決戦
結果的に言えば、あたしたちの目的の部屋は3階にあった。
道中名状しがたい怪物を何体か葬り、苦労はしたけれどもようやくあたしたちは3-Cに到着することができたのだった。
「ここが、シーナの……」
まるでダンジョンのように入り組んでしまってはいるけれども、やはり学校自体はなつかしさを感じていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもないわ。ここが目的の3-Cになるわね」
「《高校生集団失踪事件》が起きた現場だね」
あたしはうなづく。
【門】の魔力の発生源であり、今回あたしは鍵をしっかりと締めることを目的にしていた。
あっちにいるあたしがこっちに来れないようにすることが重要だろう。
それに、閉じればこの学校の異界化も収まるはずだ。
「鍵は……かかってないみたいね」
ガタガタと音を立てて扉を軽く開けると、あたしは体を忍び込ませて扉を閉める。
扉は結構硬かった。
扉を閉めてあたしは教室内を見回す。
机や椅子は後ろの方にまとめられており、中心には謎の魔法陣、そして、そこで心中を果たしたのだろうか、人型の白線がテープで貼り付けられている。
そして、至る所に血痕が残っていた。そして、新しく自殺をしたらしき人たちの死体も転がっている。そして……。
「なんか強そうなやつがいるぞ!」
十代が声をあげる。
実際、教室の中央には名状しがたい怪物の親玉みたいなやつが陣取っていたのだ。
その怪物の触手は自殺者の遺体に接続されており、何かを吸い取っているように見える。いや、実際、魔力を吸い取っているのが見える。
「やばっ!」
あたしは怪物の目が動く瞬間に十代たちの前に出て、ルーン文字を描く。
「《防壁》!!」
前方に魔力障壁を展開する。
そこにすかさず光線が撃ち込まれる。
「うわあああああ!!」
「目からビーム?!」
どうやら、かなり強力な怪物のようであった。正直、あたしたちで倒せるかは怪しかった。
「十代、撤退するよ!」
あたしがそう指示をだしたところ、十代は鼻で笑った。
「ばっきゃろう! もう逃げるなんてできるもんか! 戦うしかねぇよ!」
「でも!」
「さっきの攻撃を防ぎ切ったおかげで、完全に目をつけられてんだ! それに、こんなやつを放置しておくなんてできやしねぇぜ!」
あたしは、雄大を除く多くの勇者に比べて、十代は勇者だなと感じた。あたしなんかよりもよっぽど勇者じみた性格をしていると思う。
「エリシア、防御を頼む。蘭子、いけるか?」
「なんであーしが……。まあ、大丈夫だと思う」
「よっしゃあ! いくぜいくぜいくぜいくぜぇぇ!!」
そういうと、十代と蘭子が飛び出す。あたしはすぐさま、二人を守るための魔法を唱える。
「《光鎧》!」
魔力による光が二人を守るための鎧になる。
怪物から伸びてくる触手を十代がバットでいなし、蘭子は十代の後ろに続く。
「いくぜぇぇ! 必殺! 特大ホームランッッ!!」
接近した勢いのまま、十代はバットを振りぬく。名状しがたい怪物は何とも形容しがたい不快な悲鳴をあげる。
「っしゃあ! 打撃は有効だな!」
「だったら、目玉みたいなところはどうよ?」
蘭子はそういうと、目玉を蹴りつける。スニーカーなので大したダメージではないものの、苦しみの声をあげる。
「エリちゃん!」
「わかってるわ! 《防壁》!!」
十代と蘭子を狙った触手が鋭い攻撃で突き刺そうとしてくるところを、あたしが魔法でカバーする。
「輝明くん、僕たちどうしようか?」
「え、俺に聞く? 武器とか持ってきてないから、どうしようもないでしょ。十代じゃあるまいし、あんな触手を捌き切る自信はないよ」
「ふむ、確かに。エリシアさんも十代くんと蘭子さんの支援でかかりきりだしね」
「そうそう、ファンタジー戦闘を観戦するしかないでしょ。いざというときにみんなで逃げれるように逃走経路も確保しておきたいけどね」
輝明はそう言うと、教室の扉を開けようとする。しかし、戦闘が始まったと同時に扉は開かなくなっていたのだ。
「確かに。ただ、ローグライクダンジョンのお決まりとして、戻れはしないと思うんだけどね」
