幼馴染1
あたしは、一人で晄ヶ崎駅に来ていた。
以前来た時とは違って、悪い空気が漂っている感じはしない。
ちゃんと封印が機能しているのだろう。
それにしても、街の事は何となくわかるにもかかわらず、なつかしさとかは一切感じなかった。
あたしの中のシーナは一体どうなっているのだろうか?
【魔物エリシア】の夢も最近ではほとんど見ないため、あいつがどうなっているのかについてもほとんどわからない状態である。
そして、今のあたしにとって、シーナは自分の前世である実感は無い。
もともと希薄だったけれども、今ではあたしとシーナは完全に別人として認識している。
だからこそ、あたしはシーナとの因縁に決着をつける必要があると思ったのだ。
どうやって?
あたしは記録をたどり、シーナの実家に向かう。
シーナの両親は共働きで、今は夏休み中の弟が、父親の実家に預けられていなければいるはずだ。
……と思う。弟くんの面倒はシーナが見ていたはずだから、シーナがいないならば誰かが見なければいけないとおもうからだ。
バスに乗って、シーナの実家に向かう。
どのバスに乗って、どこのバス停で降りればいいのかについては記録にあるけれども、家の位置は実感が無さ過ぎて探すのに苦労してしまった。
【椎名】と書かれた表札を見つけて、ようやくその一軒家がシーナの家である記録を参照できた。
「……ここが彼の……」
なつかしさも何もない、郷愁の念も感じない。感じるとするならば、友達の家に遊びに来た感覚が近かった。
知ってるけど知らない人の家。
ただ、今は人の気配を感じることができない。
パッと見、生活感はあるし、駐車場に止めてある車も無いので、両親は出社してるのだろう。
これでは、あたしの中にあるはずのシーナがよくわからないまま終わってしまうが、他に手掛かりはないので仕方がない。
あたしが帰ろうとすると、不意に呼び止められた。
「あの……。康平に何か用、かしら?」
「ん?」
あたしが振り向くと、あたしより年上の女の子がいた。
容姿は幼く見えるけれども、中学生とは異なる雰囲気を感じる。
大人びたような、それでもまだ子供を抜け切れていないような感じだ。
彼女はツヤツヤした黒髪を一つにまとめており、幼げな印象を受ける。
朋美には負けるが、こっちも美少女だった。
「えっと、どなたかしら? なんで、あたしがコーヘーさんに用があると?」
「あれ、違ったかな? なんかそんな感じがしたし、康平の家を複雑そうな表情で見てたから、てっきり康平が昔助けた子なのかなと思ったけれど」
「……まあ、昔助けられたことはあるけれども」
「やっぱり! 康平ったらお人好しで、よくいろいろな人を助けてたからさ!」
明るい表情でそういう女の子。
あたしはその間に記録をたどる。
とはいっても、シーナの記録はどれも顔にモザイクがかかったかのように思い出せないので、推測するしかない。
「でも、ごめんね。康平って事件に巻き込まれて行方不明なの。帰ってきたら伝えておくから、お名前を教えてもらってもいいかな?」
そもそも、今はシーナがどうなっているかはわからない。
少なくとも、あたしの中にはいないように感じる。
そして、目の女の子はおそらく、シーナの幼馴染の女の子ではないだろうか?
「えっと……」
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね! 私は須藤 詩織よ。16歳で、高校一年生よ。椎名 康平くんの幼馴染で、今は学校は別の高校に通っているけど晄ヶ崎高校に通っていたわ」
「あー……、あたしは石橋 エリシア。みんなからはエリって呼ばれているわ。中学校3年よ」
「1コ下なんだ……! そんな子を助けたんだったらひとこと言ってくれればよかったのに……」
ぷくーっとむくれる詩織。
ただ、シーナとしての懐かしさを感じることも、よく嫉妬してそう言う仕草をしていたことをすぐに思い出すことも無かった。
シーナとしての記録だけが残された……。いや、実際あたし自身、エリシアとしても記録しか残っていない。
あたしは誰だ?
椎名康平でもなければ、エリシア・デュ・リナーシスでも無い、あたしは誰だ?
とりあえず、思考の迷宮に落ちいっていないで、目の前でやきもきしている詩織に声をかける。
「あー、まあ、最近助けられたから、伝わる前に行方不明になっちゃったのかもしれないわね」
「む、……それはある、かも」
「あと、別にあたしはコーヘーさんに惚れたとかそういうのじゃないわ。だから嫉妬しないで」
「?! そ、そそそそそそそそそんな!!」
「あたしの友達にも、そういう子がいるの。両想いなんだけれど、どちらも動けてない感じ」
「そ、そうなんだ……?」
「うん」
あたしはうなづく。
あいつらはやくくっつけばいいのに。
ただ、せっかくシーナの事を調べにきて、見つけた手がかりだ。
あたし自身の事にも関係するので、詩織に聞けるだけ聞いておいた方がいいかもしれない。
あたしはそう判断すると、こう切り出した。
「ただ、助けてもらってなんだけれど、コーヘーさんのことをあたし、よく知らないのよね。よかったらあたしにコーヘーさんの事を教えてもらえないかしら?」
「え、うん、いいよ!」
こうして、あたしは詩織の家にお邪魔することになった。
詩織の家は、椎名康平の家の隣だった。
一軒家で立派な家だ。部屋までの廊下は綺麗に整えられており、詩織の母親とあいさつをして詩織の部屋に上げてもらう。
やっぱり、詩織の母親もあたしには見覚えが無かった。
かなり優しそうなお母さんで、純一園長や朋美を想起させる。あたしの母親ではなかった。
「どうしたの、なんだか複雑そうな顔をして?」
詩織にそう聞かれたとき、ようやく自分の表情に気づくぐらいには衝撃を受けた。
「い、いや、あたし孤児院暮らしだから、お母さんって知らないのよね」
咄嗟に【嘘】をついた。だけれども、この「石橋エリシア」にとっては母親はいないのかもしれない。
口から出た嘘が嘘のように感じなかったのだ。
記録ではあたし自身で自分の意志ではなかったにしても殺している。実際、殺させたという意味では広瀬のせいだし、広瀬が殺したといって間違いはない。
だが、本来そんなものは他人が言う客観的な見方だ。そうだったはずだ。
「あ、そうなんだ……」
「ま、別に親が居なくても何とかなっているし、親代わりの先生も優しいから、詩織さんが気にする必要は無いわ」
「う、うん」
あたしはそう言って詩織を誤魔化すが、あたし自身、誤魔化しきれていない。
今の自分は、朋美や蘭子、十代や輝明、小南のおかげで、純一園長のおかげで"空っぽ"ではない。
ただ、今のあたしにとって過去はがらんどうだった。申し訳程度の埋め合わせで記録が残っているに過ぎない。
その事実が、詩織とのわずかな交流で浮き彫りになってしまった。
「だ、大丈夫?」
「う、うん、大丈……」
気が付けば、あたしは意識を失ってしまった。