第192話 明日への希望
「こりゃまた、派手にやられたな……」
戦艦『近江』が横須賀のドッグに入り修理が開始されてからドッグに入った責任者が言った。
「ええ、ものすごい激戦だったらしいですよ? この近江は露助の艦隊と単艦で渡り合ったと聞いてます」
書類を受取ながら責任者は目を丸くした。
「単艦だと? 馬鹿な戦い方をしたもんだ。整備するこっちの身にもなってほしいよ」
「ひどい損傷ですからねぇ……」
近江は誰が見ても傷だらけであった。
自慢の世界最大の巨砲51センチ砲は爆発と火災の影響でひしゃげていたしミサイルランチャーもただの鉄の固まりとかしていた。
一番損傷のひどい後部はまず、スクリューがなくなっていたし新型のジェットエンジンも原形を留めていなかった。
それは右舷と左舷の補充ジェットエンジンも同様である。
穴だらけな戦艦でよく、艦僑が残っていたものだと思う有様だった。
「これでよく沈まなかったな……」
書類に書いてある破損箇所を見ながら責任者はため息をついた。
「おいおい……機関までいかれてやがる……こりゃスクラップにした方がいいんじゃないか?」
「応急処置を施したら呉へ曳航して更に、琉球基地へ行ってのドッグで修理されるそうです」
「紀伊や尾張の母港か……」
責任者は紀伊が停泊している港の方角を見て
「こいつも紀伊や尾張みたいに改造されるのかな?」
「どうでしょう? 我々には琉球基地の情報は中々入りませんからね。機密機密で」
「まあ、俺達は船を直せばいいんだ。明日から忙しくなるぞ」
暗い……
何もしたくない……
死ねばよかったのに……
こんな悲しみを味わうくらいなら死にたかった……
彼が聞けば怒るだろうか……
怒られても構わない。
自殺できるならして彼に会いたい。
しかし、それは艦魂である自分には出来ない方法であった。それにしたいと言ってもやはり死ぬのは怖い……
「淳一さん……」
暗い部屋の中で零は彼が使っていたベッドの上で膝を抱えてうずくまっていた。体のあちこちが痛むがもうどうでもいい……
近江の艦魂、零は虚ろな目で生きた屍のようになってしまっていた。
心配した森下達が来てくれたが零は話すことを拒んだ。
「……もうどうでもいい……」
涙ももう涸れたと思ったが涙が零の目からこぼれ落ちた。
「う……うう…淳一の馬鹿……いなくなるなんてひどい……」
彼が自分のことを思って散ったことは知っている。
でも、零にとっては彼のいない世界なんて考えられなかった。
復讐ということも考えには浮かんだが零はそれすらどうでもよかった。
復讐なんてしても彼は帰ってこない……
「帰ってきてよ……淳一さん……うう……」
その時、優しい声が零の上から投げ掛けられた。
「どうして泣いてるの?」
「……誰ですか……」
零が顔をあげると和服を着た少女が立っていた。
長い黒髪は大和撫子を思わせる容姿。
少女は薄く微笑む。
「私は大和、真名は撫子よ。あなたは近江の……私の妹?」
零の目が見開かれた。
大和姉妹の長女撫子。
零が会いたいと思っていた姉が前に立っていた。
「真名は零……」
零はそれだけいうと再びうずくまってしまった。
「話しは森下様に聞きました」
「……」
零は何も答えない。しかし、撫子も話し続ける。
「零、悲しいと思ったら涙がかれるまで泣き続けていいのよ? 私が近くにいてあげるから」
「……っ」
ベッドに撫子が座ったのが零にはわかった。
そして、そっと彼女の体を抱きしめる撫子がいた。
「……撫子……お姉ちゃん……」
「何? 零?」
零は撫子の胸に頭を埋めながら涙をぽろぽろ流す。
「わ、私の……大切な人が……死んだの……うう……わ、私堪えられない……死にたいよ……」
会いたいと思っていた姉に抱きしめられ零は泣き叫びながら叫び続けた。
「こんな苦しい想いをするなら生まれたくなかった!なんで生まれたの!艦魂なんて嫌だよ……うう……」
「……零、人は必ず死ぬのよ? 青羽様もあなたに生きてほしいから命をかけてくれた」
「それでも死んで欲しくなかった! 私を置いて行ってほしくなかった!」
「戦いなさい零」
「復讐すればいいの! ドイツを倒すのに死ぬまで戦えっていうの撫子お姉ちゃん!」
涙溢れた顔をあげ優しく見下ろす撫子の顔を零は睨んだ。
まさか、姉が復讐を促すとは思わなかったからだ。
「違うわ零」
撫子は優しく首を横に振った。
「戦うのはあなた自身よ」
「私……自身?」
「ええ、ここにずっと閉じこもるのも一つの道よ? でも、私は出てきてほしいわ。青羽様の死を無駄にしたくないなら立ちなさい零」
撫子は立ち上がった。
そして、零を見る。
「彼の死を受け入れ、明日を見なさい零。私達はまだ戦わないといけないの。青羽様はきっとあなたに明日を生きてほしいからあなたを守ったのよ」
「明日……を?」
撫子は頷いた。
「日本を守るため私達は生まれてきたのよ零? 私達はまだ守らないといけないものがたくさんあるわ。青羽様の家族だって日本にいるのよ」
「あ……」
零は淳一が家族の話しをしていたことを思い出していた。
妹と弟、母がいると……父は出兵したきり分からないと淳一は言っていた。
きっと淳一は無念だっただろう。
自分を守るために家族を守る力を永遠に失ったのだ。
いや、違う。
力ならここにある。
「撫子お姉ちゃん……淳一さんは……私に家族を守ってほしいと思ってるかな?」
撫子は静かにに頷いた。
「ええ、きっと。でも、あなたを愛していたのも本当だと私は思うわ」
「そうかな……」
零は静かに目を閉じた。
思い浮かべるのは淳一の顔だ。
もし、今の自分を見たらなんというか……
「泣き虫だな零は。頑張らないと駄目だよ?」
「!?」
声がした気がした。だが、それは幻聴なのかもしれない。
でも零にとってその言葉は救いだった。
『頑張らないと駄目だよ』
その言葉を背に零はベッドから降りて立ち上がった。
「戦うのね零?」
零はこくりと頷いた。
「淳一さんが愛したこの国を守るために私は戦います撫子お姉ちゃん。大和級の名前に恥じないように」
「あらあら、頑張りすぎはだめよ零?お姉ちゃんの言うことは聞いてね」
「うん」
撫子は再び零を抱きしめながら窓の外の空を見た。
青空がそこには広がっていた。
作者「零は立ち直ったというのに……」
炎樹「姉の鏡ね撫子は」
作者「凛様に……」
炎樹「それは駄目よ」
作者「なぜ……こんなことになってしまったんだろう……」




