プロローグ
みなさん、あけましておめでとうございます!
第2部はエリシアが意識を回復したところからスタートです。
またよろしくお願いします!
第1部が暗い感じになってしまったので、なるべく明るめな話にします。
あたしは不意に目が覚めた。
知らない天井が目に入るが、おそらく何処かの宿だろうということはすぐにわかった。
知らないはずなのに慣れた感覚と言う不思議な感じがする。
身体を起こすと、頭はぼんやりとはしているが、ちゃんとあたしの意思で身体が動いた。
周りを見渡すと、宿の部屋はあたしの──エリシア・デュ・リナーシスの記憶には存在しない風景であった。
ここはどう考えても、ソランゴルの宿屋ではないし、リナーシス村の宿屋でもなかった。王都から東側の街のどの宿屋とも違う部屋の風景に、戸惑いを覚えて辺りを見回す。部屋の細部は見覚えが確かにあり、使い慣れている感じがあった。
「いったい、ここはどこなのかしら? それに、なんで宿屋だと確信があるのかしら……?」
いろいろと疑問は多いが、あたしはベッドから身体を起こして色々と確かめる。別に胸が縮んだとか男根が生えたとか、そんな変化はなさそうであった。それに、あたしは一安心する。
「良かった。……何があったのかはよくわからないけれど」
そう感じたのは、あたしには理由がわからなかったけれども、重要なことのような気がした。
ふと、テーブルを見ると、手紙と金貨の入った袋、そして、複数の新聞が丁寧に置いてあった。金貨はひと月ほど暮らすには十分な量が入っており、あたしの手持ちの量と比較すれば大金である。
あたしはベッドから身体を離すと、手紙を手に取る。ニホン語で記載されたその手紙には、『親愛なるエリシアへ』と記載されていた。あたしは寝起きのせいなのか、ぼんやりとして手紙を開封する。
『親愛なるエリシアへ
この手紙を読んでいるということは、あの日の出来事に対してエリシアの脳が整理がついたころだろうと思う。
いきなり、どことも知らない場所につれてきたことについては謝罪する。
君が今いるのは、リフィル王国の西端に位置するアクセルという街だ。
故あって、君自身の身体は助けたけど、君自身については助けていない。どちらにしても、目撃者がいる以上は証拠の品を片付けたところでいずれそうなるだろうからだ。
それに、これはエリシア自身が自分で乗り越える試練だろう。だから、自分でしっかりと情報を得る必要があるから、それを乗り越えるための助言をしようと思う。
まずはあの日、リナーシス村で何が起こったのかを調べたら良いだろう。そもそも、これを調べないことには、エリシアの身に起きるだろうことを予測し得ないからだ。まず、誰が無事で誰が無事でないかは、直ぐに確認したほうがいいだろう。この事は調査を行えばすぐに明らかになるはずだ。実際、予想より多くの人がリナーシス村から逃れていたことがわかっている。
そのために、当日の新聞を置いておいた。まずはそれをゆっくりで良いから読むと良い。
これは、俺がこの手の情報を手紙に書いたとしてもエリシア自身が受け取る準備ができていなければ意味がないからだ。
次に、エリシアの身の振り方についてだ。
君は、俺のツレで病気に伏して倒れた女性ということになっている。契約は病気が回復し次第という事で話を通している。つまり、エリシアが意識を回復したことを確認したら、俺が消えてもおかしくない状況にしてある。
まずは、冒険者ギルドのギルドマスターを頼ってみると良いだろう。信頼できる人である事は保証する。
あと、この世界では「エリシア」という名前は一般的なよくある名前みたいだから、安直に変えなくても問題ないかとは思うが、名前は変えることを推奨する。まあ、セカンドネームを名乗らなければ、よほどのことが無ければ大丈夫だろう。とにかく、セカンドネームは絶対に使ってはダメだ。
最後に、早くエクストラスキル[魔女術]の本当の使い方を理解した方が良い。
理解するためにはエリシア自身の魔法に関する固定観念を取っ払う必要がある。エクストラスキル[魔女術]の生み出す魔法は万能である事を頭の片隅に入れておく必要がある。
一度この身体で使ったのだから、既に使えるはずだ。想像力を働かせると良い。
俺のイメージで伝わるかはわからないけれども、ハリーポッターのダンブルドアやヴォルデモートが使う魔法的なイメージで使えるんだ。頭の中で定義したものがそのまま魔法になると思えばいい。
この手紙の内容を理解するというのは難しいだろう。
しっかりと自分と向き合って、再び心が壊れてしまわないように強く生きて欲しい。
■■ ■■』
