第190話 悲しみの横須賀 凛の決意
「ご苦労だったな神崎」
「はい、少し大変でした」
紀伊の艦長室では満州より帰還した神崎 凪と艦長の日向がいた。
捕虜ということでドミニクも紀伊の一室に閉じ込めてあり彼方も報告を凪に任せて部屋を借りて眠ってしまった。
凪の顔にも明かな疲れが見える。
「疲れてるなら報告は明日でもいいぞ?」
「大丈夫です」
「そうか?じゃあ立ち話もなんだから座れ」
日向は部屋の中央にあるソファーを指した。
「失礼します」
凪が座り日向はお茶をいれて凪に渡した。
「ありがとうございます」
凪はそれを受け取って口をつけた。
「聞いたぞ?ハルトマンと戦ったらしいな」
「はい、戦うのに必死でした」
凪はハルトマンとの空中戦を思い出しながら言うと日向はそうかと頷いた。
「謙遜するなよ。ハルトマンといえば世界一の撃墜王の男だ。黒い悪魔なんて名前もあるしな。神崎だって二つ名がつくかもな。ブルーエンジェルとかか?」
「そ、そんなとんでもないです…私なんてまだまだ未熟者です」
凪は赤くなって言った。
「ハハハ、お前が未熟ならパイロットのほとんどは未熟になってしまうぞ? 」
「あ……う……そんなつもりじゃ……」
またまた赤くなり俯いてしまう凪。
パイロットとして決断力に満ちた空にいる彼女とは大違いである。
「凪、私を紹介してくれませんか?」
凪の隣に座る飛魂のソラが言った。
「あ、うん」
凪は日向を見た。
日向は艦魂が見えと凪はを知っている。
「あの……この子は震電の飛魂のソラといいます」
ソラはぺこりと頭を下げるが日向は怪訝な顔で凪を見た。
「飛魂?艦魂じゃなくてか?いるのか?俺には見えないんだが…」
日向は凪が指さしたソラがいる位置をジーと見たがどうやら見えていないようだ。
どういうことと凪はソラを見たがソラはやっぱりと
「真のエースと似た存在じゃないと見えないみたいですね」
「あ…言ってたよね確か…」
「はい」
「なにもかもない空間に話しかけてるように見えるのはある意味新鮮に見えるな」
「す、すみません!」
凪は慌てて日向を見た。
日向は微笑を浮かべながら
「いやいいよ。見えんが神崎を頼むな」
日向はソラがいる方を見て言った。
「はい」
とソラも返したがやはり声も姿も日向には確認できなかった。
「さて、そろそろ本題に入るか神崎?」
「はい、満州に行く前に捕虜にしたドミニク・ハートさんですが……」
「恭介!」
突如艦長室の一角。日向の目の前に光が集まり紀伊の艦魂凛が現れた。
日向を悲しむような怒っているような顔で見つめる。
「お、おい凛。今、来客中だぞ? 話なら後に……」
「私の話の方が重要よ!」
凛は怒鳴ると恭介にすがりつくようにした。
「お、おいり…」
「明は死んだの……?」
「っ!」
恭介の顔が驚愕に染まる。
「えっ?」
凪もまた目を見開いた。
凛は日向にすがりつくような祈るような目で日向を見る。
「ねえ…恭介…撫子がね…ひどいの…明か、…死んだって…嘘つくの…ねえ…嘘よね…恭介…嘘って…言って…」
日向は凛の頭に手を起きながら
「本当だ…」
「あ…」
凛の震えが止まった。
「もう一度…言って恭介…聞こえない…」
「本当だ」
恭介はもう一度同じ言葉を口にした。
「聞こえない!」
凛は俯いて怒鳴った。
「凛…明は…」
「聞こえない!聞こえない!」
凛は首を振りながら恭介を見た。
その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「ねえ…恭介!」
凛は恭介の胸倉を掴みながら揺する。
「嘘なんでしょ?いつもみたいに冗談だって…言ってよ…私怒らないから……だから…」
「凛!」
恭介にしては珍しく大きな声に凛はびくりとして声を出すのをやめた。
恭介は凛の両肩に手を起き凛と目を合わせ
「死んだんだ明は!尾張は沈み…明は死…」
「嘘よぉ!」
「り…うわ!」
凛は力任せに恭介を突き飛ばすと彼がソファーの裏に落下するのも無視し光の粒子となり消えた。
