悪夢
改稿にしようと思いましたが、案外文章が長くなっちゃったので、分割投稿します。
せっかく名前が出てきたのに活躍がなかった現代人の知り合いに頑張ってもらう話になります。
あれ以来、あたしは変装して朋美や蘭子と遊びに行くことが増えた。
筋力もリハビリが必要ないほどには回復したし、そもそもこの世界は戦いを必要としていない。
あたし自身も、あの世界に未練がそれほどあるわけでもなかった。
理性的に考えても、育った世界に未練がないなんてどうかしていると思うけれども、どうしても未練が無い。それどころか、実感も徐々に薄れている気がしていた。
だから、《高校生集団失踪事件》に関してもそこまで興味が引かれなかったし、このまま日本で暮らしていくべきではないかなと感じていた。
あたしが何か重大なものを無くしていて、それがわかっているのに、あたしはそれを良しとしていた。
とはいっても、情報化社会の中に過ごしていれば自然と情報は入ってくるものである。
ローカルニュースで市内の自殺者数が急増しているニュースだ。
残念ながら、《高校生集団失踪事件》は異世界に集団拉致事件に違いないのだけれども、異世界人の召喚によるものである。つまり、自殺したり交通事故死をしたところで意味はないのである。
そのせいか、高校は取り壊しになる予定となっているそうである。
「ふ~ん……」
そんなニュースをあたしはあまりやる気なく聞き流していた。
おそらく、手掛かりがあるとすればあの学校にあるのだろう。そうは思うけれども、元の世界に帰るモチベーションは、今のあたしにはなかった。
それに、こんなにも非力になってしまい、魔法も使えないあたしがあの世界に戻って何の役に立つのだろうか?
お母さんの仇をとる気もなぜかないし、あの悲惨な体験が、今ではすごく遠い記憶になっている。
実際にあたしの感覚は女神に祝福を受ける前の感覚にまで戻っていた。
積極的に下級生の面倒を見ているし、こっちの世界の料理も学んでいる。勉強だって勉強したいことを学べるし、命の危険だってない。
自分でもわかっていた。【勇者エリシア】は今の自分ではないことを。
今のあたしはただの【エリシア・デュ・リナーシス】でしかないのだ。
だけれども、そんなただの女の子のはずのあたしを【運命】は放っておいてなんかくれなかったのだ。
ある日の夜。あたしは悪夢を見た。
地獄の中、襲い掛かってくる魔物をなぎ倒し、憎悪に塗れながら元の世界に戻るためにさまよう夢だった。
魔物の返り血に塗れ、どす黒い剣を振るう姿は、まるであたしを怪物にしたような姿で……!
偶然存在した鏡で自分の姿を見たところで、あたしは目を覚ました。
「はぁ……はぁ……っ」
あたしの体は冷や汗に塗れ、息も上がっていた。
「……ん? エリちゃん、どうしたの?」
「な、なんでも……」
「悪い夢でも見ちゃった?」
「そんなとこかな」
夜中であったが、どうやら隣のベッドで寝ていた朋美を起こしてしまったようであった。
二段ベッドの上に寝ている蘭子は反応がないところを見ると、寝ているようである。
「だったら、神経を抑えるために、ホットミルクでも飲もうか?」
「そうね。あたし、作ってくるわ」
「うん、じゃあ私は寝なおすね~」
あたしは部屋を出ると、キッチンに向かう。
実際、喉はカラカラだったし、汗で張り付いてる服も気持ち悪かった。
キッチンでコップを取り出すと、ウォーターサーバーで水を汲み飲み干す。
その間にミルクを耐熱コップにそこそこ注ぎ、電子レンジでチンをする。
そして、寝汗でぐっしょりな寝間着を変える。
その間、あたしはあの悪夢を思い出していた。
あの、いやにリアルな感覚。覚めても覚えている悪夢。あの夢はいったい何だったのだろうか?
ただ、少なくとも今のあたしにないものを持っていることだけはわかる。
「あれは……あたし?」
今のあたしを【勇者エリシア】の外側だとするならば、あの地獄を歩く怪物はきっと【勇者エリシア】の内側だろうと思った。
だとするならば、あのもう一人のあたしがさまよっていた魔物だらけの世界はいったいなんだろうか?
