第10話 戦艦『三笠』現れず
「お久しぶりです日向長官。『紀伊』もタイムスリップが成功したんですね」
戦艦『尾張』艦長、椎名 浩介の艦長室である。
椎名 浩介は年若い日向と違いその長いキャリアを買われて尾張の艦長に抜擢された
71の老人であった。
髪は真っ白だがその深く刻まれたしわは彼の威厳を高めるのに一役買っている。
「ああ、それはよかったんだが三笠はどうしたんだ?予定ではすでに合流しているはずだろう?」
日向が言うと椎名の横に立っていた彼の参謀長霧島 渉が口を開いた。
「単純に合流に間に合わなかったという可能性もありますこちらの通信に応じないところを見るともしかしたら…」
「タイムスリップに失敗ということですな…」
結論を椎名が言うのと同時に皆黙ってしまう。
日向ですら頭に右手を置きながら
「まいったな…だと、するとアメリカの反撃も早まってしまう。日本の準備は間に合わない」
この世界に送り込まれた3隻の戦艦と空母にはそれぞれ役割があった。
まず、紀伊に与えられた役割は連合艦隊と接触し協力を取り付ける。
尾張に与えられた役割はパナマ運河の破壊。
そして、三笠に与えられていた役割はアメリカの造船所の破壊である。
元々消費戦になれば勝ち目のないことを未来の日本人は承知していたのだ。
いくら未来の連合艦隊を送り込むといったって全艦隊というわけではないし
補給にも限度がある。
それに圧倒的なアドバンテージとなるのはミサイルの存在だ。
天皇にミサイルを作る工場を作ることを了承させることには成功したが
数に上限がある。
大型の輸送船の内の何隻かにはミサイルを作るうえで欠かせないICチップが満載してある。その数は膨大な数ではあるがいつかは底を尽きる。
それになんとしても決着をつけねばならぬのはアメリカが核を使用する前だ。
史実に核が使用された1945年、後3年もないこの期間にアメリカを降伏させなければならない。
『短期決戦』それに尽きるのだった。
無論、日本の壊滅した機動部隊の再建は必要だろう。
そのための時間を稼ぎ、さらに反撃を行なうための3戦艦と空母だったわけだが
これでアメリカの反撃は遅くても3ヶ月後と予想された。
史実ではミッドウェー海戦から1月ほどでガタルカナル島に押し寄せてきたわけだから
時間稼ぎは成功したわけだがその3ヵ月後の海戦は独立機動艦隊が中核として戦わなくてはならない。
日本の攻勢が可能なのは半年は必要だった。
ジェット戦闘機のパイロットの訓練などがその理由に当たる。
「でしたら核を使えばいいのではありませんか長官?」
はっとして日向はそれを言った霧島を見た。
「核ミサイルによるアメリカ主要都市及び真珠湾、オーストラリアのアメリカの基地施設、戦争はすぐにアメリカの降伏で終わりますよ?ああ、ワシントンだけは残さないと駄目ですね。降伏する政府がなくなったら駄目ですから」
日向は霧島を見ながら
「その案はすでに未来で話し合った時に却下されただろ?」
「失礼ですが長官は考え方が甘いですよ。使える兵器は使うべきだ」
「霧島…」
椎名艦長が彼を諫めようとする
「構わない。霧島続けろ」
「では、未来における日本の障害は可能な限り取り除かなければなりません。スターリン、金正日を始めとした独裁者達を抹殺し未来を平和な世界へと導くのです」
確かにそれは正しいのかも知れなかった。
未来で独裁政治を行なう指導者やその先祖を抹殺すれば未来の世界の争いは減るかもしれない、だが…
「霧島の言うことは悪いが賛成は出来ないな」
「日向長官!」
霧島が声を荒げるが日向は首を横に振り
「確かに核ミサイルを使えばこの戦争は楽に勝てるかもしれない。でも、それはただの虐殺だ」
「でも!俺達の日本は水爆で滅びました!アメリカとロシアの水爆で!奴らにも同じ思いを味合わせてやるべきです!:
「それは未来の話だ。日本がこの戦争に勝てば全ては変わるよ。この話はこれで終わりだ」
「…」
霧島はまだ、何かいいいたそうな顔をしていたがそれ以上発言しようとはしなかった。
霧島は若い。日向と同じ年の29歳という異例の若さで参謀長を務めている通り優秀な
男ではあるが考え方が極端すぎるところが難のある男だった。
「それはそうとこれからのことですが…」
と、椎名艦長が日向に話しかけた。
「そうだな、とりあえず三笠のいない状態での計画の修正は俺がやる。俺達の艦隊は呉に入港できるようにすでに話はついてある。近日中に技術者達を海軍研究所や理化学研究所などに派遣できるようにして反撃の準備を始める」
「分かりました。では尾張は…」
三笠の消失。これが後にどのような影響を与えるかはこの頃の日向達に予想することは出来なかった。
「あ〜、疲れた」
そんな言葉を吐きながらソファーにどかっと座った日向は息を吐いた。
「いきなり帰ってきて何?」
と、迎えのソファーに座って自分用のティーセットで紅茶を楽しんでいた凜が言った。
「だってさ。一応この国の神とあがめられる天皇と会ったんだぜ?疲れもするさ」
日向は凜が入れていてくれたらしいカップを手に取ると口に運びながら言った。
ここは機動戦艦『紀伊』の長官室である。
『尾張』から山本長官を呉に停泊している長門に送り届けてから呉への艦隊の入港の手続きなどを済ませてからここに戻ってきたのだ。
無論手続きといっても書類などを作成したわけではない。表向きは新型の戦艦と空母を
呉に入港させたことになっている。
アメリカのスパイがどこにいるか知れたものではないからだ。
そんなわけで日向が長官室に戻ったのはすでに夜中であった。
「ご苦労様」
凜は日向の言葉を少し聞いてから持っていた文庫本へと目を落とした。
彼女が読んでいるのは有名な小説『風と共に…』である。
なぜ、艦魂である彼女が体があるのかといえば理由は簡単『実体化』が可能なのである。
消えることも出来るし1人の人間のようにも振舞える。
なんと便利なことかと日向は思う。
「さてと」
カップを置いて日向は立ち上がった。
凜が顔を上げる。
「寝るの?」
それなら明かりを消そうかという配慮をしてくれる凜だったが日向は首を横に振り
「三笠がタイムスリップ失敗したからな…戦略プランの見直ししないと駄目だから今日は徹夜だな…」
と心底嫌そうな顔をして日向は言った。
この男、日向 恭介は基本は怠け者の類に当てはまる。
私生活は正直すばらしいとは言いがたく一言で言えばだらしない。
しかし、一方では古賀を始めとした人々には人望がある。
とっさの判断力や指揮能力の高さ。そして、この人なら何とかしてくれるという何かを
持っている男でもあるのだ。
そして、そんな男だからこそ凜は彼の力になりたいと思う。
「手伝うわ恭介」
ティーカップをテーブルに置くと凜は立ち上がった。
凜「とうとう姿すら現さなくなったわねこの作者…まあ、いいわ。次回はどうやら
3ヶ月一気に飛ぶみたいね。その間の説明をするみたいだから説明文が嫌いな
人は飛ばして見なさい。訳分からなくなるでしょうけど。ああ、作者から伝言ね。
一応これから全部言うことになるけどご意見・感想お待ちしておりますだって」