異界化新宿駅 F2(触手と粘液と必殺魔法《洗濯機》)
触手に電気の耐性が無いことが判明して、あたしは有利になったけれども、削り切れていなかった。
粘液が通電するからといっても、全部を通すわけでもないからだ。
「《雷嵐》!!」
周囲の空気がバチバチと放電し、テンタクルに何本もの雷が落ちるが、ダメージのとおりは70%という感じだった。10%程度の炎に比べれば通っているが、弱点属性でもないらしい。
あたしの世界でもテンタクルは遭遇例が少ない魔物だったので、あたし自身も弱点属性を知らないのだ。
それに、この異界のテンタクルは通常のテンタクルとは違うことが予想される。そもそも、通常のテンタクルがよくわからないのに、異常なテンタクルの特性など知りようがなかった。
「うわ、すごい雷! これもエリの魔法?」
「うん、だけど、あいつの粘液がアースみたいになってる感じね」
「そっか、意外な強敵だね」
ぬるぬるしている粘液に覆われ、近接攻撃は大したダメージを与えられず、魔法も炎や雷も効かない。
聖剣やあたしの愛用していた直剣があれば何とか出来たけれども、手元にない。
どうすべきか考えていると、朋美が案を出してくれる。
「粘液で困っているなら、洗い流せばいいんじゃないかな?」
「洗い流す、洗濯機みたいな?」
「そうそう。水がどばーって感じじゃなくて、ドラム洗濯機みたいな感じで選択すれば粘液もとれるんじゃないかな?」
「洪水じゃなくって、洗濯機みたいな感じ……。まあ、考えても仕方がないからやってみるわね」
テンタクルは粘液を出すじゃないかとも思ったけれども、あたしはいい案を思いつかなかったのでやってみることにした。イメージは水の柱。そこにテンタクルを閉じ込めて、洗濯機のように回転、右回転・左回転を交互に行うのだ。あと、洗濯機はたしか、布同士のこすれで洗い流していたはずなので、水柱の中に岩石でも放り込んでおけばいいかもしれない。
あたしはルーン文字を描く。さすがに、情報量が多いだけに長くなってしまう。《雷嵐》の3倍の文字量が必要だった。
「……できた!《洗濯機》!」
《雷嵐》を喰らって身動きできなかったテンタクルの足元から水柱が湧き出る。その中に、岩が生成されて、回転を始める。右回転、左回転、交互に繰り返して、粘液を洗い流す。テンタクルは脱出しようと触手を伸ばすが、混入した岩石に阻まれる。だんだん、水柱の水がピンク色になっているのが気になるが、テンタクル自身も岩石にぶつかってダメージを受けているように見えた。
「うーん、こう、洗濯機の中を見せられてる感じで、なかなかエグいわね……」
「そうね、ちょっとエグイわね」
「いや、私は別に岩を入れるって提案はしてないからね?!」
と、ピンクオークと戦っていた吉岡さんが話しかけてきた。
「なんだかすごいことやってるね。あれだったら、あそこでのしたオークを入れておく?」
「そうね、任せます」
そういうわけで、吉岡さんに《洗濯機》に放り込まれるピンクオーク。自分の体長の二倍もある生物を軽々と放り投げられる吉岡さんも、そもそも、人間をやめている気がしないでもない。「ブヒ~」という哀れな鳴き声とともに《洗濯機》に放り込まれるピンクオークは、放り込まれたとたんに発情し始める。
「あ~……やっぱり、媚薬効果があったのね、あの粘液」
あたしはあきれつつも恐ろしい効果だと思う。戦闘中に強制的に発情させられると考えれば、途端に行動できなくなるだろうからだ。あのテンタクルは発情させて動けなくなった獲物を食べる習性があったのだろう。やっぱりエロトラップダンジョンだ。
とはいえ、岩を大小混入した結果、大ダメージどころかテンタクルもピンクオークもいつの間にか消滅しており、媚薬粘液を洗い流した水をそのまま捨てるわけにもいかないため、冷凍することにした。
「《凍結》」
唱えて思ったけど、これで最初から凍らせてしまえば問題ないんじゃないかなって思ったね。ドロップアイテムの回収はできないけれども、あの媚薬たっぷりのテンタクルの粘液には触れたくないし。
「今度から、最初から水に閉じ込めて凍らせようっと」
「確かに、それができたんだったら、そうしたほうがいいかもね」
朋美はそういって笑う。あたしも倒すことばかり考えてて思いつかなかった。これは反省点だろう。
「それにしても、えりちゃんの魔法はすごいね。あたいたちはいらないんじゃないかい?」
「いえ、いてくれた方が助かります。テンタクルの場合はあまり動かないから回避しながら魔法を使えますけど、実際攻撃を避けながら魔法を使うのって、右を向きながら左を向くぐらいむつかしいので」
「そうなんだ? ま、蘭子ちゃんも強いし、問題なさそうではあるけれどね」
正直、吉岡さんの強さは割と人外レベルだと感想を抱きながら、あたしたちは地下1階の探索を続けた。
この階はテンタクルが何匹かいたけれども、最終的には氷漬けにして凌いだのだった。