回想
『わたしのゆめ』 1ねん3くみ さ○×さ □み×
わたしのゆめは、せいぎのみかたになることです。
おとうさんにはなしたら、「じゃぁけいさつかんをめざさなきゃね」
と、いわれました。でもちょっとちがうようなきがします。
でもまずはけいさつかんをめざそうかなっておもいます。
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『オイ・・何寝惚けてやがる!』
怒鳴り声にも似た声で私は現実に引き戻された。
自分の頬に違和感を覚え、手を遣れば水分の感触。
知らない内に涙が滲んでいた様だ。
(・・・前世の私が・・今の状況を知ったら泣いて暴れるんだろうな)
そんな下らない事を直に払拭し、今やるべき事に意識を戻す。
立派なお邸のバルコニーの真下、私はその壁面を観察し、足場と取っ掛かりを見定めると、一気に駆け上る。
『相変わらず馬鹿げた身体してやがる・・』
先程の声がそんな事を言うけれど概ね同意だ。
何せバルコニーまでの高さは目測でも10mは有るのだが、私はそれを何の補助も無しに登り切ったのだから。
音も無くバルコニーへと降り立つと直に影へと隠れた。
(御影、索敵して来て)
『へぇへぇ、行ってくらぁ』
私に「御影」と呼ばれた先程からの声の主は、私の影から這い出る様に姿を現す。
大きさは小型犬程度、全身は「影」と名づける程に真っ黒だ。
ソレはスルリと窓枠の隙間を抜け内部へと侵入した。
ふと、目を窓に向ければ私の姿が写り込む。
日本に居た頃より大分発育が良さそうで、日本の頃よりも身長は高いし、プロポーションも凄く良い。
良すぎてドン引きレベルだ。食事の量も質も日本より劣っているこの世界なのに・・ゴフッ。
身長は大体160cm前後と言った所だろう・・・前世が低過ぎとか言うな。
全身真っ黒な装いに統一され、顔の下半分はカラスマスクで覆われる。
要所要所に携えられるのはナイフやダガー、投げ短刀に怪しい薬品諸々・・
今は赤黒い髪を後頭部で纏め、唯一見えている肌の色は褐色だ。
目の色も獣の様に怪しく輝き瞳孔はまるで虎や豹の様になっている。
体の彼方此方には呪術的なタトゥーが施され、最早堅気には見えないだろう。
(・・実際堅気ではないし)
思わず苦笑いが漏れた。
そうこうしていると御影がスルリと私の影の中へと戻って来た。
『オイオイ、不気味な程気配がねぇぞ!?』
(だろうね)
『?どう言うこった?』
(直に判る)
窓に手を添え、軽く引く。
窓は音も無く開いた。
『鍵すら掛かってねぇのかよ・・』
そのまま室内へ侵入し、目的地へと進む。
・・見回りの私兵に見つかる事も無く、目的地の寝室に着いた。
静かにドアを開け内部へと侵入すれば・・・初老の男が豪華な椅子から立ち上がり、此方を望む。
「・・来たか『深紅の鬼』」
「ええ、随分遠回しな招待状でしたがね」
「ははは、こうでもしなければ奴は尻尾を出さんからな」
齢5~60に見える男はウラウス・グライン伯爵。
流石に顔は老いているがその体型や出で立ちは立派で、今でも騎士として活躍出来るだろう。
そして今回の標的でもある。
深夜にも拘らず正装を着て居り、覚悟の程が覗えた。
「・・此処までする必要が?」
「ふふ・・引き際だよ、『深紅の鬼』。これ以上老人が表に出しゃばり続ける必要は無い」
「・・・・残念だわ。貴方の様な貴族が消えていくのが」
「そう言うてくれるか・・喜ばしい。だが終わらせなければならぬ。グライン伯爵家の罪を引き連れて・・な」
「・・私がアレコレ言う事ではないわね」
私はポーチから錠剤の入った瓶を取り出す。
「それは?」
「特製の毒薬よ。安らかに逝けるわ」
「・・そうか。『深紅の鬼』などと言われている割に、随分とスマートで慈悲深いのだな。感謝する」
「辞めてよ。名前負けは自覚してるし、回りが勝手に言っているだけ。罪悪感を薄くするだけの自己満足よ」
差し出すソレをウラウスは何の躊躇いも無く受け取り・・・飲み込んだ。
後は時間が解決するだろう。
依頼内容は『出来るだけ凄惨に殺す』だったけれど・・まぁ、『依頼主がその結末を確認する事は永遠に無い』ので問題は無い。
