第290話 3人目の三笠大元帥
2044年5月下旬、少女は横浜にあるとある、駅に降り立った。
「ここはあまり変わないんだ・・・」
駅から30分歩きしばらくして、見えてきたのは公園だった。
その公園の名は三笠公園。
公園に入り少し歩くとそこには、おそらく、大和と並び世界でも有名な戦艦が見えてくる。
艦首を皇居に向け、さらにその先にあるロシアを睨みつけるように存在するその戦艦の名は戦艦『三笠』、すでに記念艦だが、もっとも日本海軍の軍人、艦魂に敬愛されている偉大な戦艦である。
凛はそれを見あげながら
「いるんでしょ! 戦艦、三笠の艦魂!」
彼女なら答えてくれるかもしれなかった。
凛の迷い。
艦魂の呪いについて・・・
返事はない。
「いないの! 三笠の艦魂!」
「やかましいやっちゃな」
「!?」
凛の視界に入ってきたのは長髪の女性だった。
黒い長髪を後ろでくくっている。
日本海軍の軍服を袖を通さず、ただ、肩にかけているだけ。
マントのような印象を受けるその衣装の女性は三笠から飛び降りた。
たんと着地すると右目に黒い眼帯をつけ、日本刀に右ひじを載せた女性は凛を見た。
「何やお前? 見ない顔やな? まず、名乗れや」
一見すると少女のようにしか見えない艦魂、だが、その威圧感だけは歴戦の勇者を思わせる言葉だった。
「き、機動戦艦紀伊の艦魂、凛です!」
思わず萎縮してしまう凛だった。
「紀伊やと?」
おもむろに少女はパイプ式のタバコをを取り出すとマッチで火を付けた。
「するとあれか? 未来の報告書にあった。 うちらの日本を救ってくれた英雄か! おお! ようきたなぁ!」
バンバンと背を凛の背を叩く少女
「けほ! や、やめて」
思わず悲鳴を挙げた凛に少女はさっと下がる。
「ハハハ、悪い悪い。 すると、今夜は宴会やなぁ。 久しぶりに騒ぐでぇ」
「え?え?」
訳も分からず混乱していると念話を始めたらしい少女は
「・・・そうや! 横須賀にいる艦魂全部や! 今夜は宴会や! もちろんお前持ちや薫!・・・ああん? うちの命令が聞けへんのか? 大元帥の命令で沈めたろうか?・・・うん、それでいいんや。 ほな、まかせるで」
念話が終わったらしい少女はにかりと笑うと凛を見てくる。
「待たせたなぁ、 宴会は今夜やから中でゆっくり話そうや」
そういいながら三笠艦内に行こうとする少女に凛は慌てて
「あ、あの! あなたの名前は?」
パイプを加えながら少女は振り返る。
「うちか? うちは、戦艦三笠の艦魂、真名は美冬や。 呼び捨てでいいで」
そういうと、美冬は中に入っていってしまった。
それを追う凛。
大和や長門と比べれば小さいと言える戦艦三笠の艦内の1室、美冬の自室らしいが中に入るとまず、目についたのは酒だった。
日本酒、ビール、焼酎、ワイン、ありとあらゆる酒が置かれていたのだ。
次に見えたのは本棚、大量の本が収納されており机の真ん中にはパソコンが設置されている。
「そこに座ってんか? 何飲む? 酒なら出すで?」
「あ、お茶でいい・・・」
凛が遠慮がちに言うと
「ほか? なら、沖縄のさんぴん茶がやかんに入れてあるんや。 飲み」
やかんから冷たいお茶を飲みながら凛はぷかぷかとパイプのタバコをふかす美冬を見る。
想像していた艦魂と違う・・・
凛の知る戦艦三笠の艦魂は厳格であったり、おっとりした艦魂であった。
だが、目の前の艦魂は2人の艦魂のどれとも違う。
やはり、撫子でなく奏だったように世界が違えば艦魂は違うという説は正しいようだ。
「なんや? うちの顔に何かついとるんか?」
不思議そうに言う美冬に凛はある種の安堵感を覚えながら
「ううん、私の知る三笠の艦魂と違うから・・・」
「うちと同じく日露戦争を戦った三笠の艦魂か! 興味あるで! 話してくれん?」
そう言いながら、美冬はごぼごぼとコップに日本酒をつぐ。
「うん・・・まず・・・」
凛は語りだした。
義理の姉である炎樹と同じ真名を持つ昭和の炎樹の話を・・・
ドイとの激闘や明の死。 そして、奏との艦魂の呪いについて・・・
「全てを語り終えた凛が美冬を見たとき、彼女はコップを机に置きながら
「奏もすっぱりいいおるな・・・」
「じゃあ、艦魂の呪いは・・・」
絶望的な気持ちで凛は聞くが美冬は首を横に振る。
「ま、確かに・・・」
アルコール25パーセントの焼酎をぐっと飲みながら美冬は語る。
「艦魂の人間が結ばれた例は過去一件もない。 まあ、記録に残ってるのは江戸時代からやからそれ以前はわからんけどな」
「・・・」
「でも、それがなんや!」
だんとコップをテーブルに叩きつけて美冬は言う。
もう、顔は真っ赤だ。
「乙女は恋しろ! 呪いがなんや! 過去に結ばれた例がないなら己が1番の例を作らんかい! ええか?うちだって、相手が俺がそんな前例ぶち割ったるわ」
「で、でもそのせいで大切な人が死んだら・・・」
「その時はその時や」
「え・・・」
凛は絶句した。
なんと豪快なことを言う人なんだろうと凛は思う。
突き進むことを恐れない艦魂。
なぜか、凛には三笠が偉大と言われている理由が分かった気がした。
「艦魂はな確かに呪われるんかもしれん。 せやけど、艦魂がなぜ、人間と同じ姿をしてるかわかるか凛?」
「・・・」
わからなかった。
そんなこと考えもしなかったからだ。
「確かに人間と艦魂は友情で結ばれた例は多い。 でも、男の多い軍隊と女がほとんどの艦魂。 たぶん、これは前例を作れっってことや」
顔を真っ赤にして言われても少し説得力はないが凛は顔を表れた気分になった。
呪いなど恐れずに、恋に生きろ。
そう、この艦魂は言ってくれてるのだと・・・
「美冬大元帥!」
「ふぇ?」
机に突っ伏して顔を少しあげた美冬の手をぶんぶん振りながら
「私分かった! もう迷わないから! ありがとう美冬。 大元帥」
「お、おう。 それならよかったな」
「私、沖縄の戻る!」
「なんやて? 今日の夜はえんか・・・」
「ありがとうございました」
「・・・」
消えてしまった凛がいた空間を美冬は見ていたがふっと息を吐いて微笑んだ。
「頑張るんやで凛。 うちは臆病やからいいだせんかったけど艦魂も幸せになる権利はあるんや」
パイプを机に置きながら美冬は机に突っ伏した。
ハハハ、少し飲みすぎたなぁ・・・
ちなみにその4時間後、全艦魂が集結し涙目で連合艦隊司令長官の長門の艦魂が美冬を起こそうとして蹴り飛ばされたのは別の話である・・・