村娘32→はじめてのくえすと3
あのゴブリン達を倒した後は特に襲われることもなく、ウーダン村にたどり着いた。着いたは良いのだがこれは……。
「なんて言うか、廃村? かしら?」
ナシャの言葉にあたしは「そうね」と同意した。
家屋は襲撃を受けたのかボロボロ、畑は荒らされており、今年の収穫は無理であろう。家畜の放牧されている地域も柵は破壊され、家畜の腐った死体が転がっている有様である。
「ここまでとは……」
これが、ゴブリンの群れを放っておいた場合の被害である。おそらくあのゴブリンの群れは他の村を滅ぼした後の群であると推測しているので、その群がこの村を襲撃して数日といったところであるだろうか。
「しかし、変ですね。この規模の災害レベルのゴブリンの群れならば、国から討伐隊が出ていなければおかしいのですが……」
「確かに。しかも、そのような話は我々教会の方にも入ってきておりません」
と、不穏な話をするメリルさんとシーヴェルクさん。貴族と教会の中枢に近い人だものね、そういう話になるのも当然である。
「とりあえず、一番被害の小さいところに行きましょ。そこに村人がいる可能性が高いでしょうしね」
あたしのセリフにうなづく一同。誰もが考えつくことではあるけれどね。
一番被害の小さい家……村長の住む役場に到着する。となりにある教会には人が避難している様子であった。
「私は教会の方に向かいます。エリシア様、よろしいですか?」
シーヴェルクさんがそう聞いてきたので、あたしはうなづいた。教会関係の人間だものね、立場的には先に教会に向かうのが正しいだろう。
「回復魔法はあまり使わないでね」
「もちろんです。ゴブリン討伐で使う可能性が高いのでね。代わりにポーションをいくつか使わせていただきます」
「ええ、そうしてちょうだい」
あたしが許可を出すと、シーヴェルクさんはすぐに教会に向かう。あたし達は役場に入ることにした。
役場の中は、なんとも言えない空気が漂っていた。絶望感の漂う空気である。
「アッカインの冒険者ギルドから来た冒険者だけど、村長はいるかしら?」
ナシャさんがそう言うと、あたし達に注目が集まる。と同時に、舌打ちが聞こえてくる。「魔物の子がなんだ」「亜人が何の用だ」「穢れた血が」と言うような罵声である。そう、亜人と言うのはそう言う扱いをされるのだ。馬車でメリルさんから聞いた話ではある。
あたしの村には亜人はいないため、あたしがそう言うことを目撃することはなかったけれども、どの村も亜人に対しての差別は存在する。魔物との混血である説や先祖返り説なんかがあるのだけれど、一般人的には前者の説が有力なのだそうだ。
あたしの価値観的にはそう言うものはくだらないと考えるのだけれど、それはそう言う汚いものからお父さんやお母さんが守ってくれた結果である。
なので、ここはあたしが出るべきである。
「申し訳ないけど、村長はいらっしゃるかしら? 《英雄》エリシア・レアネ・フェルギリティナがお話を伺いに来たと伝えていただけないでしょうか?」
こう言う時に権威を使うのである。あたしの言葉に、「あ、ああ、ちょっと待っていてくれ」と一人の青年が反応して奥に引っ込んだ。そして、すぐにご老人を連れて出てきた。
「これはこれは英雄様、お越しいただきありがとうございます」
おそらく、このお爺さんが村長なのだろう、うやうやしい態度で礼をする。
「ええ、ですので、こちらではなく個室の方でお話を伺ってもよろしいかしら?」
「はい、少々お待ちを! おい、準備を頼む」
「わ、わかりました!」
青年二人が慌てて奥に引っ込んだ。客室の準備をしに向かったのだろう。
「申し訳ございません。もう少々お待ちください、エリシア様」
「ええ、もちろん。立ったまま待つのもどうかと思いますので、あちらの席で待ってても構わないかしら?」
あたしが指差したのは、丁度待合スペースにある座椅子である。さっきナシャの事を悪く言ってた人たちが座っている場所だ。もちろん、その場所を選んだのはただのあてつけである。
「ええ、承知しました。おい、席を開けなさい!」
世間一般ではエリシアは男爵様である。村長がそんな貴族様に逆らうわけが無いと思ってのことだ。ナシャはあたしが選んだ仲間なのだ。悪く言われればいたづらをしたくなる。
というわけで、あたしは貴族のように振舞いながら、ナシャと一緒に座って待つことになった。
ビアルやメリルさんからは「さすがエリシア様だ」と感心されてしまったけどね。なにがさすがなのだろうか?
