村娘39→策に溺れるものたち
今回は3部構成です。
あたし達が駆けつけるのと同じ頃にウエルペット大森林とリナーシス村の中間地点にある放牧地区にはゴブリンたちの群れが来ていた。確かに、オークやコボルトが混じっている様子だ。
「剣士と農家は突撃だ! 魔法使いや後衛職は剣士の援護を!」
お父さんは村の人たちに早速指示を出していた。
「我らも続きましょう! シーヴェルク様」
「ああ、ビアル、援護を頼めるか?」
「もちろんだ」
「エリシア様は後方で援護をお願いします。打ちもらしは切り捨ててください」
「う、うん」
さっきから戸惑ってばかりのあたしはみんなの指示で動くことになった。
あたしの頭の中では「あたしの村がなぜ」と言う単語で埋め尽くされていたからだ。ただ、戦闘の方にもちゃんと意識は向いていて、魔法で魔物を消し炭にすることは忘れては居なかった。
どうやら、あたしは結構精神的に弱いようだった。
ようやく戦闘が終わったときにはあたしの周りには切り捨てた魔物の遺体が散乱しており、あたしの着ているドレスは血に汚れていた。怪我は頭と左の二の腕他数箇所しており、まさに死に物狂いであたしは戦っていたようだった。目の前には炭になったオークの死体が倒れているのも、あたしが倒したからである。
魔物の軍勢は4割程削ると撤退したらしかった。4割も削れたので、こちらの勝利と言うことだろう。ただ、撤退の手際のよさから知能のある魔物が指示しているに違いないと言う結論になったのだが。
あたしはシーヴェルクさんに回復魔法をかけてもらい、村の教会に連れて行かれた。
教会に入ると、けが人であふれ帰っていた。司教様や回復魔法が使える村人が怪我を治すと言った光景である。あたしはシーヴェルクさんに重い怪我は治してもらっていたため、あまり必要は無いと思ったけれど、回復魔法を使っている人の中にお母さんが居るのを確認して、シーヴェルクさんを見る。
「エリシア様には心の治療が必要だ。だから、お母様に治してもらうと言い」
「……そうね、ありがとう。シーヴェルクさん」
「いえ、エリシア様をお助けするのも俺の任務だ。ゆっくり甘えてくると良い。それまでは我々で何とかしておく」
顔は中の上でも、心は素敵なシーヴェルクさんに背中を押されて、あたしはお母さんのところに駆け寄る。
「お母さん!」
「ん? エリシア! 戻ってきていたのね」
「うん、まさかこんなことになってるなんて……」
あたしがしょぼくれていると、司教様が近づいてきた。
「司教様?」
「エリシア、こんな時だけどお帰り。フィーナよ、しばらくエリシアと共に休むと良い」
「……感謝しますわ、司教様」
「うむ、シーヴェルク様から何人か神官を借りておるから、気にする必要は無い。エリシアとゆっくりな?」
「ありがとうございます」
あたしはお母さんに連れられて、教会の奥の部屋に向かった。
お母さんと二人きりになると、あたしの目から涙が溢れてきた。
「お……お母さん!」
あたしはその後1時間ぐらいはお母さんに泣きついて、いろんなことを話していたと思う。
エリシアを教会まで届けたシーヴェルクは、天幕まで戻ってきていた。
戦闘が終わった後のエリシアはなかなかにひどい有様であった。鈍器で殴られたのか頭から血を流しながらも、オーガをロングソードで切り刻み、魔法で消し炭にしていた姿はさながら狂戦士のようであった。腕や足に切り傷多数、頭部に打撲による出血あり、左の二の腕は大きく切り裂かれており、よく戦闘が終わるまで持ったものだと感心するほどであった。
シーヴェルクは回復魔法をすぐさまエリシアにかけてあげ、ひどい怪我を傷跡が残らないように回復し、何かをうわごとの様にぶつぶつつぶやくエリシアをメリル同意の下、教会に届けたのであった。
『やはり、《英雄》と言えども人の子か。15の年ではまだ親に甘えたい年頃であろうに』
母親に泣きつくエリシアを見て、シーヴェルクはこう決心する。
『やはりまだ、エリシア様は守らねばならないな。まだ大人に成り立ての子供を守るのは、我々大人の先輩の役目だろう』
シーヴェルクのエリシアに対する最初の印象は、しっかりとした淑女であった。着ている服装も貴族のそれであったし、自分の意思でしっかりと話せていたからである。自分で決めると言うことが大人になったばかりの15の年の女性に出来るだろうか。王都の女ではここまでしっかりはしていないだろう。だからこそ、関心を持っていた。その出自が村娘であり、税の計算から家事全般を切り盛りしていたと聞いて、エリシアがしっかりしていることに対して腑に落ちたのであるが。
だからこそ、瞬間の決断力や未熟であるが指揮能力の才能を見せるのだなとシーヴェルクはエリシアを高く評価していた。
そして、今回のことで、エリシアの弱い部分を見た。エリシアは故郷愛が強いのだとシーヴェルクは感じたのだった。
シーヴェルクが天幕に戻ると、ダルカスによる作戦会議が始まった。
ダルカスの作戦によると、今回のことで結構な痛手を負った魔物軍は回復のためしばらくは襲ってこないだろうと言う予測の元、少数精鋭で魔物軍を叩くチームと村の防御壁の強化と戦場からの武器の回収の2手に分かれて打って出るということらしい。
