トロール戦1
翌日、あたし達は近郊の森に来ていた。森は案の定魔物の巣窟となっており、あたし達は出会った魔物を狩りつつ、時にやり過ごしながらトロールの住処を探索していた。
「ふぅ、どんだけジャイアントアントがいるのよこの森は!」
サシャはそう文句を言いながら、《火炎弾》で複数体のジャイアントアントを丸焼きにする。
「この近くにジャイアントアントの巣があるのかもね」
ベネットは軽口を叩きながら、後衛に魔物が行かないように遮りつつ、切り倒していく。
あたしはと言うと、最前線で5体のジャイアントアントを相手に戦っていた。
この程度の動きはあたしにとっては予測しやすく単調であった。
「ふっ」
息をつくと、あたしは1体目のジャイアントアントを頭部と胴体、尻に一息で切り分ける。そのまま、2体目、3体目も無難に処理して、4体目5体目も、膾切りにしてしまった。
あたしにとってはこの程度の事ではあるが、ジェイル含めみんなにとっては驚く事らしい。
「いやー、相変わらず強いねぇ!」
「ジャイアントアント5体を瞬殺とか、なかなかできる事じゃないぞ」
「そうかしら?」
あたしはロングソードからジャイアントアントの体液を拭う。とりあえず、近場のジャイアントアントはパーティで討伐してしまったようで、辺りには気配を感じなかった。
「ふむ、どうやらジェイルが倒したのが最後だったようだな」
ベネットがそう言うと、ベネットとジェイルは武器を納める。ジェイルは3体、ベネットは4体倒していた。サシャは9体か。あたしはサッサとジャイアントアントの触覚を切り取って回収する。といっても、ジャイアントアントの討伐程度では、3体で1エリン程度なのだが。合計21体倒したので、今回の討伐報酬は7エリンである。
「ああ、しかし、これだけ魔物が出ると消耗が激しいな。エリシアちゃんは割と余裕そうだが、俺はちょっとくたびれてしまったわ」
たしかにジェイルは息が上がっている。たしかに先ほどのジャイアントアントの集団以前にも、ジャイアントリザードやジャイアントスパイダーもいたが、ベネット達はそれほど苦労せずに倒していた。トロールはソロなら銀級中位、パーティなら銅級上位のパーティに受注されるクエストであるが、ベネット達は銅級上位のパーティなのだ。だからこそ余裕なのだろうが、流石にここまでの連戦は疲労がたまるようであった。
「少し休憩にしようか。サシャ、魔力は大丈夫かい?」
「ええ、エリシアちゃんのお陰でだいぶ節約できているわ」
「そうか、ならばシアは?」
「むしろエリシアの方が魔力使ってる。わたしは大丈夫」
「エリシアちゃんは……?」
あたしは自分の魔力残量を見る。……ざっと見て、8割程度は残っている。少し休憩すればすぐに回復しそうである。
「そうね。あたしは基本的に前に出て剣で切っていただけだし、少し休憩すればいい感じかしらね」
あたしの返答を聞いて、ベネットは小瓶を取り出した。
「それじゃ、休憩にしようか」
「それは……?」
「魔除けのアロマだよ。焚くと少しの間魔物が寄り付かなくなるんだ」
聞いたことがなかったけれども、小瓶には見覚えがあった。冒険者ギルドで取り扱っていたはずである。
「便利なものもあるのね。街道で使わなかったのは?」
「このアロマは1時間程度しか持たないんだ。それに、街道は出てもゴブリンが2匹程度だからね。このアロマも結構値が張るんでね」
費用対効果を考えると、アロマを使うよりは見張りをした方が良いのだろう。シアが帳簿をちゃんとつけているようなので、それも考えるとしっかりした冒険者パーティである。
ベネットが専用の器具でアロマを焚くと、周囲にアロマの香りが充満する。この香りはオレンジの香りに近いだろうか。
「これが、魔物除けのアロマ?」
オレンジの香りは、気分がスッキリして目が冴えるアロマだったはずである。あたしも女の子なので、そう言う情報には明るい方である。と言うか、ギルドで働き始めてからアロマにハマっていた。
