南の街へ
遅くなりました!
今回の話はリフィル王国で冒険者として初めての依頼になります。
2月後の重要な出会いも気になるけれども、あたしは次の日からベネット達と遠くの街に、依頼を受けて行くことになっていた。
その話を聞いたのは、女神様が現れた日の夜である。
「やあ、エリシア。話があるんだけれど、大丈夫かな?」
「ひっ、あ、ああ、ベネットね。何かしら?」
怖がる必要はないはずなのに、怖がってしまうのはやはり別の問題なようであった。こればかりは仕方ないのかもしれない。前世の世界ならカウンセリングも気軽にできるだろうけれど、あたしの世界にはいわゆる精神病と言うのは病気として定義されていないのだ。なので、カウンセリングなんかは存在しないのだ。
あたしの返事に、ベネットは驚いた表情をする。
「? どうしたのよ?」
「いや、今日はなんだか表情が豊かだなと思ってな」
「あー、そ、そうかしら? 普通にしてるつもりなんですけど」
あたしは仕事モードに切り替えて返事をする。
とりあえず、このままでは話が進まないので先に進めるようにサシャの方を見る。
「そうね、それじゃあ今回の依頼の内容を説明しようかしら」
サシャは身体を使ってベネットを押しのけると、依頼書を見せてくれた。
「ここから南の方にあるディグリアと言う街まで行って、魔物を討伐する依頼よ」
「ディグリア、ですか」
「ええ、今はエリシアちゃんの護衛があるから移動はしないけれど、候補としてディグリアの様子を見るついでに任務を受ける感じになるわ」
依頼書を見ると、トロールの討伐と記載されていた。オーガほどでは無いけれど、3メートルはある巨体に浅黒い肌、低い知性ではあるがその怪力から恐れられる魔物である。
とは言っても、それなりの冒険者が2、3人戦えば余裕で倒せる魔物だ。オーガに比べれば容易いだろう。あたしなら単独で倒すこともできる魔物だ。
そう考えると、あたしの戦闘力は常人のそれを逸脱しつつあるのだろう。さすがは《英雄》の祝福である。まあ、あたしとしても肩慣らしになりそうな依頼だなと思ったのは事実である。
「まあ、トロール程度ならば苦戦することはないだろう。魔法が使えるサシャとエリシアちゃんがいるんだ。普通よりは余裕だろうね」
ベネットはそう言うと、自分の愛刀をコンコンと叩く。
「そうね、ベネットは強いから問題ないわね」
ベネットの強さはサシャも自慢らしい。
それに、シアがあたしに近づいて耳打ちした。
「……ベネットはヤリチンだから気をつけて」
「でしょうね」
「ただ、悪い人じゃないのは保証する」
それは彼らのパーティを見ていれば分かることである。実績も調べたけれど、なかなかに堅実な中堅冒険者チームであり、少しぐらい無理な依頼は受けたとしても、無茶や無謀な任務を受けたりはしなかった。ジェイルの情報収集能力とベネットの決断力、状況判断力が優れているからだろう。
だからこそ、ギルドマスターから直々にあたしを護衛する依頼を任されたのだ。
という事で、あたしは翌日にはベネット達と一緒にディグリアへと徒歩で出発していた。あたしはいつも通り、私服に胸当てとロングソードを装備したスタイルである。いつもの軽装備と言ったら伝わるかな?
