侵入
翌週、あたしたちは準備を整えて、晄ヶ崎都立高校に向かった。
どうやら夜になると、警察は見張りをやめるようで、晄ヶ崎都立高校への侵入は正門から堂々とやっても大丈夫なくらい、ザル警備であった。
「おお! ここが晄ヶ崎高校跡だな! 探索とかワクワクすんぜ!!」
無邪気に楽しそうにしている十代は、野球の金属バットを手にしている。
「なんでバット持ってきてるのよ?」
「これから、異世界の門を閉じるんだろ? だったら妨害する敵が出てきても変じゃねぇからさ! 俺が退治してやんよ!」
話をした段階で目をキラキラさせて、参加を表明した十代だけあって、ファンタジーな状況に期待しているようであった。
「普通に考えたら、学校に怪物が出たりしてたら警察官や自衛隊が動いていると思うよ」
「それな」
「二人とも夢がねぇなぁ! ま、俺様のバットが敵を蹴散らしてやるからみてろよな」
十代は力強く弱気?な二人にこたえる。
とはいえ、【門】の影響で異界化してしまっている可能性は否定できないので、実際十代は心強い存在であった。とはいえ、そんな化け物が出てきても今のあたしたちでは対処ができないと思う。せいぜいがヒット&アウェイで逃げる戦略しかない。
蘭子も朋美も怖がってはいるが付いてくる気満々だし、そもそも、今のあたしは魔法もろくに使えないので戦力外でしかない。むしろ、蘭子のほうが戦力になるだろうぐらいまである。
そんなわけで、あたしたちはさっそく学校に侵入した。
セコムが動いてる可能性は普通にあったけれども、実際に侵入してみるとそれも働いていない様子であった。
「あれ、セコム、切れてるのね」
「本当だ」
「今は夜中だし、警官もいないからセコムは動いていると思ったんだけどな」
なぜ、セコムを切っているのか理由は不明だが、あたしたちは校舎内を進む。
夜の学校は暗く、気味が悪い。まさに季節外れの肝試しといった感じであった。
「ほんと、夜の学校ってなんでこんなに気味が悪いんだろうな」
「人気がないからじゃない?」
「少し早いけど、肝試しって感じね!」
「まだ6月なんだよなぁ」
「ま、お化けだろうが何が出ようが俺様の相手じゃないぜ! 野球部根性を見せてやんよ!」
そんな感じで恐怖を紛らわすために話をしながら歩いていると、不意にあたしは気配を感じた。
「十代!」
「お、おう!」
あたしが指を刺す方向には、名状しがたい怪物がいた。
周囲の輪郭が黒い靄ではっきりしないのは、まだこちら側に完全に顕現できていないからだろう。
「ヒィッ!」
「化け物?!」
「非科学的な!」
びっくりする非戦闘員の輝明と小南と朋美。それを守るように、十代と蘭子、あたしが前に出る。
「武器を持ってきててよかったわね!」
蘭子は鞄から木刀を取り出すと、あたしに手渡してくれる。そして、目の前の敵にファイティングポーズを取る。
「ありがとう」
「きっしょい怪物だな! 俺が退治してやんよ!」
十代はそう言うと、名状しがたい怪物に突撃をかます。その場から動かずに伸ばしてくる触手も、バットで薙ぎ払うと、怪物まで距離を詰める。
「いくぜぇぇ! 必殺! 特大ホームランッッ!!」
十代のバットは金属バット。それをフルスイングで怪物の体にヒットさせる。
「やるわね、十代」
蘭子も十代に続いて、殴る用のグローブを装備しており、怪物を鋭いパンチで殴りつける。
「肝が据わりすぎじゃない?」
あたしはあきれつつも、敵を観測する。
魔力の流れから、【門】から漏れ出た敵であることは間違いなかった。
というか、改めてあたしはこの場所でなら普通に魔法が使えるのではないかと考える。
木刀を杖代わりにして、空中にルーン文字を描くと、魔力を乗せた文字が空中に描かれる。
「エリちゃん!?」
「あれは、ルーン魔術!」
「《火炎》!」
あたしの周囲に発生した火の玉は、蘭子の背後から攻めようとしていた触手を燃やす。
「火?!」
「援護するわ!」
「……何だか知らないけど、任せたわ!」
それ以降、あたしたちは特に苦戦することなく、その怪物を打ちのめすことができた。
特に、十代が金属バットでボコボコにタコ殴りをしてくれたおかげでもあるだろう。
「はっ! 楽勝だったな!」
十代は威勢よくバットを振り上げる。
「なるほどね。セコムが止まっている謎が解けたよ」
小南はそう言うと、自信満々に解説してくれる。それはまあ、あたしたちの想像を超える話ではなかったけどね。
「ま、あんな怪物がうろついてたら、警報が鳴りっぱなしになるわな」
小南の解説の感想に輝明が返した答えが一番わかりやすかった。
「にしても、タコみたいな怪物だったな。倒したら消えちまうし、この学校だけRPGの世界になってやがる」
「エリの想像が現実になりつつあるってことね。あーしらだけで解決できる?」
「それに、エリちゃんが攻撃魔法使えるのもびっくりしたよね」
「この学校、やっぱり【門】が近いせいで魔力が空気中に漂っているのよね。だから魔法が使えたのよ」
「すっげー! 俺も使えるかな!?」
「……たぶん、使えないと思うわ」
「ちぇー。まあ、なんにしても、またあんな怪物が出てきたら任せてくれよな」
十代はそう言うと、汗を拭う。そりゃまあ、あれだけど派手に攻撃すれば、汗もかくだろう。
武器のバットもボコボコにへこんでおり、凶器度を増している。
蘭子も普段のストリート系のファッションから、動きやすくて戦いやすい格好に着替えているのはカンがいいのかなと感じた。
さて、そんな感じで探索をしていくと、朋美がこんなことを言ってきた。
「……なんだか、想像よりも広すぎない? 私たち、まだ1階にいるよ?」
上に上る階段が見当たらないどころか、異界化しているといって間違いなかった。
そして、階段が見つからない理由も、あたしたちの目的のせいで拒まれていると考えるのがふつうであった。
「ローグライクダンジョンのようになっていると考えると、もしかしたら教室内も確認したほうがいいかもしれないね」
「ローグライク? ああ、不思議のダンジョンね。まさか現実世界で体験することになるとは思わなかったよなぁ」
「輝明、おめぇ、攻略法とかわかるか?」
十代に言われて、輝明は手書きのダンジョンマップを見せてくれた。
「ざっくり、今まで歩いてきた感じでマッピングしてたけど、敷地内の2倍ぐらいはありそうだよね。エリシアさんの誘導で移動しているけど、廊下をぐるぐる回らされてる感じから、小南の指摘通り、教室内に階段が移動している可能性は高いだろうね」
確かに、あたしは廊下の道なりに、【門】へと続く魔力をたどって移動していたけれども、次の階にたどり着いていなかった。
「それに、ローグライクダンジョンになっていると仮定するなら、3-Cは3階にあるとは限らないだろうね」
「それはちょっとめんどいわ」
「ゲームとかなら楽しいんだけどね」
「現実だと疲れるだけだよ!」
とりあえず、輝明の指摘のおかげで案内する方向に変化が加わった。教室内も階段がないかどうかを確認する作業が増えた。
地味に面倒ながら、実際に教室の中に階段が存在する光景は異様でしかなかったが、あたしたちは無事に次の階に上ることができたのだった。