村娘22→冒険者ギルド
あたしはエストフェルギンに来ていた。お上品な街ウェリンフェルギンよりは下町感があるエストフェルギンの方が、あたしとしてはしっくりくる。メリルさんは渋い顔をしていたけれど、どっちみちこの道を歩いて、リナーシス村に戻るのだ。ティアナが気になっていたお店もあるし、せっかくだから顔を出したい。
ちなみに、エストフェルギンでもあたしは馬車移動となってしまった。まあ、結局借りた馬車で場内を突っ切っただけだけれども。
ちなみに、馬車代はどうしているのかを聞いたところ、国持ちなのだそうで。うーん、さすがは勇者。
しばらく馬車に乗っていると、冒険者ギルドに到着したようであった。実際、興味本位で見にきたに等しいんだけれどね。良い人が居ればスカウトをしたいと考えてである。今日はこっそりと下見なんだけれどね。
冒険者ギルドは手前側が酒場、奥がギルドカウンターとなっているようであった。
「いらっしゃいませー」
入ると同時に威勢の言い声が聞こえる。獣耳の女性がウェイトレスをやっていたのだ。
「え、何、すごい! 猫耳だ!」
あたしが目を輝かせてメリルさんの方を見ると、ちゃんと解説してくれた。
「エリシア様、あれは亜人と言う人種になります。王都ではエストかサースで見かけることが多いはずでございます」
「亜人! なんかこれ以上この場で聞いちゃいけない気がするから後で教えてね」
「畏まりました」
あたしの前世の異世界知識から、亜人は奴隷になっているパターンが多いことを思い出し、詳細は後で聞くことにした。実際、ギルド内部を見渡すと、人間8亜人2と言った比率になっている。こういうところで問題を起こしても何も面白くも無いだろう。
あたしたちは適当な席に座る。すると、ウェイトレスの獣人の女性がやってきた。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへ。お客様は飲食? 依頼? それとも冒険者として登録しに来たのかな?」
「とりあえず、ご飯をお願いします」
「はーい、お嬢さんは美人だから、あんまり長居することはお勧めしないよ。特に多くの冒険者が戻ってくる18時には出て行ったほうが良いかもね。それでよかったら、メニューをどうぞ」
渡されたメニューは種族交易共通語とダルヴレク語の両方が併記されていた。基本的に酒場のメニューだけれども、ソフトドリンクもあったりしてお酒を飲めないあたしでも大丈夫そうである。フェルギン料理以外にも色々なお酒に合いそうな料理のラインナップとなっており、あたしは適当にお肉料理を頼むのだった。
メリルさんは何か言いたげな目線を送ってくるが、そもそもこれから貴族だと絶対しないような魔王討伐の旅に出る前提なので、特に何も言ってこなかった。
「……陛下が気に入るわけですね。恐れ入りました」
諦めたようにそうつぶやいたのは流石に耳に入ったけど、無視することにした。
料理を食べている最中、当然のようにあたしはナンパされるけれど、メリルさんがガードしてくれたりして事なきを得ている。パーティ勧誘も「それじゃ、あたしと魔王討伐してくれるのかしら?」というと、みんな遠慮してしまうので、いつの間にか遠巻きに見られるだけの状態になってしまった。
ただ、こうして冒険者ギルドに居るだけでも、魔王の活動が見えてくるものである。現在魔王を名乗って活動しているのが12体おり、特に南の聖フェルギン王国の隣国であるダルガン共和国は最前線といって言い状態になっているようである。ダルガン共和国の70%は既に魔王の手に落ちてしまい、壊滅状態なのだそうで、雄大くんが向かった先がそこになる。サースフェルギンに亜人が多いのも、ダルガン共和国が亜人と共生を選んだ国だから、難民が流入した結果だそうである。ダルガン共和国で活動している魔王は4体で、それぞれの特徴からこんな感じで呼ばれているそうな。