「結構スッキリするのよね。魔力が回復するような匂いでも入ってるのかしら?」
「うーん、精神的には回復するかもだけれど、直接魔力は回復しないと思うわ」
もしかしたら、前世で言うゲーム的にはティーツリーのアロマを使うと病気耐性とかつくのかしら、とふと疑問に思うのであった。
「そうなんだ、残念ね」
「精神回復にはペパーミントやバジルが良いようだけれどね」
あたしはそう言うと、懐からペパーミントのアロマの入った瓶を取り出す。そして、専用の器具にペパーミントを1滴垂らす。ペパーミントの香りがあたりに充満する。
「オレンジの香りの中にスッキリとした臭いが混ざったね。たしかにこれはスッキリして精神的にも回復しそうだ」
「だな、これで1時間ほどゆっくりすればだいぶ回復しそうだ」
「それじゃ、休憩しよう。サシャ、エッチなの禁止ね」
「しないわよ! しばらくしたら魔物と戦うわけだし、体力を温存しておきたいもの!」
という感じで、あたし達は1時間ほど休憩を取るのであった。
休憩を挟んで再びあたし達は探索に戻る。と言っても、目的のトロールの根城はすぐに見つかった。
「どうやら、あの穴蔵を根城にしているみたいだな」
ジェイルはサッと様子を伺ってきたようだ。
「中は人の死骸もあった。遺品からして近くの村人だろう。他に野生動物の死骸もあった。間違いないだろう」
トロールは戦いが好きな魔物であるとされている。低級のトロールは単に戦うのが好きなだけであるが、上級になればなるほど……ダークトロールクラスになると強者としか戦わないか、軍を率いることがあり人間と戦争しているとも聞く。
ダークトロールは、海の向こう側の闇の大陸と呼ばれるヴェルランダ大陸にいると言われている。今回は関係のない話ではあるが、いずれあたしも戦うことがあるかもしれない。
まあ、今回はトロールである。トロールは雑食のため何でも食べる。もちろん、人間もである。村を襲うことはほとんどないが、飢饉があると村を襲って飢えをしのぐこともあるとされるレベルでは危険視されている魔物だ。一般人では瞬殺されるし、実力が無い冒険者では到底叶うはずもない。
オーガ……正しくはレッサーオーガと言うらしいが、それよりも危険度は高いのだ。レッサーて事は本当のオーガもいるのだろう。
「それじゃ、強化魔法をかけるわ」
あたしはそう言うと、ルーン文字を空中に描く。
【原初の力よ、全てを照らす光よ、大いなる炎の力よ、我等に敵を打ち滅ぼす力を与えたまえ。──《天使の息》!】
全員に《天使の息》を掛け直す。少し強めに魔力を込めると、全員の身体が光に包まれ、あたしは若干身体が軽くなる感覚を覚える。
実際、いきなりシーナのように詠唱もルーン文字も無しで魔法を使うという感覚が掴めないため、あたしはいつも通りに魔法を使うのであった。
「しかし、《天使の息》ね。シアは聞いたことあるか?」
「……無いけど、この世には発見されてない魔法なんていっぱいあるし、発表するかどうかは魔法使い次第だから、エリシアがわたしの知らない魔法を使えても普通」
ジェイルに尋ねられてシアはそう答える。
まあ確かに、ルーン文字の組み合わせだけでも無数にあるのだ。全ての魔法を発見すると言うのは難しいだろう。それに、便利な魔法ほど隠匿したいものであると言うのもわかる。
「サシャもオリジナルの魔法を覚えてるしな」
「ちょっ! ベネット!」
サシャの顔が赤くなり、ベネットがクツクツと笑う。
「サシャのエロ魔法とかどうでも良いから」
シアは呆れたようにそう言う。
「べ、別に私のオリジナル魔法はそれだけでは無いわ。と言うかなんでシアが知っているのよ!」
「もちろん覗き見た」
「覗かないでよ!」
あたしはシアのキャラがわからなくなりつつあった。表情や口調には喜怒哀楽がほとんど出ないにもかかわらず、行動から喜怒哀楽がはっきりわかるのだ。
「……おっと、奴さんのお出ましみたいだぜ」
あたしも気配を感じていたが、指摘したのはジェイルであった。サシャもシアも、すぐさま戦闘モードに切り替える。