「あー、まあ、そうか」
「どうせだったら、あの死体にくっついてる触手でも引きはがす作業でもするか?」
輝明の危険な提案に、小南は同意する。
「なるほど、少し危険だけれども、十代くんたちよりは危険は少ないだろうね」
「それにさ、あいつ、死体から何かを吸い上げてるように見えるんだよね」
「引きはがせば、彼らの手助けになるね」
輝明と小南はうなづくと、さっそく行動に出る。
鞄からカッターナイフを取り出す。そして、机を物陰に輝明と小南は移動を開始した。
「輝明くん、小南くん?!」
そんな大胆な行動に朋美が驚く。あたしは目の前の戦闘に集中していたので気が付かなかったけれども、どうやらそんなことが起こっていたようである。朋美の声で、あたしは輝明と小南の行動に気づけた。
二人はこっそりと近づいて、死体から触手をはぎ取る。
そんな二人を妨害しようとすると、十代のバットがうなりを上げる。
「オラオラオラァ! よそ見してんじゃねえぞ!!」
そんな感じで、輝明と小南は死体から触手を引きはがして、死体を引きはがす作業をしていた。
あたしとしては、かなりナイスな行動だと思ったし、【勇者エリシア】なら、一人でぜんぶこなしてただろう。改めて思うのが、当時のあたしは化け物だなということだ。
エネルギー供給を断たれ、全身を金属バットや拳で殴られているにもかかわらず、まだ攻撃を仕掛けてくる名状しがたい怪物。
あたしは《防壁》とは別に攻撃魔法を放つ。
「《光槍》!!」
あたしは、光の槍を魔力で生成する。
「エリちゃん! たぶん、あそこが核だよ!」
朋美が指さした箇所は、おそらく心臓部だろう。十代と蘭子との戦いの中で徐々に露見してきた弱点であった。
「ありがとう、わかったわ!」
あたしは、弱点を見つけてくれた朋美にお礼を言うと、槍をその場所に向けて放つ!
光の槍が突き刺さったとたん、名状しがたい怪物は一段と激しい声を上げ、のたうち回る。
「うるせえええええええ!!!」
十代は耳をふさぎながらも、バットで応戦する。
蘭子は触手の攻撃に巻き込まれて吹き飛ばされてしまった。
「らんちゃん!!」
「ぐえっ!」
だけれども、輝明がナイスキャッチしたおかげで、大した怪我はなさそうであった。
そうして、ひとしきり暴れた後、名状しがたい怪物は黒い炭のようになって消滅していった。
「よっしゃあ! 勝利!!」
なんだかんだで一部しのぎ切れていなかった攻撃にあたり、血を流していた十代が勝利宣言をする。
いわゆるボスを何とか討伐したあたしたちは、その場でへたり込んでしまったのだった。
・・・・・・・・・・
「十代くん、大丈夫?」
救急箱を持ってきていた朋美に治療してもらう十代と蘭子と輝明。
一番怪我が重かったのは、やはり前線で戦っていた十代だった。バットは変形し、ボコボコになっており、もはや野球をするのに向いていない形に変形していた。
「わりぃな!」
といっても、全然元気そうではあったが。
「蘭子も、ここまで戦えるなんて思わなかったわ」
「ま、あーしも昔はグレて喧嘩してたしね」
お前、中学生だろと思うところはあったが、あたしはあえて言わないことにした。
「輝明もナイス!」
「いや、あのままだったら蘭子さんやばかったしね。非戦闘員の男子として体を張ったまでだよ」
蘭子と輝明がハイタッチをする。
そんなこんなで戦闘後の処理を終えたあたしは、【門】を見る。
地面に書かれた魔法陣が、周辺に漂う転生希望者の魂を糧に異世界への扉を作る構成になっていた。ただ、魔法陣はそもそも書かれている内容はめちゃくちゃで、意味のないものであったけれども、場所と、魂が望むもの、そしてあたし自身の繋がりが【門】を異界へとつないでいるように見えた。
「えーっと、まず、地面の魔法陣を消さないとね」
「え、やっぱりこの魔法陣って意味あったんだ?」
「いや、無いわよ。きっかけにはなっているけどね」
「呼び水になっているということかな?」
「そういうこと」
警察の皆さんには申し訳ないけれども、このまま放置してもまた【門】が作られてしまうので消してしまうことにした。