「紀伊さん!」
真の名前を呼ぶことを許されていない凪は慌てて立ち上がり恭介とドアを見たが結局
「大丈夫ですか日向長官」
ソラも駆け寄るが彼女を恭介は見れないため凪が声をかける。
日向は床に倒れたまま悲しげに言った。
「情けねえな…俺」
原子力空母蒼龍の艦魂星菜は甲板で空を見上げていた。
月夜の明るい夜であったが星菜の気持ちは暗かった。
先程なきじゃくる弥生をようやく眠らせ自分の艦に戻ってきたのだが艦長の雨宮 葵の部屋に戻る訳にもいかず甲板に来たのだ。
バタバタと潮風が星菜の髪を揺らしている。
空から水平に顔を戻せば見えるのは横須賀の明かりであった。
「……」
星菜は無表情にその光を見つめていた。
「あら?帰ってたの星菜? 」
「……」
振り返った星菜の目に映ったのは蒼龍艦長の葵であった。
「葵……仕事は?」
「ん…釘宮が休んでくださいっていうから任せてきた」
釘宮は蒼龍の参謀長である。
独立機動艦隊は全艦が旗艦になれる配慮のため参謀達がいる。
「そう……」
星菜は再び横須賀の光に目を移した。
「風が気持ちいい夜ね星菜」
「うん……」
星菜の横まで来た葵はんっと背を延ばした。
「葵……疲れてるなら寝たら?」
「疲れてるけど星菜といたい気分なの」
「私と?」
星菜が聞くと葵は頷いた。
「うん、知ってる? 尾張のこと?」
「ん…」
星菜は無表情だが僅かに頷いて見せた。
「そっか…明ちゃんも…椎名艦長も死んじゃった……のよね……」
淋しげに彼女は言った。
「憎い?」
星菜が聞くと葵はんーと考えながら
「分からない……椎名艦長は私や日向司令の先生みたいな人だったからもう少し怒りがでると思ったんだどでね……以外に何も感じないの……悲しいのは悲しいんだけどね……星菜は?」
「私は……」
「今は私しかいないわよ?」
葵が微笑むと星菜は葵の胸に飛び込んだ。
「う……うう葵……明が……明が……」
強くならねばならなかった。
星菜は未来の連合艦隊達と別れる時、私だけは強く妹達を守ろうと思ってきた。気を張りつづけた。
だが、葵の言葉で星菜は限界を迎えた。
葵は星菜を撫でながら空を見上げた。
(椎名艦長……明ちゃん……あなたちな死は大きすぎる……)
尾張の死は日本の防衛力の低下のみならず艦魂や人々に多大な影響を与えた。
凛は一人泣きつづけ、星菜もまた、泣く。
誰ひとりとして悲しみを抱かないものはいなかった。
青羽 淳一を失った近江の艦魂零もまた、泣きづづける一人であり。
横須賀の夜は悲しみに満ち溢れていた。皆、涙が枯れるほど泣きつづける。
戦いはまだ続くのだ。
甘えは許されない。気持ちを切り替え泣ければ戦えないのだ。
「おまえは……どんな選択をするんだ?」
機動戦艦三笠の甲板から炎樹は昔のように厳しい表情を浮かべて紀伊を見ていた。
彼女は見てきたのだ。仲間を……家族を失いとってきた艦魂達の姿を……
朝日が横須賀の港を照らしはじめた。
夜が明ける。
「嫌な……夜明けだな……」
炎樹は目をしかめてから三笠の艦内へと姿を消した。
凛は一晩中、膝を抱えて一人で泣きつづけた。
「……」
そして、彼女が顔をあげた時、その顔に宿る者は憎悪であった。
作者「凛様…」
凛「どけ!」
作者「は、はい」
凛「……」
作者「復讐という道を選んだ凛様……この先どうなってしまうんだ……」
炎樹「なんとかしなさい……あなたの役目でしょ?」
作者「いや、私じゃないですよ。恭介やあなたの役目です」
炎樹「私は傍観するわよ」
作者「え?なぜ?」
炎樹「ああなるとね……他人の言葉は届かないの……義姉といえね……」
作者「こんな状態のままアメリカ艦隊と決戦をしなければならないのか……」
弥生「もう嫌だよ……なんでこんなことばかり」
星菜「暗すぎる……」
作者「書いてて辛いです」
星菜「がんばれ作者」
炎樹「ええ、頑張りなさい」
弥生「頑張ってね」
作者「みんな……よし、がんばろう」