さて、しばらく待っていると、部屋を調えに行った男性が戻ってくる。
「村長、整理が終わりました」
「ふむ、ありがとう。では、エリシア様、行きましょう」
「ええ」
村長につれられて待合室を出る時、男達の睨む視線を感じたが、無視することにした。そんなことよりも、クエストの攻略である。
通された客室は、多少荒れてはいるもののちゃんと整頓されていた。たぶん、ここに教会に入りきれなくなった人たちを泊めているんだろうなと推察する。
あたしは貴族モードから通常モードに態度を戻して、話を聞くことにした。
「村長、現状を聞いても大丈夫かしら?」
「ええ、もちろんです」
事の始まりは、おおよそ2週間前である。突然村にゴブリンの群れが現れて、家畜や食べ物の備蓄を盗んでいくことから始まったらしい。当然ながら、最初は村人で対処を行っていたらしいが、どんどん増えていく軍勢に対処ができなくなり、村の女がさらわれたのを皮切りにどっとゴブリンが押し寄せてきたらしい。それが、3日前の話だ。
「え、ちょっとそれはペースが速すぎないかしら?」
「ええ、通常であれば、そこまでなるのに2ヶ月はいるでしょう。私どもの推測では、既に他の村を滅ぼしたゴブリンの群れではないかと……」
メリルさんとシーヴェルクさんの推測が正しいということであるだろう。あたしがメリルさんを見ると、メリルさんは頷き返した。
「ですが、国に要請するにもお金がかかりますし、なにぶん急なことでしたので、3,000エリン程度しか準備できませんでした。なので冒険者に依頼することにしたのです」
確かに、たった2週間でここまで悪化するとは思わないだろう。2週間で用意できる金にも限度がある。それに、国から騎士を派遣した場合はもっと経費がかかってしまうだろう。だからこその冒険者である。
しかしまあ、初任務としてはこれは重たいクエストだなと思った。完全にあたしが対処できる範囲ではないだろう。メリルさんやシーヴェルクさんがいるから、この依頼は達成できそうな気がする。一応リーダーやっているけど、パーティメンバーの中で一番弱いのがあたしだしね。
「ナシャはどう思う?」
「私はまあ、受けるべきではないと思うわ。冒険者的には、このクエストは赤字だもの。必要経費にリスクと報酬が釣り合っていないわ」
「そうよね……」
「ただ、勇者としては外せないクエストだと思うわよ。それに、お互いの実力がわからないとパーティとしての連携が取りづらいしね。まあ、判断はエルに任せるわ」
つまり、天秤に何を置くかである。必要経費とリスクが左側にあるのなら、右側に報酬と、それ以外に何を乗せるのかである。先ほどの戦闘で、あたしたちが連携をまったく取れないということはわかっているのである。それを改善する機会であるとか、あたしが剣をちゃんと使って戦えるようになるための機会であるとして、それで釣り合うかである。
あたしはいろいろ考えた上で、今回は依頼を引き受けるとこにした。女神様から魔王や邪神と戦うことを期待されているならば、つまりそういうことから逃げられないということである。あたしはいずれにしても力をつける必要があるのだ。残念ながらね。
「わかったわ。今回は依頼を受けるわ」
「本当ですか!」
あたしの利益はあたし自身が強くなること、パーティの連携を取れるように訓練することである。流石にゴブリンの巣を壊滅させるには人手不足なので、あたしは村長にこう付け加えた。
「その代わり、流石に今回の事態はあたしたちだけでは対処できないわ。だから、国に掛け合って騎士を派遣してもらってちょうだい。あたしたちが出来るのは、先遣隊みたいなことぐらいなものだからね」
「わ、わかりました……」
村長はがっくりと肩を落とす。だけれども、ここでゴブリンの群れを潰すことは将来的には国にとって損を回避できるのだ。
「エリシアは損得で物の判断も出来るのか。15歳とは思えないな……」
「そりゃ、あたしは自分の家の勘定も管理してたしね。街で幸せに育っている女の子と一緒にされても困るわ」
「ああ、エリシアは村娘だって言ってたな。リナーシス村はそんな厳しいところだったのか?」
「それなりにはね。裕福ではなかったわ」
お父さんは狩りに、お母さんは家畜の世話を、マーティ兄さんは農業を頑張っていたのだ。あたしのすることは家の事全般に家計簿をつけたりと結構色々やっていた。よくよく考えたら、あたしがいなくなって回っているのか心配になってきたぞ。
「まあ、俺は村の生活がどんなのかは知らないからな。そういう意味でも、こういった村を助けるのも良い経験かもなー」
ビアルはそういうと、ソファーに深く座りなおした。
次回は12/3の18:00更新予定です。
よろしくお願いします。