ガールズトーク
「そう言えば、エリシアちゃんって好きな人とかいるの?」
不意にサシャにそう聞かれて、あたしは虚を突かれてしまう。
「え、いきなりなによ」
「いやー、エリシアちゃんと言えば、シーナくんに助けてもらったお嬢様じゃない? 色恋沙汰はどうなっているのかなと」
「あたしはお嬢様じゃないわ。ただの村娘よ。まあ、今ではそうと言えるかあたしにも自信はないけれどね……」
それに、シーナははっきり言うとあたしの別人格である。あたし自身に何を思うこともない。
「村娘なら思い人ぐらいいそうだけれど……」
サシャの言葉に、アルフレッドの顔が過る。
「そういえば、どこの村出身?」
「へぁっ?!」
あたしは変な声が出てしまった。それにサシャは訝しむ。
「どうしたの?」
「ああ、あんまり思い出したくない事を聞かれたから、びっくりしたのよ」
「……ああ、そうだったわね。不躾な質問だったわ。ごめんなさいね」
サシャはあたしが滅ぼされた村の出身である事を思い出したのか、謝罪する。
「良いわよ。まあ、あたしにも想い人ぐらい居たわよ。滅ぶ前にはすでに冒険者になって村を出ていたみたいだから、何処にいるかは知らないけれど生きてることはわかってるしね」
あたしが暗くなりかけた雰囲気を戻すために、話題を戻すと、サシャはそれに乗ってくれた。
「おお! どんな人どんな人?!」
「うーん、普通じゃないかしら? ベネットみたいに格好良くも無いし、冒険者として腕が立つ訳でもなかったしね」
アルフレッドは、あたしの幼馴染で元婚約者である、平凡な顔の少年だ。栗色の髪に藍色の瞳をしている。そう言えば、思い出したけれどももっと幼い頃からずっとあたしと結婚するって言っていたはずだ。
「ただ、幼馴染で、なんかずっと一緒にいた気がするわね」
「おお、結構ガチなやつだった」
特に、前世の記憶が蘇る前は多くの時間を一緒に過ごしていた気がする。と言っても、村のみんなと遊んでいるときにいつも遊ぶメンバーにアルフレッドが居たと言う感じだが。
恋と言うよりは、親愛に近い気がするけれど、たぶん恋人にするならばエルウィンさんよりもアルフレッドを選ぶだろうなと想像がつく程度には、あたしはアルフレッドの事を気に入っていた。
「ただ、恋って感じじゃ無いけれどね」
アルフレッドに感じていたのは、どちらかと言うと家族に似たものだったと思う。それでも、アルフレッドならって言うのはあったわけで、あたしはこれは恋では無いと思っている。
「ふーん、まあ村だと同世代全員が幼馴染ってザラにあるし、そう言うものかしらね。ほとんどの村って嫁ぎ先は親が決めるんだったかしら?」
「そうね。そんな感じだったわ」
「大変よねー。まあ、わたしは街出身だし、そう言うのが無いけれどもね」
「サシャはベネットにゾッコン」
「ちょっ! シア、いきなり割り込んでブッ込んでくるわね!」
「昨日も木陰で激しく……」
「あわわわわ!! エリシアちゃんには早い話題よ! て言うかいつから観てたのよ!」
「もちろん、二人でコソコソ抜け出してから」
「最初からじゃない! なんでピースサインするのかしら?」
ちなみに、このパーティは全員あたしより年上である。ベネットが19、サシャが18、ジェイルが22、シアは17だったかしら。
「まあ、そう言う話題は好きでは無いけれど、15歳の村娘なら結婚して子供もいる子もいるから、問題ないと思うのだけれどね」
あたしがそう言うとサシャはシアに文句を言って荒げた息を整えて、「ふーん、そ、そんなものなのね」と納得したのか話題をそらしたのかわからない感じで話題を変えた。
「そう言えば、シーナさんとはどうやって助けてもらったの?」
「わからないわよ、そんな事は。記憶が抜け落ちているんですもの」
「なんか壮絶な感じ?」
あたしは首を横に降る。実際わからないんだけどね。
「わからないわ。だって、思い出せないんですもの」
「あっ……」
サシャは再びしくった感じの表情をする。まあ、よく考えたらあたしの過去の話題は地雷原だなと思う。なんと言っても、15歳で村を滅ぼされ、奴隷として売られそうになった挙句に2週間意識不明だったと言う設定なのだ。実際重たい設定であるし、当人に聞くには憚られる内容だなと思う。
なので、あたしから話題を変える。
「……えーっと、サシャはどこの街出身なのかしら?」
あたしの助け舟に、サシャはすぐに乗っかってくれた。
「私はアコットの出身になるわ」
アコットと言う街はアクセルから北西北にある街だ。隣国とも近く、雪国であると言うのはギルドで学んだ知識である学んだ知識である。
「北のほうから来たのね」
「ええ、と言っても、雪が降るのはこの時期だけなのだけどね。アクセルに比べれば、小さな街よ」
単にアクセルの街がでかいだけな気がしないでも無い。エストフェルギンを少し小さくした程の大きさであるので、都市レベルはあるだろう。温暖な気候だし、風の季節とは思えないほどには暖かいのだ。前世の世界で言うところの緯度が違うという事なのだろうか。リナーシス村は水の季節には雪が降っていたのでおそらくは違うのかもしれない。あたしは国の形をそこまで知っているわけでは無いのだ。
