王城へ
さて、馬車での移動である。
3日間馬車に乗りっぱなしと言うわけではない。馬を休憩させたり途中で街や村に立ち寄って補給も行うので、3日間の道のりなのだ。
あたしとティアナは少し豪華そうな馬車に案内される。ウィータさん、エルウィンさん、アーヴァインさんが同乗している。
アーヴァインさんは短髪で何をやってもうまくいきそうな感じがする騎士さんである。ただ、エルウィンさんに比べて会話に加わる回数は少なかった。
ちなみに、エレンは別の馬車での移送になるらしい。
道中はウィータさんによる宮廷での礼儀講座になる。話し方、貴族様との接し方、敬語の使い方など口頭でできるものに関して、ウィータさんから実戦形式で教え込まれる。あたしとティアナは四苦八苦しながらだけれども、何とか覚えようと頑張っていた。エルウィンさんとアーヴァインさんはその様子を微笑ましく見ていた。
昼に別の村に立ち寄り休憩になる。昼食が終わると、ウィータさんによる動作や立ち振る舞いのレッスンが実施される。女性のドレスでの挨拶の仕方とか、作法の練習である。貴族の礼儀というのは、あたしが想像していたよりも大変で、やっぱり村娘が一番だなと改めて感じたのである。夜は街に泊まり、宿屋でもレッスンである。この3日間は殆どがレッスンになってしまったと言える。3日間矯正されると、ある程度は身につくというものである。
さて、3日目の夕方のことである。空には時知らせの月が見え始めた時間帯であるけど、その頃には王都と呼ばれる場所が見えてきた。
「エリシア、あそこが王都ですよ。白亜の聖フェルギン王城を中心とした4つの城下町で構成される、通称王都と呼ばれるこの国の中心地です」
あたしは知らなかったのだけど、リナーシア村は聖フェルギン王国の東に位置するらしい。
聖フェルギン王城はとても巨大な城で、他国の城が二つほどすっぽりと入ってしまうほどに大きいそうである。中は14階層に分かれており、1階層は商人のために解放されているが、2階層以降は貴族たちの居住区となっている。中心に近ければ近いほど、上の階層に行けば行くほど地位が高くなるとのことである。
その周りに、城下町が4つある。それぞれノアフェリギン、エストフェルギン、サースフェルギン、ウェリンフェルギンと呼ばれており、接頭語はダルヴレク語で北、東、南、北である。それぞれが独自の統治をしている街であるため、明確な特徴があるそうだ。人口で言うならば、一番多いのが港町でもあるウェリンフェルギンになる。冒険者ギルドがあるのが内陸部に当たるエストフェルギンだそうである。ウェリンフェルギンは顔としての役割もあるので、技術試用実験場であったり、貴族や騎士、豪商が住む地区のため治安がすごく良かったりするらしい。逆にエストフェルギンは冒険者の拠点であり、スラム街もあるため、治安が悪い。一般人が多く住むのもエストフェルギンになるそうだ。ノアフェリギンは北側の入り口、サースフェルギンは南側の入り口と言った感じでそこまで違いは無いが、冒険者は少ないため、治安は中間と言った感じらしい。
なんとなく、“東京”っぽいなぁと思ってしまったのは、あたしが前世の記憶を持っているからであろう。思ってすぐに、「トウキョウってなんだっけ」と思ったのだけど。言葉には出ていなかったようで誰も反応はしていなくて安心する。
あたしの世界は人間を襲う魔物がいる世界であるので、村みたいにカンタンな囲いではなく、城壁が街をかこっている感じである。検問までたどり着くと、馬車はいったん停車する。行者の人が門番の兵士さんと会話をして、すぐに馬車は動きだす。
さすがというか、あたしからしてみれば大都会である。煉瓦でできた建物、しっかり舗装された道、魔力で灯る街頭など、見たことがないくらいに整備されておりあたしは驚きで「ほえぇ~」っとすっとんきょうな声を上げるしかなかった。
「エリシア、見てみて! 見たこともない店がある!」
ティアナもはしゃいでいる様子である。まあ、初めて都会に出る女の子が興奮しないわけがないのである。ただ、夕暮れなのでそろそろ店じまいの準備を始めている店舗がほとんどであった。
「せっかく来たんだし、シエラへの『おみあげ』も買っておかなくちゃね」
あたしがなんとなくそういうと、エルウィンさんが反応する。
「エリシア、『おみあげ』と言うのは?」
概念はある程度はわかるけど、『おみあげ』という概念はあたしの世界にはないものである。なので、ちゃんと正しく言う必要がある。
「えっと、そう、あたしの妹のシエラにこの街で買った何かを送りたいなと思ったのよ」
あたしが前世の記憶を前世として認識してからというものの、たまに異世界の言葉が口から洩れてしまうことがある。仕方ないかなとは思うけれど、なるべくないようにしたいとは思うのだ。だって、ただの村娘が画期的な事や画期的な提案をすることは危険なことであるだろう。それに、あたし自身の生活で役に立つこと以外でその知識を発揮することは意味がないと思っている。言葉に関しては、ちゃんとニホン語であることを認識して区別しておかないといけないだろう。だって、ニホン語のいいところは端的に言いたいことを言えることなのだから、つい口走ってしまうのだ。
