリディア・アスタンビアその人が、アルフレッドの目の前にいるのだから。
「い、いえ……! な、何の御用でしょう……?」
「いや、何。鉄級冒険者にもかかわらず、レッサーオーガのネームド……あれは【魔爪のボアザン】だったかな? を剣1本で倒してみせた少年がいたのでな。どんな奴かと気になってついてきたのだ」
「は、はぁ……」
アルフレッドは【鉄級冒険者】のままである。精力的に活動しているとはいえ、たったの1ヶ月である。【銅級】に上がるには期間も実績も足りなかった。
だけれども、アルフレッドはポーターとして冒険者について行ったにもかかわらず、魔物の討伐をしていた。それもこれも、エリシアに相応しい男になる為である。
「君はポーターだろう? 何故そう生き急ぐのかね?」
ヴィリディアにじっと見られて、アルフレッドは緊張してしまう。
「え、えっと……俺の愛する人に相応しい男になるためだと言ったら笑うか?」
アルフレッドの答えにヴィリディアは「ふっ」と笑う。
「愛する人に相応しい男か……。面白い少年だ」
ヴィリディアはそう言うと、笑みを深める。
「ならば、もっと力を求めるか?」
「それは、もちろんそうに決まっている。魔王だか何だか知らないが、それを倒す必要があるしな」
アルフレッドはエリシアが《英雄》として、魔王と戦う事になる事を知っていた。最近になり、勇者代表としてエリシアが話しているのを映像として見たからだ。
「ほぅ……魔王か……」
「ああ、だから俺は強くなる必要があるんだ」
「ならば、少年。儂と共に来るか?」
「え、それってどう言う……?」
「なに、お前さんを気に入っただけだ。その《剣士》の祝福だけで、どこまで強くなるかと気になってね」
ヴィリディアはそう言って笑う。
「アルフレッドと言ったか? 付いて来い。……強くなりたいならばな」
ヴィリディアはそう言うと、立ち上がる。アルフレッドはこれはチャンスじゃ無いかと思ったので、慌てて荷物を抱えてヴィリディアを追いかける。
「ま、待ってくれ!」
ヴィリディアが一体アルフレッドの何を気に入ったのかは分からなかったが、《剣聖》が教えてくれると言うのだ。ならば、このチャンスを逃すすべはなかった。
こうして、アルフレッドの修行の日々が始まったのであった。
アルフレッドの話です。
アルフレッドの実力は【銅級】の上位レベルはあります。祝福は《剣士》には変わりません。