事が終われば後は脱出するのみ。私は静かにその場を去ろうと踵を返す。
「『深紅の鬼』、余計な事かもしれんが・・」
「・・安心して。貴方の計画通りに事は運ばれるわ」
「・・・・・そうか。ならば安心して逝ける」
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同日深夜、グライン伯爵領・繁華街は倉庫が連なる裏通り。
その一角に薄明かりが灯っている。
私の前に居るのは豪華な装飾で着飾った小太り。名を「グリーダ・グライン」。
要するに標的の息子だ。
「首尾は?」
「この通り」
道中、獣を殺して血に塗れさせたナイフを晒せば、グリーダは納得したように頷く。
『チョロイなこの馬鹿息子』
(そう言わない)
「よくやった!これで・・邪魔な老害も居なくなって・・僕の時代が始まるんだ・・ハッ、ハハッハハハハハハハ」
どうやらご満悦の様だ。
「ハハハ!・・・ふぅ、さて報酬だな」
「ええ、約束は守ってるわね?」
「全く・・・面倒な事を要求する」
グリーダが懐からゆっくりと中身の入った麻袋を取り出す。
『報酬は硬貨ではなく、宝石で』
私の師匠の教えだ。持ち運びに便利だし、嵩張らない。
「ゆっくりと、此方へ」
私の声に促され、グリーダが歩み寄る。
その麻袋を持つ手が小刻みに震えているのを見逃さない。
私が手を差し出すと奴は袋を静かに置き、焦った様子で(本人は隠している心算らしい)足早に私から距離を取る。
有る程度距離が離れると、此方を向き、
「確認してくれ」
まるで催促する様に叫んだ。
『何か有るって言ってる様なモンじゃね~か・・』
御影が影の中から呆れた様に呟いた。
私は袋の口紐を解き・・
袋の下部を鷲掴みにすると後方の、在る一点に向け中身をぶちまける!!
中の宝石は勢い良くその方向へと飛散し・・
ボン!ドゴン!ボボン!!ドンッ!!
「ぐぎゃ!」「がっ!!」「ぐぁっ!」
『何か』に当たった瞬間、爆発と炎、そして悲鳴が上がる。
「な・・・なな!?」
狼狽するのはグリーダ。
「・・馬鹿ね、折角高い金や手間を掛けて宝石に「魔術」を込めたのに・・貴方の行動で台無しよ?」
「・・・チッ!『深紅の鬼』の異名は伊達じゃねぇか。見た目は小娘なのによぉ」
グリーダの背後から、そんな事をボヤきつつ男が闇から現れた。
その男は身なりは悪く無いが・・・やはり漂うのはチンピラ臭。
大方この町の新興勢力だろう。
「おい!何を余裕ぶってるんだ!早くあの女を始末しろ!」
「ヘッ、判ってるよ!オイ!お前・・」
グリーダに催促され、その男が全てのセリフを言い切る前に、私は懐から人数分の投げ短刀を瞬時に取り出し、全方位へ向け投げる。
ドスドスッ!!ドドドッ!!!
・・・ドサッ!ドサリ・・・
「・・ら?」
男が呆然とする中、9人程の人影が倒れた。
全員心臓や首、頭からナイフを生やし、ピクリとも動かない。
「ひっ!ヒィィィィ!!」
グリーダはその場で腰を抜かし、へたり込む。
男の方も、顔色を青くし、立ち竦んだ。
「・・・選ばせてあげるわ。此処で死ぬか?オメオメと逃げて野垂れ死ぬか?まぁどちらにせよ死ぬのは変わらないけどね」
「・・・へ、ヘヘヘ・・良いぜ・・滅茶苦茶そそるじゃねぇか!やってやるよ!!」
そう言いながら男はナイフを取り出し、構え・・
ドシュッ!
「・・・・・・え?」
そのナイフをグリーダの腹へ叩き込んだ。
「な?・・え?ごふっ・・なん・・で?」
「うるせぇ!!!テメェの所為で貧乏クジ引いてんだ!!な、なぁコレで俺の事見逃してくれよ!?なぁ!!」
グリーダの刺し傷からドンドンと血が流れ出し、地面を染めていく。
私は溜め息を吐くと、男に背を向けその場を離れる為に歩き出した。
「・・・・・ヘヘッ・・・・馬鹿がぁ!!!」
男には私が隙を晒したと見えたのだろう。
まぁ確かに、まだ動ける敵に背を向けるなんて普通はしない。
地面に私の影がしっかり写ってなければね。
「あぐっ!!?な!?何が!?!?」
男の足が止まる。勿論私の影の中で。
「ヒッ!?なぁ!?あがっ!!ぎぃぃぃぃ!!!」
ゴリッ!ぐちゃ!!ガリッ!!
