異界化新宿駅 F10(聖剣)
蘭子の考えるタイミングは、エリシアの魔法が顔面にあたった瞬間だった。
エリシアは普段見せないほどの全力で移動しながら、炎の魔法を放っていた。
実際、あのメイスで叩き潰されてしまえば、本当にミンチになってしまうだろうことは容易に想像つく。
とはいえ、十代や蘭子よりも体力が無いはずのエリシアが、ここまで動いてかつ、炎の魔法で牽制を行っているのは戦い慣れしていることを実感させる。
「エリも頑張ってる! 行くわよ、十代!」
「おっしゃああぁぁ!!」
十代がバットを地面に置く。そこを蹴れということだと判断した蘭子は、助走をつけてバットに足を乗っける。
蘭子がジャンプをするタイミングで、十代はバットを上にフルスイングすると、蘭子はゴブリンキングの顔面向けて大きくジャンプをした。
「喰らいやがれ!!」
蘭子の渾身の右ストレートが、油断していたゴブリンキング右頬に突き刺さる。
大きく倒れそうになるゴブリンキング。
「よっしゃあ!」
十代が声を上げる。
蘭子たちはようやく、ゴブリンキング相手にワンダウンを取った。
そう、そこまでは良かった。
不意に、ゴブリンキングが羽を中心に黒い毛でおおわれる。
と同時に、まだ空中にいた蘭子が左手でがしっと捕まれる。
「きゃあ?!」
「蘭子!?」
エリシアは驚きの声を上げる。
と同時に、ダルヴレク語でゴブリンキングが悪態をつく。
『ヨクモ、オレサマノ顔ヲ殴ッタナ!』
エリシアにはわかる。ゴブリンキングの魔力が増大しているのを。
十代達も感じる。プレッシャーが上がったことを。
見る見るうちにゴブリンキングの姿は悪魔のような姿に変貌を遂げていく。
「ぐ、がぁ?!」
蘭子は握りしめられ、全身を圧迫されて肺から空気が漏れる。
このまま締め付けられたら圧死してしまうと感じた蘭子は、拳の中で身をよじらせる。
「蘭子! おおおおおおお!」
十代は渾身の力を込めてバットを振るうも、今度という今度は全く効いていないように見えた。
そう、十代と吉岡が負けたのは、この第二形態だった。
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あたしはこういう状況にも関わらず、ひどく冷静だった。
ひどく時間がゆっくりと流れているように感じる。
あたしは、理性ではもう勝ち筋なんて見えないってわかっていた。
だけれども、あきらめることなんてできない。
倒れている吉岡さん、小南に輝明。後方で頑張っている朋美やレスリング部の人たち。そして、あきらめてない十代や、握りつぶされそうな蘭子。
あきらめるなんてできるはずがない!
そもそも、なぜ魔法チートを持つあたしが、ゴブリンキングに有効打を出せないのか。
そして、蘭子の攻撃は大ダメージを負ったのか。
つまりは、このゴブリンキングはあたしにメタを張った存在なのだろう。
邪神からあたしを消すように言われたという点も、納得がいく。
ならば、頼るのは物理しかなかった。
そして、ダルヴレク語を話すゴブリン。
つまりは、この階層はきっと、元の世界に近いのだろう。
だったら、きっと応えてくれるはずだ。
だって、あの剣はあたし自身だったはずだからだ。
あたしは手を掲げる。
「来い、あたしの聖剣!」
その瞬間、一瞬だけれどもふわりと花の香りがした。
そして、あたしの目の前で構成される一振りの剣。それは、記録として覚えている聖剣よりも青く、澄んで輝いていた。
不純物の一切ない輝きを放つ聖剣は、『聖剣』と呼ぶに相応しい姿と輝きを持って、あたしの目の前に顕現した。
あたしが、柄を握ると、ひどく使い慣れた感覚を感じる。
ただ、今のあたしでは、この剣は1回しか使えないだろう。
だから、この剣で叩き切るものは決まっていた。
技名も詠唱も忘れたけれども、そんなもの無くても放てる1回きりの攻撃。
「はぁっ!」
一振りすると、何かを切った感覚があった。空間が聖なるもので研ぎ澄まされる感覚があった。
切ったのは、ルールだ。聖剣の聖なる力で、ゴブリンキングに有利なルールを叩き切った。
「おらあああぁぁぁ!!」
その瞬間、十代のバットによる攻撃がゴブリンキングにダメージを与える。
『グギャアアアア!!』
ついに、十代の強力な攻撃を受けたゴブリンキングが悶絶の悲鳴をだして、脛を抱えたのだった。
ようやく、主人公らしく主人公補正君が働いてくれた感