「どんな街なの?」
「そうね、米って知っているかしら。私の街の近辺の村で取れる穀物なんだけれど、それの加工品が街の特産品よ」
米……と聞いて、あたしの中のニホンジンが首をもたげる。
「米……聞いたことがないわね。……でもきっと美味しいのでしょうね」
これは確信に近い直感であった。薄れては来つつあるが、それでも前世の17年分の記憶である。米をつかって作られた、ワンと呼ばれる器に盛られた白い米は一種の憧れもあった。
「そうね。小麦と同じく粉にしたり、エールとは違ったお酒にすることができる穀物なのよね。お酒にする方法も独特で、酒造の方法からライスワインと呼んでいるわ」
どうやら、炊くと言う調理法は無いようであった。どうやら、小麦の代替植物みたいな立ち位置っぽい。
これはおそらく、シーナの感覚だろうけれども、あたしは炊きたての米を食べたいなと思ったのだった。
「サシャ、エリシアは興味津々」
「みたいね。今度送ってもらうわ。まあ、流石にライスワインはダメだけどね」
「本当! 楽しみにしているわ!」
思わずよだれが垂れてしまったので、ハンカチで拭う。ただ、コシヒカリのように品種改良は行われていないだろうから、パエリアみたいな料理で食べるのが良いのかもしれない。
「そう言えば、アクセルには米は売ってなかったけれど、どうしてかしら?」
不意にあたしは疑問に思った。
「え? いや、米粉やお酒として売られているわよ」
「米本体よ!」
「それは売ってないわね。自分で引かないと使えないもの。小麦だって、粒では売ってないでしょ?」
どうやら、米は本当に小麦のようにしか売っていないようであった。もったいない。
「産地なら、食べ方とか工夫しなかったのかしら? 例えば炊いたり、とか」
「“タク”?」
「ええ、水に粒をつけて一定の温度で1時間ほど火にかけるの。そう言う調理法を【炊く】って言うのよ」
ふと、解説して思ったのだけれど、フェルギンでも【炊く】なんて調理法は存在しなかった。あ、不味いなと思ったのですぐにフォローを入れる。
「あ、あたしの村ではそう言う調理法があったから、米でやったらどうかなって思っただけよ!」
「へぇ、エリシアちゃん物知りなのね」
「あたしの家ではあたしが料理番をしていたからね。料理に関してはそれなりの知識はあるわよ」
「そうなんだ! じゃあ今度何か作ってよ」
「良いわよ」
ふぅ、話をそらすことができて良かった。
そんな感じで話をしていると、ギルドから紹介された目的の宿屋──【碧い宝石亭】に到着した。この国の住居は基本的に石造りの壁に木の板のフローリングが一般的であるようである。フェルギンも同じような感じなので、広く見た地域で一般的なのかもしれない。
実際、フェルギンとリフィルでは、多少の違いはあっても、文化圏的には同一な感じがする。
宗教観とか、生活レベルとか、細かいところは結構差があったりするんだけれどね。
「はい、いらっしゃい」
扉を開けるとカランカランと鈴が鳴り、受付のオバさんが退屈そうな感じで声を掛けてくれた。
「5人で2部屋で」
「ん」
おばさんはサシャの注文に、顎で宿泊者名簿を指した。サシャは気づくと、自分の名前と、ベネット、ジェイル、シアの名前を書く。
「エリシアちゃんは書けるかしら?」
「? ああ、大丈夫よ」
あたしは自分の名前を“エリシア”とだけ記帳する。もちろん、ダルヴレク語だけれどね。
書き終わると、「1泊2部屋で160エリンね」とおばさんに催促されたので、サシャが支払いシアが記帳する。部屋代が1泊80エリン、一泊だと若干高めな気がする。安めの宿なら1泊50エリンだからだ。
お金を払うと、おばさんはどかっと2つ鍵を机の上に出す。
「ん」
あたし達はそれを受け取り、部屋に向かう。部屋の番号はタグが付いているためわかる。
「3番目と4番目の部屋ねー」
態度が悪いのが気になるのは、あたしの前世の知識からだろう。ただ、80エリンも取るのにと言う気持ちはしないでもある。
二人の顔を見ると、気にした様子ではなかったため、この国ではこれが普通なんだと言い聞かせる。そう考えると金糸雀亭は結構サービスがいい方なのだろう。
部屋に入ると、荷物を棚に収納し置いてある鍵を締める。
「さて、部屋も確保したし、自由行動ね。と言っても、エリシアちゃんは私たちと同行してもらう必要があるけれどね」
そりゃまあ、護衛もこのパーティが受けているわけだし、纏まって行動するのが一番だろう。
「問題ないわ」
「良かった。それじゃ、私たちは回復薬とかの調達に行きましょうか。在庫、どれぐらい残ってたっけ?」
「下級回復薬が2本、中級回復薬が5本、下級マナポーションが4本かな。道中で拾った薬草とか売れば良いかも」
「あー、下級回復薬が足りてないわね。道中で使ったから仕方ないか。それじゃ、買いに行きましょ」
という事で、ディグリアでの1日目昼はそんな感じで過ごしたのだった。
ディグリアでの1日目です。
次回は戦闘描写多目になります。