首を傾げてしまう内容である。実際、あたしは記憶がぼんやりしており、鮮明に思いだせるのはソランゴルの宿屋で寝たところまでである。何があったか思い出そうとしても、色あせたかのようにぼやけており、思い出すことはできなかった。
そんな内容の手紙を読んでいると、ようやく寝ぼけた状態から意識が覚醒してきた。しかし、やっぱり【あの日】と言うのを思い出すことができなかった。
まずは、あたし自身のことを確認したほうが良いだろう。そう思って、あたしは自分の情報を思い出す。
あたしの名前はエリシア・レアネ・フェルギリティナ。
祝福は《英雄》で、所持している能力は【魔女術】と聖剣の鞘である。
現在15歳で女の子。得意魔法は詠唱魔法とルーン文字である。
お父さんの名前はダルカスでお母さんの名前はフィーナ、妹の名前はシエラである。
うん、ちゃんとあたしはあたしのことは覚えているようであった。
次に、手紙の指示に従うならば、この新聞を読む必要がある。あたしの記憶だと、風の季節の中ごろ、貴族の数え年で言うならば9月26日であるけれども、新聞には翌日の記載がされていた。村では回覧板だったけれど、街では新聞が流通しているのだ。新聞の暦にも貴族の数え年の方法で記載されている。
9月26日は、あたしがソランゴルの宿屋で寝た日である。手持ちの新聞の日付は9月27日である。
「え、ちょっと待って」
あたしは焦りで他の新聞の日付を確認する。他は9月29日から始まり、10月2日、10月4日、10月7日、そして、10月10日の新聞が置いてあった。どうやら10月10日の新聞を最新とするならば、あたしは2週間も寝ていたようであった。
それだけ寝ていたら、そもそも死んでいそうではあるけれど、あたしの身体は記憶とそんなに変わらない感じであった。胸のサイズも縮んでいない。一体何が起きたというのか。
あたしは混乱しつつも、新聞の内容に目を通す。が、内容に目が触れた瞬間、心臓がバクンと大きな音を立てる。誰かの手紙の最後の最後の名前同様、頭の中に入ってこなかったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
あたしは新聞から目を離すと、大きく深呼吸をする。一瞬だけだったけれども、あたしは冷や汗でぐっしょりと濡れていた。それに、ものすごい吐き気もする。それほどの拒絶反応であった。
「どうやら、この新聞はまだあたしは読めないらしいわね……」
どうやら、あたしにまた新たなトラウマが追加されてしまったらしいことにげんなりしつつも、気を改めてあたしはお風呂に入ろうと思ったのだった。
部屋を調べると、当たり前ではあるけれども備え付けの風呂は存在しなかった。なので、あたしは共用のお風呂に入るべく、部屋を出る。まるで、結構長いことここに住んでいたかのように、あたしは迷うことなくお風呂までたどり着くことが出来た。
「うーん、なんだろう、この既視感は……」
まあ、考えれば分かることではあるけれども、この既視感は慣れないものである。彼の記憶は別に頭の中に保存されているのかわからないけれども、あたしには記憶は無い。
この宿のお風呂は、火で沸かすタイプである。朝は、朝食を作るためにボイラー室が稼動しているため、お風呂も暖かい湯が出るのだ。あたしは鏡を見ると、長く伸ばしていた髪がショートボブにまで切り落とされていることに気付く。頭が重い感じがしなかったのは、髪の毛が無かったためらしい。
色々と衝撃なことがおきて、頭の理解が追いつかないので、考えることを止めて先にお風呂に入ることにした。
あたしの身体は出るところは出て、しまるところはしまると言う体つきになっている。腹筋もうっすらとであるが割れていて、その姿はまるで女戦士のそれであった。手も、ソランゴルの頃に比べて剣を振った時に出来たまめが出来ては潰れてと言った感じになっており、皮が厚くなっている。顔は、幼いまま変わらないけれども。
あたしの状況は彼があたしの身体を使っていたことによる変化だとわかるけれども、置かれている状況に関しては、何がどうなったのかわからなかった。
メリルさんは? シーヴェルクさんは? ナシャは? ビアルはどこに行った? そもそも、なんであたしは隣の国に来ているのだろうか、フェルギン国内ではダメだったのだろうか? 謎だらけである。
熱いお湯を被り、汗を長い落とし、あかすりで身体を洗う。あたしはお風呂は好きである。むしろ、嫌いな女の子はいないはずであるけれども。この時間帯は湯船は張っていないので、ゆっくりは出来ないけれど、身体が綺麗になれば心までさっぱりするから不思議である。