私の影から咀嚼音が響きつつ、男の体が徐々に呑まれて行く。
「だ!だずげで!やべでぐれぇぇぇ」
「御影、五月蝿いから一気にいっちゃって」
『判った』
「あ!?」
男が何かを言う前に、一気に影の中へ飲まれ静寂が辺りを支配する。
再び振り返り、残ったグリーダに目をやれば血の他の液体も地面へと広がっていた。
『ハッ!こいつ洩らしやがった!!ギャハハハハ!!』
「い、いやだ!死にたくない!!た、助けてくれぇぇ!!」
けれど私はその命乞いに答える心算はない・・・
「と言うか、コレ(・・)が貴方に用意された結末なのよね」
「な・・・何を言ってるんだ!!早く助け・・・た、助けて下さいぃぃ!!おね!お願いしますぅぅ!!!」
「『暴漢に襲われグリーダ・グラインは非業の死を迎える』・・此処までがウラウス・グライン伯爵が描いたシナリオなの」
「・・・は!?」
「全て・・貴方のその無様な死に様すらウラウス・グライン伯爵の手中だった。貴方が私に依頼する事も、私を消そうと画策する事も・・・と言えば理解できて?」
『は~・・・そう言う事か・・スゲェなあのオッサン。殺したのがもったいねぇ』
「・・・・・そ・・・・んな・・・」
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数日後、ある室内。1人の青年が新聞の記事を読んでいる。
彼の名は「イーヴス・グライン」。
グライン伯爵家の次男である。
現在、何処の新聞社も有る話題で持ち切りだ。
『グライン伯爵家の長男、グリーダ・グライン暴漢に襲われ死亡する!ウラウス・グラインは非運の自殺か!?グライン伯爵家の闇に迫る!!』
『グリーダの暴走か?お粗末な結末とその罪!』
・・センセーショナルな見出しは大衆の興味を引くだろう。
「コンコン」と、ノックの音が聞こえ、イーヴスが「入れ」と声を掛けると執事が入室した。
「失礼します。只今医師からの診断書が届きました」
「見せてくれ」
新聞を机に置き、執事から手渡された書類に目を通す。
「・・・そうか、祖父は・・苦しまずに逝ったか」
呟き、書類を机に置くと椅子に座る。
グライン家の闇・・・闇の奴隷売買はイーヴスも知ってはいた。
だが祖父はイーヴスに奴隷売買には関わらせなかった。
それ処か数年前に勘当に近い形で家を出されていたのだ。
(全ては・・この為の布石か)
背もたれに体重を掛け天井を望んだ。
出来の悪いグリーダに全ての罪を押し付け、自身も罪と秘密を抱え墓場へ・・全てはイーヴスに家を継がせる為の・・・言わば自演。
それが祖父の計画。
祖父の集めた情報によれば、グリーダは違法薬物や賭博、果てには殺人まで犯していた。
(家を存続させる為・・か。全く、全て俺に丸投げとはな)
溜め息と共に、彼はグライン家を立て直す為のアレコレを本格的に思考し始めた。
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この世界での私の名前は「アリア」。
辺境の村に生まれた何の特徴もない、当時は薄桃色の髪を持ち、エメラルドの瞳で肌も健康的な色をした普通の女の子。
両親と弟に恵まれ、けして裕福ではないけれど静かに、幸せに暮らせていた。
・・・・・全てが終わったのは私が6歳になった春も半ばの時期。
その日も何時もの通り、早くに起き畑仕事の準備を終えれば午前中は畑仕事の手伝いをし、昼食を取ったら午後から森に入る。
異変は1時間程度過ぎた頃だろうか、私は孤立していた。
一緒に居た筈の人々が何時の間にか居なくなっていたのだ。
・・・とは言え馴れた森、迷う筈は無い。
と、不意に後方から『ガサリ』と、音がした。
その時、私は何故か嫌な予感がし身を隠す。
4人の男だった。
3人はこの村では見たことの無い男。
場所に似合わない立派な装備が私の不安を煽る。
「居たか?」
「いや、まだ見えない」
見た事のある人物は・・・この辺境を任されている辺境伯の長男、ウルバ・ヒューラー。
時々視察に来ているのを見た事がある。
来る度に文句ばかり言ってるのが印象に残っていた。
「間違いは無いんだろうな?」
「間違いは無い。こんな辺境に桃色の髪なんざ見間違えないだろ?」
「あ~・・・さっさと終わらせて帰りてぇ」
・・・絶対に私の事だと思った。
何だか判らないが、「今出てはいけない」そう思えた。
ふと、1人の男の首元に目が行く。
(鷲と・・女の人?)
鷲と女神が描かれたソレは今でも私の記憶に刻まれている。
・・・聖王国が信仰する『アルテミナ』教の物。
パキッ!
ソレに集中してしまった為に、足元が疎かになった。
私は一目散に走る。
「おい!」
「アイツか!!」
「捕まえろ!!」
男達の声が聞こえる。
追いつかれるのは時間の問題だろう。
捕まれば何をされるのか判らない。
徐々に気配と音が近付いて来る。
(やだ!やだやだやだ!!!)
不意に浮遊感が私を襲う。
必死に成り過ぎ、何時の間にか崖の在る方へ来て居た様だ。
「あ・・」
そして、そのまま・・
崖の上に佇む男達が小さく成って行った・・・