村娘36→いやな予感
あたしたちがソランゴルまでたどり着くと、馬車を駐車場まで泊めて近くの宿を取る。ここまでくればあと数時間でリナーシス村に行けるけれど、別件でちょっとした調査をする必要があるのだ。
あのホブゴブリン討伐任務の際に剣士ホブゴブリンが言っていた「魔王」と言う言葉と、あのゴブリンの群れの出現箇所について、あたしたちに報告が上がっていたからである。王家から直接。
幸いにして発生場所はリナーシス村とはソランゴルを起点にして反対側だったのだけれど、おそらくその村の跡地と思われる場所まで調査をする必要があった。
あのとき、あたしたちと戦う前に言っていた言葉が思い起こされる。
「にんげんハ同族ノ遺体ヲ丁重ニ葬ル文化ガアルト魔王様ハ言ッテイタガ、ヤハリ正シカッタヨウダナ」
そう、「魔王様」と言ったのだ。この情報を集めると、既にフェルギン国内に魔王が存在していることになる。今にして思えばその時に反応すべきではあったけれど、生か死かという状況だったので考えていなかったけれど、アッカインに戻った時には議論のテーブルに上げていた。
既に世界中で魔王が活動しているし、実際街に出ると魔物が活発化しているという話も聞く。それに、魔王の配下だと思われる魔族の確認までされている現状である。
あたしがこういう情報に触れなかったのは、リナーシス村が交通の便が悪く情報が入りにくい点や、お城で訓練中に余計なことを気にすることが無いようにと情報が制限されていたということもある。実際の世界はかなりピンチであるようだった。
だからこそ、即戦力になりえる雄大くん達は一番危険な南に向かっているわけだし、他の勇者も散り散りになっているのだ。
今、宿で新聞を読んでいるけれど、各地での勇者の活躍が記載されている。どこそこの街を魔物から救っただの、そういう感じの記事である。ただ、教会の情報網を持つシーヴェルクさんや、独自の情報網を持つメリルさんの話を統合すると、救われる村よりも滅びる村の方が多いのが実情である。それは、フェルギンに限った話ではない。既に滅んだ国も存在するのだ。
「エリシア様」
「メリルさんじゃない。動きはあったのかしら?」
「ええ、先ほど冒険者を雇い、先遣隊として調査に向かわせました」
「ありがとう」
さすがメリルさんは仕事が速い。本当にこの人は令嬢なのかと思ってしまうが、そもそもフェルギンは優秀な人ほど貴族としての箔がつくので、全体的に貴族は優秀なのだろう。その中でも突出して優秀なのが王族と言う話である。他の国についてはあたしは知らないけれどもね。
「それじゃあ、リナーシス村に向かっても……」
「ダメです」
「……ですよねー」
シーヴェルクさんは教会に行っているし、ナシャはギルドで情報収集をしている。やることが無いのはあたしとビアルぐらいなものである。ちなみにビアルは魔法の実験を外でやっている。
それにしても、だいぶ貴族の礼儀と言うやつが抜けてきてしまっていた。まあ、所詮は1週間程度の付け焼刃と言うことであろう。ただ、あたしは立場上マナーに関してはしっかりとしないといけないので、そういうものをメリルさんに指導してもらったりしていた。だから、やることが無いならマナーを再確認しておくかなとあたしは考えたのだ。
「メリルさん、今やることがある?」
「いいえ、現在はありませんが」
「なら、マナーの復習をお願いしても良いかしら?」
「わかりました」
というわけで、あたしはメリルさんにしばらくマナーを学ぶのであった。
貴族として最低限レベルのマナー講座を終えて、あたしは宿屋の一室で横になっていた。
「うーん、くたくた……」
やはり久しぶりに貴族マナーの練習をすると疲れてしまう。貴族様からの情報収集で必要な技能だとわかっているとはいえ、やはり村娘のあたしにはなれたものではない。まあ、偉い人に対する威圧にも使えるから頑張るのだけれどね。
あたしがゴロゴロとしていると、部屋の扉がノックされる。「はーい、どうぞー」とあたしが反応すると入ってきたのはナシャであった。
「やっほーエル。元気してたかしら?」
「貴族のマナーの勉強しててちょっと疲れているわ」
「勉強熱心だねー」
「まあね。いらないけど男爵の爵位もらっちゃったし、せっかくあるならちゃんと役立てたいしね」
「真面目ねー」
「こんな魔王騒動なんてさっさと終わらせて、あたしは農業をやりたいだけよ」
これは本気である。シエラを愛でながらマーティ兄さんと農業をするのはあたしの夢である。だからこそ、カガクに興味を持ったわけだし、《開拓者》の祝福を望んだわけである。まあ、今となっては遠くなってしまったけれどね。
そのためには、使えるものは全部使うのがあたしの主義だ。
「で、ナシャは何の用かしら?」
「ん、情報収集の報告みたいなものよ。まだ噂程度なんだけれどもね」
噂と言うのは、怪しい5人組の話であった。
悪人面をした4人の若者と奴隷と思わしき見たことの無い服装をした男性が、この街に2日前に滞在していたという話である。異様な雰囲気をした5人組だったせいで、記憶している人が多い様子であった。
特徴を聞いて、あたしは三宅だと思った。
「その、噂の5人組って……」
「ああ、昨日まで滞在していたらしいけど、リナーシス村方面に向かったらしい」
あたしは驚きと共に、いやな予感がした。あの快楽主義者は絶対何か悪いことをやらかすに決まっているからだ。そんなやつらがあたしの故郷に一体何の用だろうか?
「それは……何かいやな予感がするわね……」
「まあ、確定情報じゃなくて噂なんだけれどね。エルには必要な情報だと思ってさ」
「ありがとう、ナシャ」
女神様の言っていた運命の日が近づいているかもしれないとあたしは考えた。
三宅の能力である、吸収する能力の対策をちゃんと取っておかないと、全員三宅に吸収されておしまいとなる可能性が高い。ならば、ちゃんと対策を練っておかないとまずいだろう。特にアノ能力は防御を無視してしまうという話である。
「ナシャ、夕食はみんな集まって食べるのかしら?」
「ビアルが怪しいけど、それ以外はこの宿で夕食を食べる予定だよ?」
「それじゃあ、注意したいことがあるから、必ず夕食に集まるように伝言をお願いできるかしら?」
「え? ああ、構わないよ」
「よろしくね」
あたしは笑顔でナシャを見送ると、早速三宅に対する対策を考え出した。あの喧嘩大将にステゴロで叶うやつがいるのだろうか。5人組と言っていたが、どんな能力を持った連中なのかを思い出す必要があった。
ソランゴルまでの道中は幕間を書く機会があったら書こうかなと思います。
誤字の指摘があったらせっかくの機能があるのですぐに反映させていきます。