町の観光1
翌日、あたしはエルウィンさんを護衛にウェリンフェルギンの街を観光することになっていた。
今日の髪形は訓練の時のようなシニヨンの変形した髪形ではなく、髪の毛の一部をリボンで括った髪形だ。服装は、貴族が来そうな外行き用のドレスで、ライトブルーを基調とした感じの若干動きにくいドレスである。コルセットは標準装備なのがつらい。戦闘用のドレスにも一応はコルセットは装備しているけれど、慣れないものは慣れない。
それにしても、なんで村娘のあたしがこんな貴族みたいな待遇を受けているのかわからない。そのうち悪役令嬢にいじめにあいそうである。まあ、あたしの場合は真正面から返り討ちにしちゃいそうではあるけれど。どちらかというとティアナがそういうヒロインっぽい感じがする。来年にはそういう学校に通うことになっているしね。
あたしの着付けが終わると、入り口にはエルウィンさんが待機していた。
「おはよう、エリシア。今日は街に出るそうなので、ご一緒させてもらうよ」
「よろしくお願いしますわ、エルウィンさん」
すっかり身についてしまった貴族言葉であいさつをする。ダルヴレク語は当たり前ではあるけれど、敬語以外にも貴族言葉というものが存在する。これはニホン語では区別がつきにくいのだけれど、貴族に対してはこの言葉で話すのが礼儀であるということをウィータさんから学んだ。新しい言語でもないので、習得するのは簡単だったけれどね。
「おお、しっかりと貴族言葉を習得しましたか。これならどこに出しても恥ずかしくないね」
「お褒めいただき光栄です」
これも、ノーウェル様とお茶をしたりしていたおかげであろう。ノーウェル様とはなぜかすっかり仲良くなってしまった。王家の姫様と仲良くなったというのは不敬であるだろうけれど、そうとしか言いようがない。最近だんだん、あたしがただの村娘であったことが疑わしくなってきた。
「では、エリシア、行きましょうか」
「はい、ご案内、よろしくお願いいたしますわ」
まあ、あたしがこういう貴族言葉を城内以外で使う意味はない。つまり、エレベーターに乗った時点であたしは元の言葉遣いに戻してしまう。
「ふぅ、貴族言葉って疲れるわー」
「勇者様方とはいつもその口調で話してますからね」
「それはそうよ。勇者様って言っても、精神的にはあたしとそんなに変わらないじゃないの」
そりゃまあ、前世の彼と今のあたしの精神年齢は近いけれども。感覚としては村の友達と遊んでいるときの感覚に近い。これであたしより年上?と感じるレベルである。チートスキルが無かったら、勇者とは呼べないだろう。
「確かに、17歳にしては幼い人物が多いですね。陛下もその点は憂慮しておられますよ」
「勇者様方に聞いた話だと、まだ彼らも学生ですからね。学生をやったことのないあたしのほうが精神年齢が高くても変じゃないかもですけどね」
「ははは、私からしてみれば、エリシアも十分子供ですよ」
「ありがとう。まだあたしはレディとは呼ばれたくないしね」
何もなければ、今頃はアルフレッドと結婚の準備が進められていただろうけどね。残念ながら今ではその目はないけれども。別に婚約破棄になったのだってアルフレッドの自業自得なわけだし、裏切ったわけではないし。そう思うと、あたしも存外アルフレッドの事は好きだったんだなと思う。不意に異世界転生ものの小説の内容が思い浮かび、あたしはそう言い訳していた。
と、エレベーターが止まり、扉が開く。
「1階に到着しました」
「ありがとうね」
「いえ、これも仕事ですから」
あたしはエレベーターガールにお礼を言うと扉を抜ける。
「あ、そうだそうだ」
あたしは思い出し、スマホを取り出して慣れた手つきでエレベーターの写真を撮る。
「それは、記録水晶のような物ですか?」
「記録水晶?」
また、異世界ファンタジー特有の単語である。
「ええ、風景とかを記録するための魔法道具ですね。エリシアは見た事ありませんか?」
エルウィンさんはそういうと、懐から何かの紋章を模したような形をした水晶を取り出した。どうやらこれが記録水晶と呼ばれるものであるらしい。あたしは村でそういうものを見た記憶がない。
「リナーシス村では見たことないわね」
「そうですか。まあ、王都では市販品なので、後で購入しておきましょう」
エルウィンさんはそういうと懐にしまう。あの大きさのものを何処にしまったのだろうか? もしかしたらそう言う魔法の道具袋みたいなものもあるのかもしれない。
改めてあたしは、この世界のことについて何も知らないんだなと思った。でも、転生前の世界のことについて彼が熟知していたとは思わないし、知らなくて良いと思うんだけどね。知識欲は前世の彼よりも強いけれども、全部を知りたいわけでもないしね。
あたしは場内の市場をカメラに収めながら、エルウィンさんと一緒に街に出た。
「この街がウェリンフェルギンです。西王都、貿易街、港王都色々呼ばれています。かなり広いので、要所要所を見て回るだけにしましょう」
「ええ、案内よろしく頼むわね」
「では、手配していた馬車に乗り込むとしましょう」
エルウィンさんはそういうと、入り口のところに止まっていた馬車に乗り込む。まるであたしが貴族令嬢になった気分である。女として、こういうお姫様体験もまんざらではないけれども、こういうことが続くと傲慢になりそうだなと思った。花よ花よと育てられれば、そうなってしまうのだろうなと体感して思う。だからこそ、庶民感覚を得て傲慢さが無くなった令嬢はもてるのだろうなと、あたしは異世界転生悪役令嬢モノの小説を思い出して苦笑した。
「まるで、貴族様ね」
「なにをおっしゃる。エリシアはまだ正式ではありませんが貴族ですよ?」
だから、あたしがふと漏らした言葉にエルウィンさんがそう返したのを聞いて、あたしは心底驚いてしまった。
「はぁ?」
「いや、陛下から直々に家名を頂いたでしょう? エリシア・レアネ・フェルギリティナと」
あの気の良い王様から、確かにそう名づけられた。それがどうしたというのだろうか。
「なので、エリシアはフェルギリティナ家の当主となりますよ。エリシアは勇者様方と世界を救うと言う使命があるので、周りはうるさくないでしょうけど、ティアナ様は現在男性の貴族様方から婚姻の申し込みが殺到しているはずです。ティアナ様が学園に行くことになっているのも、婚姻の相手を見定めるためと言う目的もあるのですよ」
「うぇ?」
だから、ティアナが予想以上にやつれていたのだ。今までは父親の加護があったけれど、父親はリナーシス村にいる。つまり、ティアナには守ってくれる存在は無いのだ。だからこそ、ウィータさんもティアナに対してはあたし以上に厳しく指導していたし、あたし以上に貴族として、神官としての振る舞いが身についていったのだろう。
「……ティアナには同情するわ」
「エリシアも、最終的に同じ立ち位置になることを忘れないでくださいね?」
やめてくれ、それはあたしに効く。やめてくれ。あたしはリナーシス村に戻るのだ。改めてそう決意したのだった。だって、あたしには貴族なんて向いていないのである。そんなことより村でマーティ兄さんと一緒に農業に勤しんでいたかったものである。
基本的にエリシアが驚いて「はっ?」「はぁ?」と言う展開が基本展開になります。