#1 睡眠聴取できるんで
次の日、俺と結は学校へ向かう道を歩いていた。
先程から、1つ不思議に思っていることがある。
結の荷物が、俺の倍くらいあるのだ。授業と
いう授業はまだない。今日、何かあっただろうか。
教師の話は少しボーッと聞いていたから曖昧だ。
もう一度、結を見る。スクールバッグの他に
持っている、あの長いケース。……もしや。
「結、今日から部活見学か?」
「昨日、担任が言ってただろうが。だから、
持ってきたんだよ」
やっぱりか。結の持ってる長いケースの中身は
弦だ。結はまだやっていたんだな、弓道。
弓道か、しばらくやっていないな。結によると、
経験者はもう入部していいらしい。
「結はやっぱ、弓道やるのか」
「まぁな。お前はどうするんだよ」
「どうするかな」
「弓道はもうしないのか?」
「……わけあって辞めたからな」
俺も以前は弓道をやっていて、成績も他人
よりは上だった。だが、中学の時にわけ
あって辞めた。辞めた理由を結は知らない。
あの時、俺は疲れていた。若かったな、俺。
まぁ、今も若いけども。
「おはよ。神崎、倉田」
「おはよう、野上」
「おはよ」
野上が途中で合流した。心なしかまだ
眠そうだ。
「眠そうだな」
「まぁね。遅くまで本読んでてさ」
「歩きながら寝るなよ」
「さすがにそれはないって」
いや、野上ならありえそうだ。うん、
違和感なくやりそうだ。あ、そうだ。
ちょうどいい。
「野上」
「ん?何?」
「野上は部活、どこ入るか決めたか?」
「まだ。文化部がいいとは思ってるけど」
野上もまだだったか。まぁ、いい。あとで、
ゆっくり決めるとしよう。そんなことを
考えているうちに学校に着いた。教室に
入って自分の席に着いた瞬間、急に眠気が
襲ってきた。野上の眠気が移っただろうか。
後ろを向くと、野上はもう机に突っ伏して
寝ていた。……早くないか、俺が言うのも
あれだが。
「神崎」
「ん?」
「ここでは、結って呼ぶなよ」
「なんで」
「なんでも」
「えぇ」
別にいいじゃないか。結って、名前で
呼んでも。誰も特に気にしないと思うんだが。
「お前ら、席着けー」
そんなたわいもない話をしていたら、
いつの間にかSHRの時間になっていた。
教師──であろう人──の声にあわせて、
クラス全員が席に着き始める。それに
してもこの人誰だ。こそっと倉田に小声で
聞くと、呆れられた。
「瀬田隼、このクラスの担任」
「あ、マジでか」
「お前なぁ……」
スミマセンと心の中で謝っておく。なんか、
何か適当そうな担任だな。失礼だけど。
まぁ、その方が気楽でいいか。ん?でも、
瀬田隼ってどこかで聞いたことあるな。
確か、兄貴らのグループにそんな奴がいた気が……。
「今日の内に委員会決めっかんな」
マジか、少し迷惑気な目を瀬田さんに向ける。
すると、バッチリ目が合った。瀬田さんが、
俺を見てフッと鼻で笑ったように見えた。
いや、今のは笑ったよな。その時だ。廊下を
バタバタと走る音がしたと思ったら、バン!