髪の毛もサッと洗い流す。寝汗と冷や汗を洗い流してさっぱりする。髪の毛は街の宿屋だけあり髪の毛用の洗剤で洗うことができるようであった。あたしは手で泡を立てると、髪の毛を洗う。髪の毛の調子を整える油が無いのは残念であるけれど、仕方ないだろう。フェルギン王国はそう考えると、カガク技術も含めて発達しすぎているのだろう。
さっぱりしたあたしは、バスタオルで体を拭いて上がる。
あたしは寝巻きを着直すと、自分の部屋に戻る。そして、すぐに服を着る。以前着ていたドレスではなく、普通の服である。服は用意していたのか、どこにでも売っている普通の服であった。もちろん、スカートであるのは、彼があたしと分裂してしまう前の記憶から、スカートが好みと知っていたのだろう。下着の上にスパッツを履くのも忘れない。
後は、防具を装着し腰にロングソードを装備する。もちろん、これはあたしが装備していたものとは異なる。
どちらにしても、現状この街──アクセルの街を動くのは情報収集的な意味でもあまりよくは無いだろう。あたしはそう判断した。直接的な情報はあたしの頭が受け付けないけれど、間接的な情報ならば受け入れてくれるかもしれない。そう考えて、あたしは朝食を取りにこの宿の食堂に足を運ぶのだった。
あたしが食堂に入ると、おそらく食堂で働いている店員さんがあたしに話しかけてくれる。
「おはようございます、シーナさんのお連れの方でしたね」
店員さんはにこやかに挨拶をしてくる。確かあたしはそういう設定だったはずだ。ここは合わせたほうが良いだろう。それにしても、彼の名前は文字情報だと読み取れないのに、ダルヴレク語的な発音だとちゃんと聞き取れるのか。
「おはようございます。……はじめましてで良いのかしら? シーナさんには色々と助けられたわ」
あたしがニッコリ微笑み返してそういうと、あたしをしげしげと観察する。彼女は髪は赤みがかった茶色であり、くりっとした目が印象的な女性だ。カンバン娘と言うやつだろうか。
「シーナさんは?」
「……今朝方目が覚めた時には手紙を残してすでに出ていたわ」
「そうなんですね。昨日挨拶をいただいていたましたが、実際に居なくなると寂しいものですね……」
彼女は【あたしとシーナの契約】について知らされていた様子である。
「まあ、ここまで長期で泊まられるお客様も珍しかったですしね。アクセルの街はいわゆる初心者冒険者の街とも呼ばれてますし、フェルギンが近いこともあって治安も比較的安定してますから、シーナさんのような熟練冒険者にとっては物足りなかったのでしょう」
彼女は勝手に納得すると、あたしに向き直った。
「そうそう、貴女は意識が無かったようなので、改めて自己紹介しますね!」
胸を張ってそういう彼女に、あたしは若干苦笑する。
「わたしは、この金糸雀亭の看板娘をやっているリナリーよ。よろしくね、エリシアさん」
「ええ、よろしくね。あたしはエリシアよ。聞いているとは思うけれどね」
「ええ、何処かの国のご令嬢で、奴隷商に売られそうになっているところを偶然シーナさんに助けられたんでしたね。その時に負った傷で意識不明になったと伺っています」
どういう設定だよシーナ。もっとマシな言い訳は浮かばなかったのかよ……。あたしは心の中で悪態をつく。
確かにあたしはマナーは貴族のものを学んだけれども、所詮は付け焼き刃なのだ。あと、奴隷として売られる寸前という設定もどうかと思う。そもそも、商品が逃げようとしてなんで意識不明になる怪我を負うのだろうか?
だから、この際ちゃんと訂正をしておく。
「あたしは貴族の娘じゃ無いわよ。ただの……昔滅んだ村のただの村娘よ」
言っていて何故かしっくり来た。一応、嘘のつもりだったのだけれど、このしっくりと来た感じはまるでリナーシス村は既に滅んでいる事が事実だとあたし自身が無意識で認識しているように感じた。
あたしのセリフに、リナリーは心配そうに顔を見る。
「そうだったんですか……。まあ、どちらにしても、シイナさんに助けてもらえて良かったですね!」
リナリーはそう言うと、あたしを食堂に誘導してくれる。
「とりあえず、朝食を食べましょう。久しぶりの固形物だと胃がびっくりしちゃうと思って、麦粥を用意しました」
リナリーの気遣いにあたしはほっこりする。そして、あたしが意識を失って実に2週間ぶりの食事を楽しむのであった。
1/5:感想で指摘を受けた部分を修正しました。
ヒントを多目にしたのと、エリシア状態の椎名くんの言葉遣いを修正しました。
男言葉→荒っぽい言葉遣い
女言葉→綺麗な言葉
1/30
内容を一部変更しました。
前章が暗い内容だったので、この章は明るめで行く予定です。