トロール……大柄でその個体は2メートル50センチほどの体格をしていた。肩に担いでいるのは、人間……冒険者や村人だろう、それの死体であった。
「やっぱり“人肉喰らい”か……!」
「かなり厄介だな。気を引き締めて行くぞ」
トロールの“人肉喰らい”と言うのは、それだけ強いと言うことの証左である。が、“人肉喰らい”の個体は総じて通常の個体よりも強い場合が多い。野生動物でも人肉の味を知っている熊とそうじゃない熊の強さの違いがあるけれども、そう言うことだと思えばいいだろう。
あたし達の敵意に気づいてかトロールが此方を向いた。
「ゲハハ! 飯が向こうからやってくるなんてな! 今日はついてるぜ!」
トロールは流暢なダルヴレク語で嬉しそうにそう言った。獲物は、石を粗く削った剣である。あんなので切られれば、ミンチになってしまうだろう。
「なるほどね、そこの死体の損傷は、あの武器の切り跡な訳か」
ベネットは納得したようにそういうと、盾を構えて前に出る。
「ジェイル、支援を。エリシアちゃんも後方で。前に出るのは俺がいいだろう」
ベネットの指示に、ジェイルは「わかった」と言うと、ベネットの後ろに下がる。あたしも剣を構えたまま、ベネットの指示に従うことにした。
「死ぬ順番は決まったか? なら死ね!」
トロールはそういうと、巨大な石の剣でベネットを斬りつける。ガキィンっと音がして石の剣が弾かれる。いや、ベネットが盾で弾き上げた。その隙を使ってベネットは攻撃するが、トロールは上手く回避して次の攻撃を放つ。ベネットはそれも受け流す。その度に激しく鈍い音がする。
流石にあれほどの重い攻撃だ。受ける度にベネットは苦しそうな顔をする。
ジェイルも攻撃に参加する隙を伺っているが、ベネットとトロールの打ち合いは隙がほとんど無く、今のバランスを崩せばベネットが押し負けるのがわかっているからか手出しができない様子であった。
なので、ここは魔法の出番だろう。あたしとサシャは魔法を唱える。
【──《火炎砲弾》!】
【──《氷檻》】
あたしが足止めように氷の檻を作り足止めをし、サシャが攻撃魔法で攻撃するといった感じである。
ベネットはうまい具合に《氷檻》を回避して、トロールの足元のみが凍りつく。
「ちぃっ! 小癪な!」
吐き捨てたトロールの脳天に炎の砲弾がぶち当たる。《火炎砲弾》はサシャのオリジナル魔法だろう。巨大な炎の塊を大砲のように飛ばす魔法だ。流石に高威力だろうと思ったが、トロールは健在であった。
「げほっ、げほっ! あっちいな!」
顔の表面は焼けているが、軽度のやけど程度に見える。
「そんな……!」
効果があまりなかったことにサシャは驚きを隠せない。いや、違う。
「あいつ、魔力抵抗のアクセサリーを身につけてやがるわ……!」
おそらく、冒険者から奪い取ったであろう魔力抵抗のイアリングをトロールがしているのが見える。あれが原因で魔法による攻撃が軽減されてしまったのだろう。
「そんな! 私の魔法はそこまで弱く無いわよ!」
「サシャ、アイツ他にも装備してる」
シアの指摘にあたしが確認すると、イアリング意外にも指輪やネックレスに魔法耐性があるものを装備している。ギルドが店売りしているものなので、見ればわかる。
「冒険者から奪い取って装備しているようね……」
あたしの推察にトロールはニヤリとする。
「ははっ、コイツは戦利品だ! お前らは俺様にどんな戦利品をくれるのかな?」
トロールは攻撃を再開する。ベネットはそれに耐えているが、魔法が効果を示さないことがわかった今となってはジリ貧である。
「……あたしがアクセサリーを回収するわ」
普通のトロールならサシャやジェイルがとどめを指すのだろうが、この無駄に知恵と力のあるトロールを討伐するためには、あたしが動いた方が良さそうだった。
「いや、それは俺が……!」
「もちろん、ジェイルにもサポートしてもらうわよ?」
あたしは考えた作戦をジェイルとサシャに伝えることにした。