偽りの平和
【児愛の家】に戻ったあたしたちはこっぴどく叱られた。
十代と蘭子は怪我をしているし、朝帰りだしでそれはまあこっぴどく怒られた。
だけれども、誰も後悔なんてしていなかった。だって、全員無事に帰るべき場所に帰ってこれたんだからね。
ともあれ、あたしたちの冒険は終わったのだ。
あれから、あたしも悪夢を見ることはなくなり(実はたまに見ている)、問題のほとんどは解決した。残る謎は、あたしがこっそり持ち帰った魔石ぐらいだろうか。
ただのエリシアであるあたしには、勇者としての資質は残っていない。お節介な部分はもともとの性格なのだけれど、魔法も使えない(マッチ程度の火おこしぐらいしかできない)し、剣術も戦うための力も無いあたしは、元の世界がほかの勇者によって救われることを祈る以外なかった。
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夏休みになった。
正確に言うならば、朋美たちが夏休みになった。
あたしは2学期から朋美たちと同じ中学校に通うことになっているが、今のあたしは自由である。
ニュースで晄ヶ崎都立高校の取り壊し工事が開始されるという話が流れ、寂しさを感じたぐらいで、あたしの周辺は平和なものであった。
輝明曰く、工事が開始した理由は、晄ヶ崎都立高校で起こる怪奇現象がある日ピタリと止んだからということらしい。あたしたちの冒険の結果、いい方向に向かっているのはいいことである。
「中学生かぁ……」
あたしとしては、朋美たちが帰ってくるまで時間を持て余すことがなくなり、幸いである。
これまでの期間の間で、日本の常識を学ぶことができたし、中学生までの勉強内容を復習することができた。化学に関しては、かなり興味を惹かれたのは事実である。実際、朋美から小学生レベルの理科を教えてもらっていた時も、かなり顔を輝かせていた気がする。
クールぶっていた性格も、あの事件を解決して以来丸くなったと言われるようになったし、植え付けられていたトラウマも、あたしの中で記録として残っているだけで、記憶としてあるわけじゃないので実感がわかず、感覚としては両親はいまだに何処かで健在で一人暮らしをしているものが近いだろう。元の世界で持っていた復讐や他のマイナスの感情となるものがごっそりと無くなっているのだから、どうしようもないのだ。
元の世界に戻りたいという未練も、元の世界で生きているだろう仲間も、思い浮かべてもまるで漫画の登場人物のように実感がわかない。こっちでの生活を大切にしたい気持ちのほうが勝るのだ。
魔法も、結局はマナが薄い世界なので使えないし、使うにしても魔法よりも科学でほぼなんとかできてしまうので意味がない。
確か、チートスキルは才能の延長上にあるものをスキルとして具現化したものだったっけ?
現代日本で生きていくならば緊急事態以外で魔法なんて使う必要がないなと思うと、あたしの才能って何だろうなと感じてしまう。
「ま、あたしはあたしだし! ちゃんと戸籍も取ったしね」
あたしは石橋純一園長の養子になり、【石橋エリシア】と名乗ることになった。園長が戸籍上養父になるが、あたしとしては異論はなかった。まさかの3つ目の名前である。だからこそ、あたしは中学校に通えることになったのだ。
夏休みが始まる。
中学校三年生、みんなにとっては最後の夏休み。あたしにとっては初めての夏休みだ。みんな受験で忙しくなるし、十代は夏の大会があるらしく、遊べる夏休みではないけれどもね。
とはいえ、未だに【勇者】の宿命を持つあたしに、平和なんて訪れるはずがなかったのだ。
だって、【魔物エリシア】は完全になるためにあたしを求めているのだ。
事が起こったのは7月21日、夏休み初日のことであった。
この時点で、エリシアちゃんは髪を黒に染め、茶色のカラコンを入れるようになります。
服装も、アクティブ寄りのストリート系で、ガーリー系ではないです。(蘭子の影響)