と教室の戸が開いた。
「遅れましたァッ!」
「伊勢崎ー、遅刻だぞー」
「サーセン!!」
「とりあえず、次の時間に委員会決めるから
各自考えとけよー」
委員会か、めんどくさいな。図書委員でも
やっていればいいかな。本好きだし。
学級委員は絶対嫌だ。
「イセ、どうしたよ」
「寝坊した」
「バカだな」
この声は、入学式の時に聞いた声だな。
推薦の話をしていた奴らに間違いない。
それより、同じクラスだったのか。全然
知らなかった。
「神崎、起きてるか」
「起きてるよ。ゆ……、倉田」
結と言いかけてから、わざわざ倉田と
言い直すあたり俺も律儀だと思う。あ、
そうだ。
「なぁ、倉田。あの担任の瀬田っつーのさ」
「気づいたか。間違いなく庵さん達に繋がり
あるぞ」
「あー……。やっぱ、そうか」
「神崎ー」
「ん?」
「部活決めた?」
「まだ。つか、まず委員会な?」
いつの間に起きたのだろう。まだ、
寝ているものだと思っていた。俺は
思いっきり背伸びをした。バキバキと
背骨が鳴る。……どこからこんな音
出るんだ。さて、どうするか。伸び
ながら考える。委員会は図書委員でいい
として、問題は部活だ。すると、周りが
ざわつき始めた。これは、それぞれ決め
始めたな。そう思った。
「倉田」
「どうした?」
「ここ、文芸部あるよな」
「あぁ」
そこにひっそりといようか。とりあえず、
1人でぐるぐる回ってみるとしよう。俺が
そう考えていると、いつの間にか担任が
戻ってきていた。さて、とりあえず入る
委員会は決めたし寝るか。俺は机に顔を
伏せた。
「よし、決めんぞー。って、そこ。神崎、起きろ」
「……睡眠聴取できるんで続けてください」
「聞いてるならいい」
……それでいいのか、先生。そう思った
のは多分、俺だけじゃない筈だ。いや、
筈だと思いたい。
「まず、学級委員だが誰かやって……。
くれるわけねぇな」
そこわかっちゃってるんだ、先生。
確かに、兄貴らとつるんでいただけある。
で、こういう時はかなりの高確率で俺か結に来る。
そして、俺は断るが結は断らない。
「神崎、どうだ?」
「……ほらきた」
「ん?」
「……遠慮します」
「そうか。じゃあ、倉田はどうだ?」
「俺は別にいいですけど」
「よし、1人決定」
ほら、断らない。昔からだが、結は
流されやすい。何事にも無頓着。俺も
人のことを言える義理ではないが。
「もう1人は強制的に伊勢崎な」
「マジすか!?」
「遅刻したお前が悪い」
ごもっともだ。これはさすがに誰も
フォローできないと思う。そのあと、
俺は無事図書委員になった。ちなみに、
野上は放送委員。これは、ちょっと意外
だった。昼休み、俺と倉田は購買に
行った野上を待っていた。午後はどの
学年も授業がなくて、すぐ放課となっていた。
「倉田ー。お前、いい加減流されるのやめろよ」
「流されたくて流されてるわけじゃない」
それは、俺も重々承知している。結は、
昔から他人と騒ぐことがあまり好きじゃない。
そういう俺もあまり好きじゃない。だが、
それなりに人に合わせようと努力はする。
「おい、弁当食いながらどんな話してんだよ」
「野上、戻ったのか。……そっちは?」
購買から戻ってきた野上の後ろに、
知らない2人が立っていた。誰だろうか。
「あぁ、さっき購買で知り合った伊勢崎と植村」
「俺、伊勢崎龍弥。よろしく!」
「植村樹、よろしくな」
伊勢崎ってのは、さっき学級委員になった
奴だな。いかにも、クラスの人気者
オーラが出てるな。植村ってのは、
スポーツ推薦の奴か。声が同じだ。
「俺は、神崎葵。こっちは倉田」
「よろしく」
こういう時くらい愛想笑いでもしろよとか
思ったが、それは流石に言えなかった。俺
だって、表情が硬いせいで無愛想だなんだって
言われてるからお互い様だ。言ったところで
どの口が言っているんだと、言い返される
のがオチだろう。
「そういや、神崎達は部活決めたのか?」
「いや、俺はまだ。文化部がいいとは
思ってるけど。伊勢崎達はもう決めたのか?」
「俺は野球部。スポーツ推薦もらってるし」
「俺は未定。でも、入るとすれば運動部かな。
体動かすの好きだし」
「俺も未定」
「倉田は?」
「弓道」
伊勢崎と野上は感心していたが、植村は
無反応だった。さして、興味が無いという
感じかな。
「今日から部活見学開始だろ?」
「あぁ、経験者は入部OKだしな」
「じゃあ、みんな別行動だな」
部活、本当にどうしようか。とりあえず、
文化部のどこを回るかくらい決めとこう。
俺は貰った部活紹介のパンフレットに目を
通した。茶道部、文芸部、化学部。へぇ、
男子校にも手芸部なんてあるのか。ん?