もちろん、あたしの装備を見て驚かれたし、「それって軽戦士スタイルだよね」とベネットに言われたけれど、あたしは「そうよ」と答えるだけにした。
あたしがアクセルの街で2週間生活をしている間に……実際は1月ほどで世界は大きく変わってしまったようであった。アクセルの街がまだ見えるほどのところで、スライムやゴブリンと言った魔物に簡単に遭遇したのだ。
ゴブリン……嫌な感じがするけれども、あたしは魔法を使うまでもなく斬り伏せてしまう。ベネット達も慣れた様子で魔物の集団をあしらっていた。
「こんな街に近い場所で魔物と遭遇するなんて……」
「魔王が現れてから1月は経つのよ。魔物達は活性化して未開拓地帯なんかはとっくに魔物の巣になっているわ」
「そうそう、それに、軽く森に入っただけなのに、上位の魔物に遭遇したって話も聞くしな」
「その魔物を討伐したのは僕たちだろう?」
「おっと、そうだったそうだった」
なるほど、ギルドが忙しいのはそう言う魔物の活性によって生息地が変化していたり量が増えてたりするからなのだろう。あたしはてっきりリフィル王国は魔物が多い国なのかと思っていたけれどもそう言うことではなかったようである。
さて、ギルドの仕事の忙しさも腑に落ちたので、目の前の仕事に集中することにした。と言っても、あたしは基本的に後衛で強化魔法しか使わないのだけれどね。
シアは回復魔法専門で、様々な回復魔法が使えるけれど、攻撃魔法はさっぱり使えない、逆にサシャは攻撃魔法に特化していて支援魔法は使えないと言った感じであった。なのであたしは支援魔法を使う感じである。支援した後はもちろん、ベネットとジェイルの動きが良くなるので、あたしがすることはなくなってしまう。と言った感じであった。
ベネット達もちょうど支援魔法が使えるメンバーは欲しかった感じだったそうだ。
「エリシアちゃんってルーン文字使えるのね」
「まあ、そうね」
サシャとシアに驚かれたのは言うまでもなかった。そりゃまあ、詠唱魔法が簡単だから仕方ないのだけれどね。
そんな道中を繰り返し、2日後にはディグリアに到着していた。アクセルよりも少し小さい程度の規模の街で、冒険者ギルドも街の規模に合わせて少し小さい。
トロールのランクは銅級の上位から銀級の下位冒険者対象の依頼なので、その依頼の中心となる拠点から近い拠点に同じ依頼が張り出されるため、アクセルにも依頼が回るのだ。当然ながら難易度が高ければ高いほど広い地域で募集されるのは言うまでもないが。
「はぁー。ようやく到着ね!」
「魔物が出るようになって、定期便や商隊以外で馬車が出せなくなったからな。しかも、ディグリアまででも片道85エリンときた。報酬が500エリンだから、馬車を使うと痛いんだよな」
ちなみに、冒険者を雇って護衛するために定期便でもそれほどかかるのだ。遠いけれど、徒歩で二日ならば歩いた方が経費削減には良かったのだろう。
ちなみに、夜の見張りはベネットとジェイルが交代でやってくれていたため、あたしはゆっくりと寝れたのは助かったが。
さっそく、あたしたちがディグリアに入ろうとすると、門番の兵士さんに止められる。
「冒険者か? 通行税を払ってもらう必要があるが」
「おいくらです?」
「一人10エリンだ」
ベネットが代表して全員分の通行税を支払う。報酬から引かれる経費なので、あたしは特に何も言うことはなかった。この冒険者チームの方針として、移動や購入した武器・防具は費用として計上し、余った利益の10%をチームの資金に、残りを山分けすると言うことらしかった。
ベネットが払うのを確認して、シアが本……前世的に言うなら帳簿に記帳していた。
「ん、ちょうど50エリンだな」
受付の兵士さんは確認すると、受付の引き出しから紙を取り出し、判を押す。
「冒険者の滞在期間は20日だ。超える場合は事前に冒険者ギルドに通達してくれ。過ぎた場合は1日20エリンの超課税を徴収する」
「あいよ」
ベネットは兵士さんから滞在証を受け取ると、あたし達に
それにしても、隣国であるにもかかわらず、使っている貨幣は単位から同じものである。違いは、発行された国の国章が裏面に記載されている事か。
前世の知識から、あたしはエリンはユーロみたいなものかなと思う。よくわからないけれど、社会の授業で出てきた内容である。普通、国が違えば単位も価値も変わるものであると認識しているのだけれどね。
ちなみに、100エリン単位までは銅貨、1000エリン単位から銀貨を用いる。10万エリン単位から金貨だ。
お金の話はこれぐらいでいいかな?
あたし達はディグリアに入る。街は高い壁で囲まれており、特に最近は魔物が出るはずのないところに出現するようになったせいか、壁の補強・増強がされていた。
街の中心部まで来ると、賑わってはいるがやはり冒険者の姿を見ることが多かった。こう言う時代になってしまったのだなと少し残念に思ってしまう。だからこそ、勇者様方が召喚されたわけであるが。
ディグリアの冒険者ギルドに到着し、依頼を受注した旨を伝える。他とバッティングしていないかの確認が取れ次第、ベネット達のパーティが正式に受注した事になるのだ。
「……はい、確認とれました。では、正式にこちらの依頼をベネットさんにお任せいたします」
「ああ、任せてくれ」
まあ、到着して早々に依頼を遂行しに行くわけではない。2日の旅で疲れているので、明日に行くことになった。
「みんなもそれで良いね?」
「ああ、それじゃあ俺は情報収集してくるわ」
「あー、お風呂入りたいわ。さっそく宿を抑えてくるわ。シア、エリシアちゃん、行きましょ?」
「わかった」
「わかったわ」
「それじゃ、宿は女性陣に任せて、僕はギルドや街の様子を確認してこようかな」
という事で、あたし達女性組は宿を取りに、男性組は情報収集に別れることになったのだった。