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第182話 明の死

(大和だと…)


ベルンハルトは大和という名を聞いた瞬間言いようない威圧感を感じた。

大和といえば尾張や紀伊と共に日本を勝利に導いた伝説的な戦艦である。

ハワイ攻略作戦においては46センチ砲の恐怖を米軍に刷り込みアメリカ太平洋艦隊との決戦において大和は参加しなかったがホワイトハウスを46センチ主砲の射程に納めアメリカに講話を迫った話はあまりにも有名な話だった。

もっともこの時代においてそれが再現されるかは分からないが…

いずれにせよドイツ兵達もいくらか気後れする名であることは確かだった


(作戦目的の半分は完遂した。これ以上の戦いは得策ではないか…)


「大和発砲!」


距離5万での発砲は46センチ砲を未来の技術で改装されているのが理由である。

「アイギスを使え」


「アイギスシステム作動!」


薄紫の幕がトロンベの周りに展開される。


ズドオオオオオオン


アイギスに炸裂した46センチ主砲弾は爆散し黒い煙を撒き散らした。

裂空弾でなければ意味はなさない。


「潜航用意!ローレライがやられた以上作戦は失敗だ」


「潜航用意!」


ベルンハルトの命令は確実に実行されていく。

ずふずぶとアイギスを張ったままトロンベは闇の海へと潜っていく。


「大和ぉ!…く、敵も討てずに!」


ラキアは艦僑から怒りに燃える目で大和を睨みつけたが燃える尾張を見て少しだけ気分を晴らした。そして、大和を再び見る。


「大和、覚えてなさい!あなたは私達に!ドイツに敗れるのよ!」


艦僑は完全に海に没しトロンベは暗い海の中からその場から離脱し始めた。










「絶対に逃がしません!」


大和の艦魂撫子は潜航していくトロンベに薙刀を向けた。


大和艦長、有賀幸作は潜航していくトロンベを見て目を見開いた。


(戦艦が海に潜るとは…)


話には聞いていたがこうして見るのは始めてだった。


(幸作様!絶対に逃がさないで下さい!)


頭の中に響く撫子の声を聞き有賀艦長は首を横に降りながら兵に命令を下した。

「待機させているシーホーク1、2番機を、発進させろ!アスロック発射用意」


アスロックは対潜ミサイルである。

大和自慢の46センチ主砲も海の中ではほとんど効力はない。

アイギスを張るドイツ機動戦艦には無力な兵器であるが有賀とて人の子である。尾張の惨状を見れば一撃を与えずにはいられない。


大和から轟音を立てて2発のアスロックが発射される。

「…」


有賀はじっと大和の深部にあるCICのモニターを睨んでいる。

彼やここにいる兵士達は血の滲むような訓練と勉強で操作方法を学んだ。

それが今生かされる。


「命中を確認!しかし、アイギスによりアスロックの効果はありません」


「敵潜…いえ、敵戦艦遠ざかります」


「追いましょう!艦長!尾張の敵を討つのです!」


副長が鼻息荒く興奮した口調で言ったが有賀は冷静だった。

「いや、尾張の救助に向かおう。もしかしたらまだ、尾張を救えるかもしれない」


「艦長!ここで逃げたら腰抜けですぞ!」


「私だって敵は討ちたいさ。だが、君達も見ただろう?改装された大和といえあの艦と戦えばただではすまん。今は尾張を救うことを考えるんだ。シーホークには航続距離が続く限り追跡を命令せよ」