製菓部?……あまり関わらない方がいいと
本能が言っている。うん、ここは要注意だ。
「そろそろ行くか」
「じゃあ、お互いの健闘を祈る」
「なんのだよ」
倉田も呆れつつ立ち上がる。さて、
俺も行くとしようか。まずは、茶道部か。
えっと、場所はっと。第2家庭科室か。
……うわぁ、製菓部の前を通らないと
いけないのか。捕まりたくないな。
「……腹、括るか」
いつまでもうだうだしていられない。
そんな時間なんぞない。なるべく
目立たないように、自然に。そう、
ごく自然に。気配を消して目の前を通り
過ぎる。だが、その時だった。
「おい、そこの1年生」
「!」
今、先輩であろう人が一年生を呼び止めたが
俺には関係ない。呼び止められたのは俺じゃ
ない。別の1年であって俺じゃない。再び歩き
だそうとした時だ。
「そこの青みがかった黒い目の君だ」
うわぁ、具体的に身体的特徴を捉えてる。
しかも、そんな1年なんて俺しかいないじゃ
ないか。あまり目立つようなことしたく
ないのにな。場所が場所だし、先輩だし。
とりあえず、再び歩きだそうとした足を
止めて声のした方を見た。
「……俺スか」
「あぁ、君だ。悪いんだが、これの試食を
してくれないか」
そういって、製菓部の部員が差し出して
きたのはクッキーだった。見た目は綺麗
だが、問題なのは味だ。……俺が知っている
中で、男子で料理的なのものがうまいのは、
倉田と兄の柊夜、あとは知り合いで3人
しか知らない。俺はクッキーを手に取り、
恐る恐るひと口かじってみた。
「……うまい」
え、なんだコレ。売り物?
めちゃくちゃうまい。
「そうだろう、なんせ部長の力作だからな!
うまくない筈がない!」
「こら、それ以上やめろ!1年生が困ってる
だろ!」
いや、困ってる訳じゃなくて驚いて
いるんです。見ず知らずの男子が
クッキーを作れることが意外で驚いて
いるんです。さすが、部長。
「あの、部長って」
「俺だよ?」
なんと、部員の熱弁を止めてくれたこの人が
部長とは。それにしても、スポーツ青年
みたいな外見でお菓子も作れるとは。
ハイスペックじゃないですか、部長さん。
「クッキー、美味しかったです」
「ありがとう」
「これ、ナッツ類を入れても合いそう
ですね。甘さ控えめだし、アーモンドとか
くるみとか」
「なるほど・……。うん、それはイケる!」
そういうと、部長さんは目を輝かせて部員に
慌ただしく指示を出し始めた。一気に
騒がしくなったな。俺、邪魔そうだな。
「えっと。じゃあ、俺は失礼します」
「待って!」
「!」
「君、名前は?」
「あ、えっと、神崎葵です」
「神崎くんか。急に引き止めてごめんな?