「ああ、エリシアの仲間の皆さんには悪いが、エリシアは突撃隊には加えないよ」
ダルカスの言葉に、シーヴェルクたちは反論できなかった。エリシアがあれほど追い詰められていたのだ。リナーシス村での出来事に関しては、エリシアが出張らなくても良い様に動こうと、全員が思っていたのだ。
それに、ダルカスもエリシアの父親なのだ。娘を守るのが父親の役目ならば、娘を最前線に行かせるわけが無かった。
「ん? 反論は無いみたいだな。エリシアもフィーナが何とかしてくれるだろうし、その間にさっさとゴブリン共を倒して、村を平和にしてしまおう」
「ああ、それが良いだろう」
精鋭部隊はダルカス、アンデロッソ、ヴィレディ、シーヴェルク、ナターシア、ビアルの6人である。メリルは「私はエリシア様の侍女ですので」と言って、エリシアを守るために残ることになった。
アンデロッソも、元冒険者であり《剣士》の祝福を持っている。第2祝福が《樵》なだけあり、ウエルペット大森林には何度も入っているため、道案内が出来るそうだ。
ヴィレディは村長の息子であるが、《魔法使い》なだけあり、ビアルに比較すると劣るが詠唱魔法が得意であった。
「僕はヴィレディ、《魔法使い》です。あなた達がエリシアのパーティメンバーですね。よろしくお願いします」
にこやかに挨拶をしてきたメガネをかけた少年がヴィレディであった。彼は知性的な顔をしており、次期村長として申し分ないなとシーヴェルクは感じた。
「それじゃ、軽く自己紹介も終わったみたいだし、早速向かいますかね」
ダルカスはそう言うと、ニッと笑う。その笑みがどことなくエリシアの笑みに似ており、確かに親子なんだなと確信させた。
シーヴェルクたちはアンデロッソに案内をしてもらい、ウエルペット大森林の中を探索していた。簡単なトラップに関してはナターシアがすぐに発見し、解除や無効化をしていった。さすがはエリシアが選んだ冒険者であると感心する。亜人であることはあまり良くないステータスであるが、狼人族特有の嗅覚のよさが《宝物探索者》の祝福をより強化しているように見える。
亜人が差別されてしまうのは、その希少性、人間とはかけ離れた能力の高さから来ている。教会の教義にはそのようなものは無いし、むしろ、亜人も同じ女神の祝福を受けているのであるが、恐れから嫌うものが多いのが事実であった。
シーヴェルクは改めて、そのような差別などつまらないなと思うのであった。
「みんな、止まって!」
ナターシアが警戒を含む声音でそういうと、シーヴェルクたちは立ち止まる。
「近くに魔物の気配がするわ」
その言葉に、シーヴェルクたちは覚悟を決めたのだった。
ケリィは隆幸に与えられた力が自分になじんできたのを感じていた。
与えられた当初は片言だったダルヴレク語も、今では流暢に話せるようになったし、思考もだいぶクリアである。
それにしてもである。あの隆幸という男は只者ではなかった。ゴブリンに力を与え、実験と称して3個ほどゴブリンの群れに村を潰させたのだ。まるで魔王のようである。幼いながらも恐ろしい容姿をしているし、まるで勇者のごとき力で魔物達をねじ伏せていく姿は、悪鬼の如しであった。
今回のリナーシス村を襲う計画はケリィが考えた案であるが、手ごまは隆幸が調達した魔物達であった。
「タッキー魔物好きだねぇ」
「ほら、ドラクエモンスターズは結構好きだったからな。リアルドラクエモンスターズなんてな」
「タッキー、悪いことが好きになる前はポケモンやってたしねー」
「良く覚えてんな、エリナ」
「エリナは長い付き合いだしー。タッキーの傍にいると面白いしー」
訳のわからない連中であるが、ケリィの復讐に力を貸してくれているのだ。文句は言うまいとケリィは思う。
「グガガ、魔王様、報告ガアリマス」
「ん、おお、なんだてめぇか。何のようだ?」
「ハイ、混成軍ノ10デ割ッタ内ノ4ガ破レマシタ。恐ラク、目的ノ女一行デス」
剣を持ったホブゴブリンが隆幸に恭しく報告をする。
「おお、着たのね。タッキー、どうするよ」
「俺様は今回は手助けしてやるだけだしなー。暴れる必要があるなら暴れてやるさ」
「ですよねー」
翔太郎はそう言うと、ホブゴブリンに命令する。
「それじゃあ、村から精鋭は居なくなるだろうし、予定通り別方向から村に攻め込んじゃおうか。タッキーは村に精鋭が残ってたら対処をお願いして良い?」
「ショウがそういうならそれが面白くなるんだろ。いいぜ、そのときは暴れてやるさ」
「基本的に女子供、ご老人しか残っては居ないだろうけど、少数精鋭で行っていたとしたら、結構男が残ってるだろうから、注意しないとね。あと、エリシアちゃんだっけ? その子は多分村に居るから、ケリィくんに頑張ってもらえば大丈夫だと思うよ」
「グガ……、わかった、ショウタロー」
ケリィの返事に、翔太郎は満足そうに頷いた。そして、隆幸はこれから起こす村つぶしにワクワクを感じていた。
「さあ、第7回目の村つぶしだ。今回は失敗しないように、念入りに潰していこうじゃねぇか!」
隆幸はそう非常に楽しそうに、蹂躙の宣言をしたのだった。
隆幸君は完全に悪の道突っ走る感じにします。
でも、中立じゃなくて対立の道に走る勇者……普通にいっぱい居るなぁ。
最初からクサレヤンキーなのは珍しいだろうけど。