【魔術魔王】オーバーロード
【邪竜魔王】グレートエルダードラゴン
【魔剣魔王】ロードナイトメア
【悪魔王】デーモンロード
見た目は推測するしかないけれど、どの魔王も強すぎてとてもじゃないけど人間の適う相手では無いそうである。聞いただけであたしみたいな小娘が勝てる要素はなさそうである。その上に邪神がいると考えると、あたしの世界はかなり詰んでいる気がする。
他の魔王はそれぞれ単独で名乗りを上げているけれども、基本的にはフェルギンからはそれなりに遠い国で活動している。だからこそ、勇者は旅をして自力をつけて魔王を討伐しに行くのだそうだ。ただ、噂だとどこの戦線もあまり芳しくない状況らしい。
「いや、そんなのどうやって倒すのよ」
「普通の人間には無理でしょうね」
「あたしだって無理だよ?!」
期待に満ちているメリルさんの瞳にあたしはそう返す。だって、無理なものは無理だし、次元の違う戦いとかをあたしに期待されても困るのだ。
「大丈夫ですよ。エリシア様ならティティアナ・フィルランクス様のような魔法使いになれますよ」
「どう言う人かはわからないけれど、相当な人だからね?!」
《五元素使い》ティティアナ・フィルランクスは、魔法学校の名前にもなるくらいの偉大な魔法使いである。あたしの知ってる範囲では、魔法で森を氷漬けにしただとか、隕石を降らせただとか、湖を炎の海に変えただとかデタラメなものである。いや、この人が魔王倒せば良いじゃん。
ただ、130歳らしく、既にこの世界の平均寿命の2倍強を生きている魔女であるとされているそうだ。これはウィータさんに習った情報である。
「エリシア様はルーン魔法が使えると聞きますので、軽くそのレベルまで行きそうですが。私は魔法が使えませんので余計にそう思います」
確かに、お母さんからも聞いていたけれど、祝福なしで魔法を使えてしまうのは異常な事らしい。祝福を受けるまでは自分の中に流れる魔力を感じることが出来ないそうだ。
あたしからすれば、感じることができない方がおかしいとは思ったのだけれど、ほとんどの人は感じられないそうだ。空気のようなものかな?
ルーン魔法もルーン文字を覚えるのとどう言う魔法を使うかのイメージが出来れば使える。さすがにルーン魔法はあたしでも習得は難しいけれどね。この1週間でなんとか詠唱ありで初級攻撃魔法なら使うことはできるようになった。
「うーん、詠唱魔法なら簡単だと思うのだけれどね」
詠唱魔法はあたしからするとすごく簡単である。言葉に魔力を乗せて放てば、イメージしなくても発動するのだから、こんなに楽な方法はない。細かい制動を調整すると途端に詠唱が長くなってしまうのが欠点ではあるけれどね。
こう言うのはあたしの実感でもあるし、魔法の教科書にも載ってるくらいには当たり前のことだけれどもね。まあ、魔法の教科書をどれぐらいの人が読むのかはわからないけれども。
それにしても、冒険者ギルドに来たのは優秀なメンバーのスカウトを兼ねた様子見である。今のところ、シーヴェルクさん、メリルさん、あたしの3人のパーティであるけれども、この中にちゃんとした斥候が居ないのだ。前世の異世界冒険譚からの知識を流用すると、冒険者ギルドには往々にしてパーティを組むための募集掲示板が存在しているはずである。どういう条件で募集できるのかについてはそれぞれのお話によって変わってくるのだけれどね。あたしは早速募集掲示板を目で探してみる。紙がいっぱい貼っている板はおそらく、クエストボードだろう。その近くにあるのではないだろうか?
