村娘44→教会襲撃1
少し時系列が変な箇所があったので、修正しました。
教会の中は恐慌状態になっていた。
理由は簡単である。教会の周りをぐるりと魔物軍団に囲まれていたのだ。
そんな中、メリルは戦いの中で負った傷をフィーナ──エリシアの母親に傷を癒してもらっていた。
敵はエリシアを回収した後、ケリィと魔物軍団を残して、去っていった。その後、魔物軍団が大暴れしたのは言うまでもない。メリルはケリイを抑えるので精一杯だった。次々と殺されていく村人や騎士に、メリルは無力さを感じてしまう程であった。それほど、敵の数がすさまじかったし、何よりケリィが強すぎたのだ。
そして、魔物の攻勢がピタリと止んだのは、ほとんどの家が残骸と化してしまい、無事なのはこの教会のみとなった時点であった。
もはや、この村は壊滅であった。すぐにでもこの場所を捨てて、逃げ出した方が懸命なレベルであった。だが、逃げ出せなかったのは、この教会を見張るかのように魔物の軍団が囲っていたからである。
この状況では、とてもではないが、けが人や幼い子供を連れて脱出するなど不可能である。ゴブリンは集団になれば恐ろしい魔物だと言うのは代々教えられてきたことなのだから。
それに、現在戦えるものはほとんどが残っていなかった。メリルも、幼い頃から剣の修行に励んできたとはいえ祝福による成長や経験を4年分失った状態ではとてもではないが先導できない。
メリルは現在、記憶は失っては居ないが、戦場での感覚や今まで磨いてきたはずの技術が思い出せない状態であった。
「……恐ろしい攻撃だな」
今までの自分であれば、この状況でも最低限生き残るための戦いに赴いたのだろうが、まるで4年前の自分に戻ってしまったかのように動く決断が出来ていないでいた。そして、そんな自分に大幅に戸惑っていた。
だからこそ、タカユキの能力は恐ろしかった。実感した今改めてわかる。どんな歴戦の勇士であっても、あっという間に幼子に変えられてしまうのだ。経験を奪われると言うのはつまり、そういうことであった。
「それに、タカユキは奪った経験をすぐに自分のものとして使っていた」
奪われた分、タカユキは強くなってしまう。攻撃が掠れば掠るほど、接触時間が長ければ長くなるほど、ものすごい勢いで個人の戦闘力に差が開くのだ。これでは勝てる道理が見当たらない。
もはや、敗走以外に選択肢は残っていないことは、メリルはハッキリと理解していた。
「シーヴェルク様方は一体何をしているのですか……!」
脱出をするにも戦力が必要である。自分自身があまり役に立たないことを理解しているので、こういうときに仲間であるシーヴェルクたちに頼りたかった。しかし、いまだに彼らはウエルペット大森林から戻ってきては居ない。だからこそ、立ち往生をしていたのだ。
不意に、メリルは教会内が騒がしくなったことに気付いた。見張りの男がメリルの元に駆けつけてきたからである。何かあったのだろうか?
「メリル様!」
「どうかされました?」
「ああ、敵の大将が来たんだ!」
それにざわつく男達。この教会には、わずかな男性以外はほとんどが戦えない女子供老人しか残っていないのだ。
「お、おしまいだ……! 俺達全員殺されるんだ……!」
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……逃げれるわけがない……」
残された村人は、皆絶望の表情を浮かべていた。それほど、この場には希望が無かった。
「ヴァネッサ司祭」
「わかっておる」
ヴァネッサ司祭はメリルに名前を呼ばれて、難しい顔をする。実際、この状況で希望など存在していなかった。だが、士気が下がれば、この場を守りきることは不可能だろう。ケリィが魔物姿になれば、もはや止められる者は居ないのであるが。
ヴァネッサ司祭は絶望をしている村人のところに行き、何かを語りかけている。だが、遠くから見ている限りは効果がなさそうであった。
「おい、マーティはいるか?」
見張りの男が再びこちらに急いで駆けつけてくる。そこに、農具を持った男が寄ってきた。
「どうした、ジェフィ」
「魔物軍団の先頭にエリシアちゃんがいたんだ」
「え、エリシアが?!」
「ああ、だが、様子がどうにもおかしい」
「わかった、見に行く。俺だけだと他の魔物に邪魔されるだろうから、他に数人連れて行くよ」
会話の内容から、マーティというのはエリシアの知り合いらしいと言うのはメリルは理解できた。残念ながらこの国で戸籍がちゃんと存在するのは街までであり、村は無い者が多い。フェルメリア伯爵家の諜報能力でも、ただの村人であったエリシアの身辺調査は難しいのである。特に、村の人間はよそ者に厳しいこともあり、情報を聞き出せない場合もあるのだ。だから、マーティがエリシアの兄であることに、メリルは気付かなかった。
そして、マーティが出て行ってしばらくすると、「ぎゃああ」と言う男性の断末魔が聞こえてくる。
メリルは嫌な予感がして、腰の細剣に手をかけた。