俺は2年の柳碧。また来てくれな。部員
じゃなくてもいつでも歓迎するよ」
「あ、はい。ありがとうございます、
失礼します」
俺は柳さんに軽く頭を下げ、足早に部屋を
出た。つい、長居してしまった。早く
茶道部に行かねば。それにしても、
柳さんのクッキーは美味しかった。また
近いうちにお邪魔しようかな。柳さん、
いい人だったし。そう考えながら、
茶道部に行くと見知った顔があった。
向こうも気づいたのかこっちを見た。
「あ、神崎」
「野上もここに来てたのか」
「うん、茶道に興味あったし。それに
抹茶好きだし」
「奇遇だな、俺もだ」
野上と意外なところで気が合った。男って
なんでか抹茶嫌うからな。あんな美味しいお
茶を嫌うなんて、絶対損してる。俺は、
先輩のお点前を少し見てから部屋を出ようと
思い、野上のすぐ横で立って見ていた。
「なぁ、神崎」
「ん?」
「神崎はこの後、他にも回んの?」
「あぁ、文芸部の方にもな」
「そっか。あと、倉田ん所行くんだろ?」
「行くよ」
「俺も行っていい?一緒に帰ろうぜ」
「いいよ。じゃ、あとで弓道場で」
「うん、あとでな」
野上と別れ、俺は茶道部の部室をあとにした。
さて、文芸部の部室は確か別館だったな。
武道館の隣か。武道館って、弓道場がある
ところだな。……帰りだ帰り。倉田の回収に
立ち寄るだけだ。そう思いながら、ふと
校庭を見ると野球部が目に入った。お、
植村発見。フライのボールを落とすことなく
キャッチした。
「ナイスキャッチ」
なるほど、うまいな。さすが、スポーツ推薦
されただけのことはある。少しの間、植村を
見ていたらこっちに気づいたのか手を挙げた。
俺か?と自分を指してジェスチャーを送ると
植村は頷いた。ここで大声をあげるのも
なんなので、口パクで"ファイト"と言って
からガッツポーズをした。意味に気づいた
のか、こちらに親指を立てて見せた。俺は
軽く手を振ってから、まだ足を動かす。
向かうは文芸部。ここの2階、突き当たり……。
「……ここか」
ドアが開けっ放しになっている。勝手に
入るのもなんなので、俺は戸を軽くノック
してから入った。
「こんちは」
「あ、いらっしゃい。1年生だよね」
「ハイ」
俺が思ったこの部活の第一印象、単純に
居心地良さそう。部屋も綺麗だし、先輩も
いい人そうだし。こっちにいるアイマスクに
ヘッドホンの人はよくわかんないけど。
「あの、ここで入部届書いてもいいですか?」
「え、経験者?」
「はい、少し回ってから決めようかと思って」
嘘ではない。中学3年のはじめに弓道部から
文芸部に転部したのだ。高校では弓道をやろう
とは考えていなかった。だが、どの部活に
入るかも決めてなかった為、届用紙も白紙の
ままだった。俺は用紙を取り出して机に置いた。
ふと、先輩を見ると目をキラキラと輝かせて
こっちを見ていた。
「そっかそっかぁ!嬉しいなぁ!あんまり
いないんだよ、経験者!ちょっと悠希!
入部希望者!2人目!」
「うっせぇよ!」
2人目……、ってことはもう1人いるのか。
どんな奴だろう。
「うちの部は3年が俺達2人、2年が2人。
で、1年生が君ともう1人。計6人、
……とまぁ部員数ギリギリなんだ」
「そうなんですか」
「だから、君達みたいな入部希望者が来て
くれると嬉しいんだよね」
「……だからって、人を叩き起すんじゃねぇよ」
渋々というような感じで、アイマスク&
ヘッドホンの人が起きた。起きてすぐ、
じーっと人の顔を見るこの人。……なんだ、
なんだっていうんだ。
「ごめんね、悠希。つい、嬉しくてさ!」
「ついじゃねぇわ」
「えーと、神崎葵くんね」
「はい」
「おい、俺はスルーか」
……なんか可哀想だ。
「俺が部長の高木類。で、こっちが」
「……副部長の悠希真紘だ」
あぁ、疲れている。
「よろしくっス」
「今日は元から活動がない日なんだ。
だから、ちゃんとした活動は明日からで
いいかな」
「はい」
「じゃ、明日から一緒に頑張ろうね」
「じゃあな」
「はい、失礼します」
そう言ってから俺は部室をあとにした。
いい先輩達でよかった。さて、結の所へ
行くとしますか。そして、俺は弓道場
へと足を運んだ。弓道場へ入ると
見知った顔がまた1人。
「伊勢崎」
「おー、神崎」
「何、お前も興味あんの?弓道」
「いやー、倉田見てたらいいなぁって思って」
そう言いながら結を見る伊勢崎の目に、
憧れとか尊敬の意味が込められているのが
よくわかる。結、よかったな。お前、尊敬
されてるぞ。
「お、みんないる」
「マジだ」
「野上、植村」
なんだよ、もう全員集合したのか。
「お前らちょうどよかったな。次、
倉田の番だぞ」
「マジか」
「座って見てようぜ」
何?結、もう的を射らせてもらえるのか?
