ノーウェル・フェルギン姫様
翌日、あたしはいつもの時間に起きて、いつものようにお手入れをしていた。髪を解いて、寝癖を整える。まあ、あたしではドレスの着付けや髪形のセットはできないので、いつも通りに整えるだけであるが。今日の予定を思い出す。
そういえば、ノーウェル様と召喚された勇者を見に行くことになっていたっけ。あたしの前世の彼だったら、あの二人には会いたいかなとは思うけれど、会ってどうするというのもある。あたしは彼だけど、彼ではないのだ。だから、あたしからは何も言うことはないし、何も言うことはできないだろう。それに、彼らはあたしより3歳も年上のはずである。彼の幼馴染はそもそも別のクラスだったし、あたしから言うことない。あちらにも困惑を与えるだけだろうし、あたしはちゃんとエリシアとして接するべきだろう。
さて、しばらく待機しているとノック音が聞こえる。おそらくメイドさんだろう。
「はい、どうぞ」
「失礼します、エリシア様は早起きですね」
リナーシス村から離れて、そんなに経っていないので、その時の習慣というのは抜けないものである。女の子は準備に時間がかかるからね。
「ふむ、ある程度は準備は済んでいるみたいですね。それでは、本日の衣装をお持ちしましたので、着替えをお手伝いしますね」
メイドさんが持ってきたドレスは、どちらかというと動きやすそうなドレスだった。あたしの髪を昨日と同じようにまとめてドレスの着付けをしてもらう。昨日のものに比べて非常に動きやすいドレスでおそらくあたしも一緒に訓練をするのだなと思うと憂鬱になる。このドレスなら防具も身に着けられそうなドレスである。
「それではお化粧しましょう。今日は勇者様方との顔合わせですしね」
というわけで、あたしはメイドさんに化粧をさせられる。昨日とは違い自然な感じのメイクできれいに整えられた。ここまでに30分かかったけど、あの複雑な髪型とドレスの着付けを含めて30分はかなり早いようにあたしは感じた。
「やはり、エリシア様は化粧し甲斐がありますね」
「どういたしまして」
「では、ノーウェル様がお待ちしておりますので行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
あたしはメイドさんに案内されて、ノーウェル様の私室の前に来ていた。美女ではあるけれど、キツそうな性格をしたあのノーウェル様である。
メイドさんがノックをすると、中から声が聞こえる。
「お入りなさい、エリシア」
ふと、あたしはまだそこまで敬語を習っているわけではないことを思い出した。あの時は無礼講だったけど、今は違うのだ。言葉は慎重に選ばないとな。あたしはそう決意してノーウェル様の私室の扉を開けた。
「おはようございます、ノーウェル様」
「おはよう、エリシア」
ノーウェル様はあたしを舐めるように、値踏みをするように見る。挨拶だけでこの緊張感はやばい。
「……まあ、よろしいでしょう。エリシア、まだ敬語等も未熟と聞きますので、特別に今回も適度な無礼は許しましょう」
ニコリとノーウェル様は微笑む。
「まあ、私も無礼に関してはある程度耐性がついております。礼を知らない《猿ども》に比べれば、最低限の礼節は守っているエリシアの方が余程人間に見えますわ」
どうやら、勇者達はノーウェル様に嫌われることをやらかしたらしい。まあ、召喚されていきなり礼節をわきまえるというのも難しい話だよなとあたしは思う。
「ありがとうございます、ノーウェル様」
あたしみたいに習う時間はそれほど無かったはずだ。それに、前世の彼なら間違いなく喜んで礼節どころではなかっただろうしね。
「では、本日の予定を説明しますわ。と言っても、私ではなく貴女の予定ですけれどね。
しばらく後、これから1時間後にエリシアを猿どもに紹介しますわ。本来であれば、貴族の教養を身につけて欲しいところですけど、お父様は貴女にはそれを望んでいないようですしね。私としては、教養もマナーもあってこその勇者だと思うのですけれどね。
顔合わせが済んだら、猿どもと一緒に訓練ですわね。私としては、エリシアこそが勇者に相応しいと思っておりますの。猿どもにどの分野でも負けないように励みなさいな。
その後は、ウィータから最低限のマナーについて学んでもらうわ。
もしかしたら、お父様が名前を決めるかも知れないから、もし呼ばれればそちらを優先してちょうだいな。
よろしくて?」
何というハードスケジュールだろうか。それよりも、なんでそこまであたしに期待しているのかがわからない。なので、せっかくだしあたしは聞いてみることにした。
「ノーウェル様はどうして異世界から来られた勇者様方を嫌うのでしょうか?」
「当たり前じゃない。なんで自分らの世界を他所のマナーも知らない猿に救ってもらわなければならないのかしら? 私が、例え平民出身だろうとこの世界の人間であるエリシアに期待するのは何もおかしなことでは無いわ」
気持ちはわからないでもない。いわゆる、あたしはこの世界代表の勇者様なのだろう──あたしは認めて無いけど。だけれども、すがらざるを得ないのだ。女神様からの啓示であると言うのもあるが、魔王なんて強大な存在をこの世界で討伐できる人間は、それこそ数少ない《英雄》しかいないだろう。まあ、魔王の強さなんてあたしには御伽噺のレベルでしか知らないのだけれどね。
ただ、ノーウェル様の嫌い様はちょっとおかしいとは感じたけれど。
「でも、こちらの都合で異世界から召喚したわけですし……」
「関係ないわ。あの低俗な3人は即刻打ち首にしてしまうべきなのよ!」
どう言う事だろうか?
よほど不快な3人がいたらしい。
「せいぜい、見所があるのは1人だけね。それ以外は不要よ不要」
全く腹立たしいと、ノーウェル様は憤慨する。
「だからこそ、エリシアには期待しているの。同じ女だし、この世界を代表する勇者として頑張ってほしいわ」
「……わかりました。あたしに出来る範囲で期待に沿えるよう、善処します」
「ええ、そうなるように期待しているわ。1時間後、メイドに迎えに上がらせるからよろしく頼むわね」
あたしが礼をして外に出ようとすると、ノーウェル様が不意にあたしに呼びかける。何かを思いついた顔をしていた。
「……そうそう、せっかく時間があるのだし、エリシアも疑問に思ったでしょう? なんで召喚された勇者が5人足りないのかについて」
確かに気になる。少なくともあたしを除いて含めて39人は居ないと数として合わないのだ。
「ええ、気になります。ノーウェル様が話してくださるのですか?」
「ええ、最初の部分はアイリスから聞いた話だけどね。話を聞いたら、きっとエリシアも、異界人が所詮は野蛮人だと感じると思うわ」
そこまで言われると、どんなことが起きたのか気になってしまう。
「聞かせてください」
「ええ、それじゃあそこのソファーに座りなさいな。あと、美味しいお茶も用意してあげるわ」
ノーウェル様に勧められて、あたしはソファーに座る。ノーウェル様は対面の所に座り、指を鳴らすとメイドさんが出てきてすぐにお茶を準備してくれた。
「あれはちょうど、2日前の事になるわ……」
ノーウェル様は2日前の召喚の儀式の後に何が起きたのかを話し始めた。
次回はエリシア視点ではありません。
3話ほど、召喚されたクラスメイトの一人の視点で描写されます。
一部俺TUEEEE描写がありますので、ご注意ください。
ちなみに、貴族と言うか首都や街には月や時間を数字で表す習慣があります。エリシアも時間の概念自体は言葉として父親から聞いている上に、前世の記憶があるのである程度は理解できています。