バンっと、教会の扉が開くと同時に、扉の近くに居た男の首が飛んだ。
「全員、教会の奥に!」
メリルはそう言うと、男の首を飛ばした血まみれの女に向かって走り出す。
その女はエリシアのロングソードを手に、無表情でメリルに攻撃を仕掛けてきた。
「つっ! エリシア様!」
メリルはそれが誰だかわかった。メリルが仕えている主である、エリシアだった。
丁度つばぜり合いになる形になったため、メリルは彼女の表情を見ることが出来た。
無表情であり、感情はうかがい知ることは出来ない、まるで人形のようであったが、目は真っ赤に染まっており、血の涙を流していたのだ。まるで、メリルはエリシアが何者かに操られているように感じた。
教会内は阿鼻驚嘆の地獄と化した。あたしが侵入したことにより、中にゴブリンたちが殺到し、怪我人達を次々と殺害して行ったのだ。
回復術士は逃げ遅れた何人かを除き教会の奥の扉へと逃げ込んだが、もはや時間稼ぎにすらならないだろう。ケリィがいる、三宅が居る、オークまで入ってきた。あたしとメリルさんが戦っている間に、状況はどんどん悪化の一途をたどっていったのだ。
幸運なことに、あたしは先ほど扉の前に居たレギンスさんの首を飛ばした以外で教会内で殺害は起こしていなかった。メリルさんが手ごわいからであろう。ただ、メリルさんの戦い方を見てあたしはメリルさんってこんなに弱かったっけという疑問を抱かざるを得なかった。手加減をしているようには見えないのだ。
ただ、あたしはふと、メリルさんが三宅と戦っていたことを思い出す。おそらく、吸収されてしまったのだ。だから、今より実力が劣るのは当たり前であった。
あたしは既に冷静になっていた。それは、あたしが殺人人形としてあたしの意思に関係なく殺すことしかできないからである。どうしようもないのだ。口すらあたしの言う事を利かないのだ。あたしに出来るのは、心を絶望に明け渡さないことだけであった。
「そういえば、エリシアちゃんのお母さんって、回復術士なんだっけ?」
「おオ、そうダが」
「なら、エリシアちゃんのお母さん、ここに居るね。……お母さんの目の前でエリシアちゃんが純潔を散らすって面白くない?」
「ハハハ、そりゃ最高だな! エリナも居ないし、やっていいぜ!」
広瀬たちのたくらみが明瞭に聞こえてくるのも、おそらく【全愛主義】の能力のおかげだろうか。目の前のメリルさんがあたしの名前を叫んでいるのよりもクリアに聞こえる。
ちなみに、あたしは自分の貞操については諦めている。よくもまあ、今まで犯されていないなぁと思っているからだ。処女を捧げたい相手なんて……一瞬、アルフレッドの顔が浮かんだけれど、今は居ないから、あんまり傷つかない……訳でもないらしい。
「そかそか、じゃあ“エリシア、お前のお母さんだけは殺すな”」
「はい、広瀬様」
まあ、お母さんは教会の奥のほうに篭っているんですけどね。それに、メリルさん相手であたしの身体も精一杯だし。と、どうやら、あたしが戦っている相手に三宅が気付いたらしい。
「ショウ、人形が戦っている相手、ありゃ俺様の獲物だ」
「ん? 交代わる?」
「もちろんだ。まさか逃げ延びてるとはな!」
ああ、やっぱり、メリルさんも三宅には敵わなかったんだな。あたしはそうだろうと思った。
「“エリシア、その女との戦いを中断しなさい”」
「はい、広瀬様」
あたしの身体は広瀬の指示に逆らえない。あたしは自分でも驚きの跳躍力で広瀬の近くに戻った。
どうしよう、このままだと、メリルさんが殺されてしまう。だけれども、あたしはどうすることも出来ない。女神様に祈ること以外、何も出来ないのだ。
「じゃあ、“エリシアはお母さん連れてきてよ”」
「はい、広瀬様」
しかし、命令が色々と重複している気がするけど大丈夫なのだろうか? 魅了系の能力だとは思うのだけれど。
「くっ! エリシア様!」
「オラ、お前の相手は俺様だ!」
「チィッ!」
メリルさんと三宅が戦うのを横切り、あたしの身体は教会の奥へ続く扉の前に立つ。ゴブリンたちが壊そうと立ち往生しているが、壊せていないようだった。
それはそうだろう。この扉は魔法的に防御されており、教会が避難施設になっているのはこういう物理的な攻撃から守るためである。いうなれば、シェルターの最後の一枚なのだから。昔司祭様に魔法の構造について質問して困らせたことがあるから、間違いなかった。
ただ、今のあたしには魔法の構成とかが見えていないようで、しきりに剣で叩ききろうと頑張っていた。指とか痛いからやめて欲しい。
エリシアには何か策があって(現実から)逃げているのか?
なにもない!
見よ!
このブザマなヒロインの姿を。
エリシアは身体の主導権を奪われ血の涙を流してまでして、しかも三宅からメリルを見捨ててまで(現実から)逃げ出している!
だが!
だからといってエリシアが、この物語のヒロインの資格を失いはしない!
なぜなら!
まぎれもないヒロイン!
ヒロインの資格を失うとすれば、闘う意志を、考える意思を、エリシアがなくした時だけなのだ!!