「了解いたしました…」


副長は敬礼すると命令を実行に移す兵達の方に顔を向けた。









その言葉を聞いていた撫子はスゥと薙刀を虚空に消した。

烈火のごとき怒りも今は悲しみに代わっている。


彼女は連合艦隊旗艦。

人間でいうなら連合艦隊司令長官なのだ。

常に冷静に、しかし、仲間のことを考えよ。

それが、数々の連合艦隊旗艦達に受け継がれてきた言葉だった。


彼女は静かに目を閉じるとその場から転移の光に消えた。


バチバチと炎が爆ぜる中、明は立っていた。

槍を杖にしもはや立てぬ体なのに…

体の各所は裂け血がドクドクと流れ落ちている。

愛らしかった彼女の面影はなく痛々しいという言葉しかその姿からは連想できなかった。


「明様」


そんな明の前に現れた撫子を明は血で開けられなくなった左目に変わり右目だけで撫子の姿を確認した。


「撫子…敵は…敵は…」


うわごとのように呟く明を撫子は着物が血で汚れるのも構わず抱きしめた。


「な…でし…こ?」

理解できないという風に彼女に声をかける明。

もう、あまり話すこともできないのだろう…

撫子は明をぎゅっと抱きしめた。


「もういいんですよ…明。敵は私が倒しました」


「本当に…?」


声を聞くだけで撫子は涙が流れそうになるのを必死に押さえ込んだ。

ただ、優しく声をかけことだけを心がける。


「はい、明。だから、ゆっくり休んで下さい」


明はしばらく無言であったが首を縦に振った。


「うん…少し…横になりたい…かな」


「はい」


撫子はそっと明を甲板に横にすると着物で明の顔についている血を拭っていく。

「撫子…着物」


多少意識が戻ったのか明が言った。

しかし、撫子は目を閉じて首を横に振った。


「大丈夫です」


「でも…汚な…う…」


痛みに顔を歪める明。


「大丈夫ですか明」


「うん、少し脇腹が痛い…多分…折れてる…頭も…痛いかな…息も…苦しい…やっぱり…私死ぬのかな…」


「…」


撫子はなにも言えなかった。

死ぬというのは簡単だ。

たが、そんなこと言えるはずがない。

柚子や鈴、炎樹達ならきっとこんなことはないだろうに…


「私の無力のせいだ。明」


「孝介?」


明の言葉の先にいた尾張の艦長椎名はそっと明の横に座った。


「すまん。大和よ。二人っきりにしてくれんか?」


撫子は静かに頷いた。

その場から転移で去ろうとしたが


「待って…撫子…」

「はい、なんでしょう明」


呼び止められた撫子は再び明の横に座った。


「孝介…私もう死ぬんだよね…」


「…ああ。すでに総員退艦の命令は下した」


椎名は辛そうに言った。

明は静かに息を吐いた。


「そっか…じゃあ、撫子、凛に…私のお姉ちゃんに伝えてほしいこととお願いしたいことがあるの…いい?」


「はい…必ず」




「あいつ…馬鹿だから…きっと私が死んだら泣く。だから…撫子…あいつを…お姉ちゃんを支えてあげて…この時代にいる間だけでいい…から」


「はい…はい必ず」


撫子は涙を堪えるのに必死だった。

彼女とて心持つ艦魂である。

涙が溢れるのは堪えられない。


「泣くな…私は…そんなことを望まない…私を悲しむ気持ちがあるなら日本を救いなさい…って…言えばいいから…あいつが泣いたら…泣くかな…泣かないかも…ね。フフフ、っう」


痛みを堪えながら明は撫子の手を握った。


「撫子…後を任せる。予想外もいいところだけど…私は…ここまでだから…日本を…未来を救って…あなたたちなら第3次世界大戦の悲劇もきっと…」


「約束します。私達は明様の意志を継ぎ日本を救います」


「約束…よ」


明はふっと笑うと自分の槍を掴んだ。


「これ…凛に渡してくれる…武器なんて…無骨だけど…私の形見」


「はい」


撫子は明の血で深紅に染まった槍を受け取った。


「ありがとう…撫子…私、結構あなた好きだった…凛も…お姉ちゃんのことも多分好きだった…炎樹姉さん達には…ごめんって伝えて…日本を救う誓いを果たせずに…」


「伝えます」


「よろしくね…これで…撫子にいいたいことは終わり…」


撫子は立ち上がると敬礼しその場から消えた。



明はじっと待っていた椎名に顔を向けた。


「退艦…しないの…孝介…もう…あんまり時間…ないよ…」


「私の役目は終わりだ…明と共に逝く」


「駄目…だよ…っていいいけど…一人で死ぬのは…怖い…怖いよ…孝介」


「ああ、心配するな。私が一緒だ」


「うん」


明は涙を流しながら頷いた。


「孝介…だっこ…して」


椎名は一瞬目を丸くした。

明は今までそんなことを言わなかった。こんなに甘えん坊だたったか…


「ああ」


椎名は膝に明の上半身を載せて抱きしめた。


「これでいいか?」


「うん…いい…」


バチバチと炎が尾張の甲板を焼く。

しかし、彼女達の周りだけは炎が避けていた。

尾張の周りには海に飛び込んだ兵が船に乗って大和のボートに救助されていく。彼等は燃える尾張を悲しみと怒りに満ちた目で見つめている。










「ねえ…孝介」


「なんだ?明」


「私…生まれて…孝介に会えたこと…後悔してない…よ。日本を…守れなかったのは心残りだけど…」


「後は若い連中がやってくれるさ」



「ひどい…私まだ2歳なのに…せめて3歳の誕生日までは…生きたかったな…」


「私が天国で祝ってやる。命達もきっと祝ってくれるさ」



「そう…ね。みんなに…会えるんだよね…」


国連軍との最後の戦いで散った仲間達。大好きだった未来の連合艦隊の仲間達。

夜空が明るくなってきた。

夜明けである。

太陽の光が尾張と大和を照らした。


「日の出…暗闇で死ぬよりは…いいかな…」


キラキラと海を照らす日光を見ながら明は呟いた。


「明」


椎名静かに口を開いた。


「何…孝介」


「私はお前といた数年間。楽しかった」

「私も…」


明は笑顔を作って言った。

本心からの笑顔である。


顔を太陽に向ける。もう眩しさも感じない。


「お姉ちゃん…世界を…日本を頼む…わね」










夜明けの太陽が尾張と大和を照らし、時間を置かず尾張は大爆発を起こした。

右舷からずぶすぶと沈んでいく。



「明ぁ!」


大和の甲板で撫子は力の限り叫んだ。

尾張の兵士達も大和の兵士達も皆敬礼する。


すぶずぶと尾張は多良間島より東40キロの太平洋の海へと沈んで言った。










さくさくと花畑を明は歩いていた。

前には大きな川がある。

向こうには新たな花畑が広がっている。手を振っているのは未来の艦魂達。

彼女の右手をぎゅっと握ってくる人があった。

椎名と明は手を繋ぎながら川へ一歩入る。


「…」


明は一度だけ後ろを振り返り一言呟くと前を向き川を渡って行った。










(またね…お姉ちゃん)








作者「明様…」

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