どうして今になってこんな夢を見てしまうのだろうか?
どうしても考えてしまう疑問を、あたしはホットミルクを飲みながら頭の隅に追いやってしまうことにした。
今のあたしにはどうしようもないことだ。
考えたところで無駄でしかないので、思考を放棄することにしたのだった。
その日以降、あの地獄を歩く【魔物エリシア】を夢に見るようになってしまった。
あの怪物はあたしを、【エリシアの欠片】を求めて彷徨っているし、【勇者エリシア】よりもはるかに強大な強さを持っていることを実感している。
「エリちゃん、顔色悪いよ?」
「う、うん……」
朋美や蘭子に心配されてしまう。
「顔色悪いわよ。……先生に言って、心療内科でも受診してくるべきね」
「そ、そうね」
おそらく、それで解決するほど簡単な話ではないだろうなと感じた。
あたしの魂はおそらく、どういうわけか二つに分かれてしまったのだろう。
一方はシーナの居た世界に、一方は邪神に連れ去られてしまったと考えるのが妥当だろう。
翌日、あたしは担任の先生に連れられて、心療内科を受診することになった。
悪夢を見て、不眠症になっているからである。
診察の結果、記憶を失った後の不安が解決したことにより、記憶を失う以前のトラウマが再発したのでは、ということになった。
結果、処方されたのは睡眠導入剤である。
それ以外にも鬱を抑える薬ももらった。
ただ、こういった不安を解消する方法は、元の世界で学んでいる。
というか、あたしの世界はそういう不安しかない世界だったからね。
原因を突き止め、解決する。
つまりは、あの【魔物エリシア】との繋がりを断つか、倒すしかないのだろう。
とはいえ、別の世界の話になってしまうので、あたし単独で調べてもどうしようもない。
だから、申し訳ないけれども朋美と蘭子にも相談することにした。
その交渉はこれからするんだけれどね。
「ねえ、朋美、蘭子」
「どうしたの? エリちゃん」
「あたし、自分が悪夢……不眠症になっている原因に心当たりあるのよ」
あたしがそう告げると、二人はなぜかうれしそうな顔をする。
「ようやく話してくれる気になったのね」
「うんうん、一人で突っ走らないか心配していたんだからね!」
その返答に、あたしは困惑する。
「え、あたしってそう見えてた?」
「うん、エリちゃんって、いつも何かを隠している感じだったしね」
「あーしたちだって、それがわからないほどつるんでないわけじゃないわよ」
「うぅ……」
あたしは少し、恥ずかしい気持ちになった。
実際、顔は熱かったし、顔が真っ赤になってたんじゃないかなと思う。
「で、あーしたちは何すればいいの?」
蘭子が切り出してきたので、あたしは自分の考えを答える。
「《高校生集団失踪事件》って覚えているかしら?」
「……ああ、ちょっと前に話題になってたわね」
「ニュースでちらっと見ただけだからあんまり覚えてないかな」
「まあそうよね」
あたしは肩を落とす。
「《高校生集団失踪事件》がエリにとっての手がかりなわけね」
「そう、たぶんね」
蘭子の言葉に、あたしはうなづく。
あの高校がおそらくきっと、現代日本とあたしの世界のつながりな気がするのだ。
「ま、輝明なら知ってるんじゃない? パソコン詳しいし」
「今日も小南くんと一緒にゲームしていたと思うから、聞いてみたらいいんじゃないかな?」
そういえば、今日は土曜日である。中学校はお休みのようであった。
「あれ、十代は?」
「ああ、部活で野球やってるわよ」
「なるほど」
確かに、十代とはあまり話した記憶がなかったので、部活に入ってたからなんだなと納得する。
しかし、野球部とは初耳である。まあ、そもそもあたしの世界に野球なんてなかったのだから仕方がない。そもそも、【スポーツ】という娯楽のほうが希薄なのだ。
「なら、輝明に聞きに行きましょ」
「時間もたってるから覚えているかはちょっと微妙だけれどね~」
あたしたちは《高校生集団失踪事件》について何か関連する情報を知っていないかを、輝明と小南に聞きに行くことにしたのだった。