「メリルさん、冒険者ギルドにパーティ募集掲示板ってあるのかしら?」
「はい、あります。エリシア様は冒険者ギルドには今回が初めてですか?」
「そうよ。あたしの住んでいた村には冒険者ギルドなんてなかったしね。それに、村から出ることも無かったし」
「なるほど、ではなぜ冒険者ギルドを知っているんですか?」
「そりゃ、祝福を受けた後の男の子の憧れって冒険者じゃない。あたしの……うーん、なんていったら言いか……男友達もそういう一人だったのよ。その男友達の知り合いに現役の冒険者が居たから、多分それで知識が流れてきたんだと思うわ」
実際、アルフレッドから何度も冒険者にならないかと誘われていたわけだしね。あたしは最初から断っていたんだけど、アルフレッドは無遠慮に熱く語っていたことを思い出していた。あの時はあたしが冒険者ギルドになんか行くことになるとは思っていなかった。それも、あたしの護衛をしてくれる人を探すためにとはね。
「そうだったんですか。箱入り娘だったんですね」
「あたしはお嬢様じゃないわ。単に村の外に興味が無かっただけだし。箱入りで言うならどちらかと言うとティアナのほうがそうね」
「ティアナ様がですか。私はあまりお目にかかったことは無いのでわかりませんが」
あたしたちはそんな話をしながらクエストボードのところまでたどり着く。迷子の子猫探しから魔物の討伐まで様々なクエストが並んでいる。右側の方に移動すると、今度は募集掲示板になる。仲間を募集中というものから、仲間に入れてくださいというものまである。あたしが眺めていると、ギルドの受付の人に声をかけられた。
「エリシア様ですか」
「あ、はい」
最近様付けで呼ばれるけれども、あたしとしては実際のところは不本意である。あたしは様を付けられるようなことはしていないしね。
受付の人は確認が終わると、にこやかな笑みを浮かべて対応してくれた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日のご用件は何ですか? 見たところ、仲間をお探しのように思えましたが」
「そうね」
「でしたら、まずはギルドに冒険者登録をお願いします! 登録だけなら誰でも受け付けていますしね」
誰でも出来るんだ。それは意外だった。冒険者向けの祝福を受けた人しかなれないイメージがあったからだけれども。
「身分証としての登録は、エリシア様には不要だと思いますが、規則なので説明しますね」
受付の人はそういうと、懇切丁寧にギルドのルールを説明してくれた。
まず、ギルドに未登録の場合にできることについてである。飲食については登録していなくても出来る。クエストの依頼未登録でもできる。依頼する場合は前金とギルドが判定するランクによる報奨金を支払うことによってギルドに依頼を発注できる仕組みらしい。審査には低難易度で1日、高難易度で3ヶ月かかるようである。一般ギルドショップでのポーション等の購入も可能とのことである。
ギルドに登録した場合は、ギルド内の施設の利用料が10%割引される。クエストの受注、パーティの募集が出来るようになる。ギルドショップで高ランクの回復薬の購入や、獲得した素材の売却が出来るようになる。とまあ、ザックリこんな感じであった。
ギルドに登録するのは簡単で、ギルドが提示する誓約書に署名するだけである。
本登録……実際にランクを付けられる冒険者となるには、ギルドから課される試験を受ける必要があるらしい。本登録した場合はギルドが身分を証明することになるので、犯罪歴の調査や水晶によるスキルの鑑定を行ったりするようである。
ランク制度については、誰しもが必ず例外なく【鉄級冒険者】から開始になる。クエストの達成度やギルドへの貢献度から勘案して昇格試験を受け合格することによりランクが上がるとのことだ。【銅級冒険者】までは本登録は不要であるが、【銀級冒険者】以降は本登録が必須になるらしい。これはギルドの顔になるから、それなりにちゃんと身分が保証されている人じゃないとギルドとしても困るからと言うことだそうだ。
「以上がギルドの説明になります。もちろん、エリシア様に登録していただけたら嬉しいですし、エリシア様の場合は簡単な試験を受けていただくだけで本登録を行うことが出来ますよ」
「え、それって特別扱いじゃ……」
「エリシア様は既に身分の保証が国からされている方なので、その部分が省略されるだけですよ」
あたしがメリルさんをチラリと見ると頷いた。試験を受けろと言うことだろうか。どちらにしても冒険者ギルドは有用だし、あたしは別に冒険者になりたいわけではなかったけれど、登録することにした。そうしないとパーティメンバーの募集もできなさそうだしね。
「……わかったわ。それじゃあ、登録するわよ」
「了解です。それではカウンターまでどうぞ」
受付の人に案内されて、あたしは冒険者ギルドのカウンターまで進んだ。
ようやくこの話がファンタジーになってきましたね!
少し立て込んでてストックが無いため、一日休載します。
再開は11/19の18:00を予定してます!