マジか。俺も3人の隣に腰をおろした。
「!」
その時、俺はハッとした。やってしまった。
……癖というのは中々抜けないものだな。
心の中で苦笑しているうちに、結が構えた。
……相変わらずだが、結の型は綺麗だ。一切
無駄がない。そして、結はすべての矢を
真ん中に叩き込み、見事皆中でしめた。
「……さすがだよ」
その時だ。
「そこの1年生」
1人の部員が声を発した。ん?1
年生って俺達のことか?周りを
見渡しても俺達しかいない。……なんか、
嫌な予感がする。
「そこの正座している君」
この場にいる俺達の中で正座をして
いるのは俺だけだ。……デジャブだ。
「俺、スか」
「君、経験者だろ」
「ッ!」
「!」
「何、神崎。そうなん?」
「……まぁ」
なんでわかったんだろうか。俺が
経験者だということを。その事を知って
いるのは、この場では結だけの筈だ。それ
なのに、なぜ見ず知らずの先輩が知って
いるんだ。
「……なんでわかったんスか」
「え、君だけ足を半歩引いて座ったから」
「!」
なるほど、そうか。そういうことか。
俺が癖で弓道をやっていた頃の座り方、つまり
足を半歩引いて座った所をこの先輩は見て
いたわけだ。……目ざとい。
「ねぇ、君。試しに射ってみない?」
「ハ?」
「ね?」
あぁ、もうダメだ……。諦めた。この人は
断っても引き下がらないタイプの人だ。俺は
渋々立ち上がり、制服の上着を野上に預けた。
そして、先輩の方へ向き直り立ち止まった。
「道具一式、貸してください」
「俺のを使え」
「倉田」
そう言って道具一式を差し出す結。それを
受け取り、的の方へ足を進め立ち止まった。
……2年ぶりだろうか。ここに立つのは。呼吸を
整えてから、俺は矢をスっと指にかけ静かに
引いた。一呼吸おいてから溜めた矢を射った。
俺の射った矢はまっすぐ飛び、的の中央に
タンっ、という音を立てて突き刺さった。
「……スゲー」
そのあとも俺は残りの矢もすべて真ん中に
射り、皆中でしめた。
「「よしっ!」」
弓道場にその掛け声が響いた。
それがどこか懐かしかった。
「見事だね」
「どうも」
「なぁ、うちの部に入らないか?」
「すいません、もう他の部に入部届を
出してしまったので」
「そうか、それは残念だ。でも、たまに
遊びにおいで。倉田の様子見ってことで」
「……それくらいなら、いいですけど」
そうか!そういって、あからさまに笑顔に
なる先輩。なんだ、そのギャップは。さっき
までの真剣な表情はどこへ行った。めちゃ
くちゃいい笑顔じゃないか。
「倉田、今日はもう上がっていいよ」
「はい」
「えっと、君。名前は」
「神崎葵です」
「神崎くんか。また、顔出しに来てくれよ?
いつでも歓迎するから」
「……はい」
……この人、悪い人ではなさそうだが最後の
セリフは絶対別の意味だ。また来いよ的な。
次来たら絶対に射らされる。間違いなく。
「神崎、お前すげぇな!!」
「いや、あれくらいは普通だよ」
「「どこでだよ」」
結以外の3人に盛大にツッコミを
入れられた。いや、俺からしたらあれ
くらいは普通だ。
「なぁ、なんで弓道部に入らねぇの?
あんなすげぇのに」
「……ッ」
ドキッとした。伊勢崎にそう言われて。
確かに、俺の過去を何も知らない奴から見れば
不思議に思うのが普通か。
「……色々あってな」
「ふーん」
俺は言葉を濁すことしか出来なかった。
……伊勢崎達は、まだ何も知らないままでいい。
いつかは、話さなければいけない時が来る。
だが、俺の黒歴史、忘れ去りたい過去を知られるのが怖い。
……これは、間違いなく俺の"逃げ"。
「なぁ、んなことより腹減らねぇ?」
「確かに」
「じゃ、どっかに飯食いに行こうぜ」
植村のおかげで、俺の話からうまくそれた。
ホッと胸をなでおろす俺。ふと、結を見ると
あからさまに呆れた顔をした。
……このやろう。
「で?どこ行くんだよ」
「ラーメンとか?」
「俺、パス」
「くーらーたー」
結、嫌そうな顔をするんじゃない。
伊勢崎がそう言うのはご最もなことだろう。
そう言うことを言うからとっつきにくいって
思われるんだろうが、まったく。
「じゃあ、四季屋でも行くか?