「なるほど、そういうことでしたか。確かに、それはいい案ですね。私も故郷に帰るときは今度『おみあげ』というものを送ってみましょう」
エルウィンさんの言葉に、あたしは少し疑問に感じた。だから端的に聞いてみることにした。
「故郷ですか? エルウィンさんは王都出身では?」
「これでも、ディーへロイ伯爵の息子でしてね。リナーシア村から言うともう少し北西の地域を統括している貴族の息子なんです。だから、ディーへロイ統括領出身となりますね」
これはさすがのあたしも聴いたことがある。リナーシア村はヴェルツング伯爵の統括領に所属していたはずだ。おっさんのフルネームは確かカーネリック・ヴェルツングであったはずである。まあ、そりゃ自分の統括領内で救世主が出てくるんだったら見に行くわな。
と言うか、エルウィンさんは伯爵の息子なんだ。あたしとは暮らし方も生きている世界も何もかもが違う人なんだなぁと改めて感じた。あたしの世界でも白馬の王子さまと言う概念はあるけれども、白馬の王子さまはやはり平民には手の届かない存在だなと改めて感じた。別にエルウィンさんに惚れているわけではないけれども。
「さ、そろそろ王城に入ります。私が教えたように、最低限の気品ある振る舞いを心がけてくださいね」
ウィータさんがそう言うと、馬車が一度止まる。
あたしが進行方向を見ると、城門がそびえ立っていた。王城の周りは深い水堀で仕切られており、橋で行き来するのだけれど、橋の入り口のところが関所のようになっている。
あたしは馬車から出していた顔を引っ込めた。
しばらくすると馬車が再び動き出し、場内へと侵入していく。
橋を渡りきり、しばらくすると、馬車付き場に到着する。護衛の騎士とエレンとはここでお別れのようである。
「エリシア、俺、立派な騎士になるよ!」
「うん、頑張ってね」
エレンにとって、ティアナは高嶺の花で、あたしは手が届きそうな花なのだろうか? あたしだったらティアナに「君にふさわしい男になるよ」と宣言しそうなものであるけど。あたしより顔可愛いし、おっぱい大きいし。
そんなわけで、あたしとティアナは王様に謁見する必要があるらしい。なので、10階まで向かう必要があるらしい。
「エルウィン、“エレベーター”への案内をお願いします」
ウィータさんがそう言うとエルウィンさんは頷いた。
王城には水流を使った階を移動するための装置があるらしい。“エレベーター”と聞いて、あたしは困惑してしまった。前世で友達の住んでいるマンションに遊びに行った時に乗ったことのある、移動する箱である。
「“エレベーター”って何ですか?」
ティアナが当然ながら聞いてくる。
「……ああ、二人は王城が初めてだったな」
アーヴァインさんが納得したようにそう言う。
おっさんが説明したそうな顔をしていたが、誰も説明しないのを察して意気揚々と説明してくれた。
「“エレベーター”と言うのは、階を移動するための装置です。水流の魔法を使って、1階から10階まで移動することができる装置ですな! 元々王城は古代遺跡を改修した施設でして、初代王であるアドレーア・フェルギン様が女神様からの天啓を受けて攻略したと言われてますな!」
だから、女神様に祝福された王国なので、聖フェルギン王国を名乗っているらしい。ある種の聖地でもある聖フェルギン王城は、人が集まってくるシンボルになったらしく、今ではこんなにも立派な城下町が出来たらしい。軽く歴史の勉強はさせられていたが、古代遺跡を改修したと言うのはやはり驚かされる。
王様も女神様を見たのかしら?
意気揚々と説明するおっさんを横目に、あたしたちは“エレベーター”にたどり着く。”エレベーター“は丸い石版に月の文様が掘られているものを床としていた。上を見ると吹き抜けのようになっており、天井は遠かった。
「皆さま、お待ちしておりました」
中央にはメイド服を着たメイドさんが立っていた。
「皆さま、中央の方へどうぞ。端にいると濡れてしまう可能性がありますので」
メイドさんに言われて、あたしたちは石版の中央に寄る。
「では、“エレベーター”を起動しますね」
そう言うと、メイドさんが魔力を石版に通す。すると、今入ってきた扉が石の扉によって硬く閉ざされる。と同時に、石版が上昇し始める。
そこまで時間もかからずに、10階まで上昇する。
「皆さま、10階に到着しました。ドレス等はすでに用意しておりますので、お召し替えをしてください。ファルディア陛下が首を長くしてお待ちになっております」
現王ファルディア・フェルギン様は、賢王として知られているらしい。あたしは知らなかったのだけど、この国の王様で、因縁の隣国との戦いで指揮官として戦い大きな勝利を収めたらしい、その功績から国民の尊敬を集めているとか。あたしはそう言うの聞いたことなかったけど、その戦いというのは23年前とのことなので、あたしが知らなくても当然であった。
“エレベーター”を出ると、他のメイドさんが待機していた。
「お待ちしていました。案内しますのでついてきてください」
あたしたちはそのメイドさんに案内されて、お召し替えをすることになったのであった。
メイドさんが多いのは王様の趣味です。
奴隷もメイドさんの格好をしているので、エリシアには判別できません。
《追記》今後の物語的に街に特徴が出てきたため、追記しました。