倉田もそこならいいだろ」
「四季屋なら」
「それ、何の店?」
「主にうどんとかそばだけど、がっつりした
定食とか丼ものもある」
「「決定」」
決断早いな。そんなこんなで俺の行きつけの
店、四季屋に行くことになった。だが、
本当はあまり連れて行きたくはない。
落ち着ける場所を取られたくないのだ。しかし、
結が行く所で今パッと思いついたのはそこしか
出なかった。……結に免じて、ということに
しておこう。
「ちわー」
「いらっしゃい!あ、あおちゃん!
倉田さんも!」
「ども」
「久しぶり、ハル」
「うん、久しぶり!」
「なに、神崎の友達?」
そう言ったのは伊勢崎だ。
「あぁ。俺の幼馴染みで、ここ四季屋の看板娘」
「看板娘は余計だよー!えっと、冬月春香です!」
「こっちは右から伊勢崎、植村、野上」
「「ちわ」」
「よろしくどーぞ!あ、席に案内しますね!」
席に案内され、ごゆっくり!と一言残してハルは
戻って行った。
そこで、俺はボーッと立っている植村に気づいた。
「・・・・・・植村、いつまでそこに突っ立ってんだ?」
「え、あ、悪ぃ」
ガタタッと慌てて座る植村。
さっきと比べてもどこかおかしい。
「大丈夫か?」
「あ、もしかして植村。ハルさんに惚れた、とか?」
「いや、野上。さすがにそれは」
「え!?」
「「え」」
・・・・・・今の野上は冗談で言ったと思うんだけど、まさか。
え、嘘だろ。
「・・・・・・マジでか、植村」
ふいっと顔を背ける植村。
だが、耳まで真っ赤だから、もう肯定と受け取るしかない。
マジでか、一目惚れってマジであるんだ。
ドラマとかの中だけだと思ってた。
それにしても、植村も厄介な奴に惚れたなぁ・・・・・・。
「よりによってハルかよ・・・・・・」
「・・・・・・神崎、ハルさん彼氏いる?」
「・・・・・・いや、今も昔もフリー」
「マジ?」
「マジ」
ハルから彼氏がいるとか聞いたことがない。
まぁ、ハルの兄貴が兄貴だからな。
「望みはあるよな!?」
「あるはあるだろうが・・・・・・。苦労すんぞ、お前」
植村はなんでって顔をした。
結は、思い当たる節があったのか納得の顔をした。
「・・・・・・あいつ、超ニブチン」
「「・・・・・・あー」」
哀れんだ目で植村を見る伊勢崎と野上。
まぁ、そういう反応になるよな。
こればっかりは仕方ない、うん。
「まぁ、頑張れよ」
「協力してくれよ、神崎ー」
・・・・・・どこまで必死なんだ。
必死にすがりつく植村を見て、俺はつい小さく
吹いてしまった。
「ぷっ!」
「「!」」
「お前、必死すぎ。どんだけだよ」
「神崎、お前・・・・・・」
「・・・・・・え?何、倉田」
「笑えんじゃんか」
「え?」
「俺達と会ってから1回も笑わねぇから、笑えねぇもんだと
思ってた」
・・・・・・たしかに。
人前で笑うのなんて久しぶりかもしれない。
いつぶりだろう。
「もう少し表情筋使えよ」
「余計なお世話だ」
こいつらとなら、一緒にいて損はないと思った。
これから始まるであろう高校生活は、普通の
高校生活よりリスクはかなり伴うが楽しいかもしれない。
直感でそう思えた。
そうか、俺とこいつらの青春はここから始まるんだ。
これから、こいつらと一緒に青春という名の時間を
全力で突っ走る。
悪くないな。
これが、俺達5人の出会いだった。